第5話 メアリ・ファース

 ブリーフィングルームの長机で片肘ついていたメアリさんは、こちらに睨みを利かせたまま口を尖らせる。


「何? そんなところで突っ立って」

「いや、なんというか……」

「座れば?」


 意外にも、着席は許可された。てっきりメアリさんなら「お前みたいなのと一緒にいたくない」と退室を命じられるのではないかと危惧していたので、なんだか拍子抜けだ。

 言われたとおり対面の椅子に腰かける。

 彼女を正面からしっかりと確認するのは初めてな気がする。普段はドロシーさんの少し後ろにいて、こちらをジトッとした目で見ている印象が強い。

 メアリさんは見た目だけでいうとかなり幼い。ウイカも似たようなものだと思うが、メアリさんの場合は年上に対して険のある対応を見せたりする、その反抗期のような性格も含めて年相応の幼さを感じさせるのだ。いや、実年齢は知らないけれど。

 ミディアムショートの癖っ毛はぼさぼさで、身だしなみにはあまり興味が無いのだろう。装飾品も特に身に着けず、ラフなシャツとジーンズを着ている。


「……じろじろ見んな」

「あ、ごめん」


 こちらの視線に、心底嫌そうな声で拒絶を示すメアリさん。これに関しては俺が悪い。

 いやしかし、会話も無しに同じ部屋で過ごすのは気まずい。話を振りたいが……何を言っても怒られそうな気もする。

 そんなことを思っていると、向こうから口を開いてくれた。


「ドロシーとウイカは?」

「あぁ。ちょっと話し合い……というか、揉めてる」

「ふーん。……スザンナの話でしょ」

「たぶん。俺は何も聞いてないからよく分からなくて」


 彼女は自身の爪に視線を向けながら、さして関心も無さそうに耳を傾ける。

 話題に困るが、それでも彼女と二人きりの場は珍しい。今のうちに訊けることは聞いておきたい。


「スザンナさん……のことも気になるけど。そもそもメアリさんは、ウイカのことあんまり好きじゃないんだっけ?」

「そうね。嫌い」


 随分ハッキリと言う人だ。

 突っ込んだ話をしていいのか悩んだが、これからチームとして連携していくことを思うと、事情は聞いておきたい。

 話してくれるかは分からないが、俺は質問を重ねる。


「それはなんで?」

「あの子は、天才なの」


 これまた意外なことに、メアリさんはあっさりとウイカの実力を肯定した。

 天才か。たしかウイカ自身も、自分はドロシーさんやメアリさんより優秀だと言っていたっけ。

 それが理由で、負けず嫌いなメアリさんが目の敵にしてくるとか。


「ウイカは凄い。本気を出せば、アザラク・ガードナーで一番の戦闘員になれる」

「実力を買っているのか。ちょっと意外」

「あなた失礼ね。私は他人の能力を冷静に見てるつもりだけど」


 不服そうに言うメアリさんに、俺はこれまでとの印象の違いを感じた。どうにも、疎んでいる理由はやっかみというだけではなさそうだ。


「ウイカの力を認めているなら、もう少し協力してくれればいいのに」

「……認めてるからムカつくの。天才は嫌い。ウイカも、あなたも」

「俺?」


 またしても意外なことを告げられた。彼女の中では、俺もウイカと同じカテゴリに分けられているのか。

 しかし、それは理由がよく分からない。この前の模擬戦でも俺はメアリさんに遠く及ばなかったし、魔法使いとしてはズブの素人だ。

 困惑する俺に、メアリさんはさらに続ける。


「平和な世界でぬくぬく生きて、獣魔の因子を取り込んだわけでもないのに、当然のように魔法を使ってる。ムカつくに決まってる」


 ドロシーさんも前にそんなことを言っていたっけ。

 やはり、命を懸けて戦う魔法少女たちにとって、肉体の改造を受けていない一般人というのはよほど異質な存在なのだろう。

 俺自身、この力の出処を分かっていないので、なんとも答えづらい。少なくとも天才という分類は間違っている気がするのだが。

 どちらにせよ、メアリさんの負けず嫌いは本物らしい。だからこそ天才と見た人間を毛嫌いする。実力だけでは埋められない差を感じることに不満を持つ気持ちは、分からなくもない。

 それでも。


「俺が恨まれているのはどうしようもないんだけど。でも、やっぱり一緒に作戦をこなしていくなら、もう少し仲良くできないかなーって……」


 ドロシーさんは、メアリさんが折れないだろうからウイカを説得したいと言っていた。

 だから返答は予期できるが、一応提案してみる。

 そして予想どおり、メアリさんは口元を引きつらせて答えた。


「あなたと? ウイカと? どっちにしろ、ゴメンだわ」

「そう言わずに、考えて欲しい。俺がもう少しうまく立ち回れるようになれば、メアリさんの負担だって減らせるはずなんだ」

「だーかーらー、それが余計なお世話なの。私たちは戦いを負担だなんて思ってない。崇高なる戦場で、負担がどうとか考えるだけ無駄」


 やっぱりそうなるか。強い語調で言い切られてしまい、俺は返す言葉もない。

 アザラクの施設で特訓するようになって、前よりは彼女らの事情を理解できるようになった。組織に属して戦うことこそが生きる意味であり、存在価値だと信じている。だからこそ獣魔の手柄も取り合うし、俺みたいな素人が割って入るのを良しとしない。

 戦闘に賭ける思いや熱量が違うのも、今ならば分かる。


「俺はウイカを守りたい。でも、メアリさんやドロシーさんにだって死んでほしくないんだ。全員で生き残れるなら、それが一番だと思わないか?」

「……あなた、よくそんな恥ずかしいことが言えるわね」


 上辺だけでは伝わらないと思い、俺は想いの丈をぶつけようと思った。

 が、そんな俺の発言を聞いてメアリさんは頭を抱える。


「そういうお人好しっぽいところも、スザンナみたいでホント……ムカつく!」


 ここでその名前が出てくるのか。

 色々な人物が間接的にその話題を口にしてくる。こうなれば、否が応でもどんな人物なのか気になるというもの。誰もその中身について語りたがらないスザンナという魔法少女は、どんな子だったんだろう。

 メアリさんなら、何か話してくれるかも。

 俺が彼女に質問を重ねようとした、その時。


「はーい、おまたせー」


 部屋の扉が開いて、ウイカとドロシーさんが連れ立って入ってきた。

 パッと見は普段と変わらない笑顔のドロシーさんと、いつもの無表情にありありと不満を混ぜ込んだ顔をしているウイカ。たぶん、双方納得のいく会話では終わっていないと思われる。

 微妙に間が悪い。俺は問いたかった気持ちをグッと抑えて、二人を迎えた。


「話はまとまった?」

「……うん」


 ウイカが渋々頷く。嘘つけ。

 ドロシーさんにも視線を向けるが、柔和な笑みの向こうで目が訴えている。余計なことは聞くなと。


「は、はは。無事話し合えたようで、なにより……」


 ウイカが俺の隣に、ドロシーさんがメアリさんの隣に座る。リラックスする雰囲気ではないが、もうこれはもう仕方ない。

 ひりつく空気の中で、メアリさんがボソりと呟いた。


「めんどくさ」


 頼むから仲良くしてくれぇ。

 魔法少女の女の子たちは、どうにも強情な性格が多そうだと改めて思った。

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