第3話 過去の一端
施設から戻った俺たちはジェラルド司令に任務報告を行なった後、そのまま解散となった。
気落ちした様子のウイカと、たぶんだけど言い過ぎたと思っているメアリさんは互いに一言も喋らない。ドロシーさんは同室のメアリさんを連れて、苦笑しながら帰っていった。
俺もそのままにしておくわけにはいかないと思い、ウイカの部屋に寄っていくことにする。
「いやあ、疲れたな」
彼女の部屋に来て、俺は世間話として緩く感想を口にした。
「疲れてない」
ウイカは俺の言葉につっけんどんな返事をしてくる。そりゃあ、敵はすぐに倒せたし本当はあんまり疲れてないけどさ。
気が立っているだけで彼女に悪気はないと判断して、俺は気にせず部屋のソファに腰かけた。
ウイカはキッチンに入っていき、ペットボトルの麦茶を注いでいる。真凛がオススメしたらしい、安くて大容量のやつ。しばらくして、二杯分のカップを持ってリビングにやってきた。
「はい」
「お、サンキュー」
俺の隣に、ウイカがちょこんと座る。
「生活、慣れた?」
「頑張ってはいるが、中々……」
問いかけられて、俺は頭を掻く。
戦闘もそうだが、ドロシーさんの訓練が何より大変だ。一度やり方を見せて、じゃあ今見たものをそのままイメージして、はい撃って! という具合に指導されるスパルタ具合。
いきなりそう言われてできるはずもなく、ミスをすれば彼女は魔法をバシバシ飛ばして叱咤してくる。
いや、叱咤だけならばいいのだが。正直、あの攻撃は当てにきている。必死に避けながら、俺はまた魔法のイメージを練って実行。成功するまでひたすらにこれの繰り返し。
そんなこんなで、少しずつ使える技を増やしている状態だ。
「ドロシー、イサトに厳しい」
「あ、やっぱそうなの?」
「私たちが何年もかけてやってきた技能を、短い間に全部教えようとしてる」
そりゃ、たしかに厳しいな。
ウイカたちは生まれてすぐに身寄りがなくなり、この施設で育てられた。年端もいかない頃からここで魔法について学び、戦ってきたのだ。
そうして彼女らに蓄積された技術を、俺が二週間と少しばかりで学べるはずもない。
「でも、イサトはセンスがある。上出来」
「マジか、ありがとう」
ドロシーさんは全然褒めてくれないので、平均としてどれほど上手くいっているのか全く分からない。
手応えが無い中をもがいている俺としては、ウイカにそう言ってもらえるだけでも気持ちが楽になった。
「ドロシーさんが厳しいのって、やっぱ嫌われてんのかな」
「……気持ちは分かる」
「えっ?」
分かるって、俺を嫌う気持ちがってこと? そこを肯定されると複雑なんだが。
「イサトは寿命を消費しない。教えたことをすぐに覚えるセンスもある。すごい」
「お、おう」
「だから、イサトを見ていると今でも思う。私たちの今まではなんだったのかって」
それは、そうか。
前にもドロシーさんにそんな話をされた。みんなが陸上部として頑張って走り込みの練習をしている中、基礎も知らずに外からやってきて、足の速さだけですぐにエースの座を奪っていく。そんな人がいたらやっていられないだろうという喩え話。
実際、部外者の俺がウイカを助けよう、ひいては他の魔法少女の負担も減らしてあげようなんて、虫のいい話だ。
「でも」
「?」
言いながら、ウイカはすごく真剣な目をしてこちらを向く。
「私は、イサトがいてくれてよかった」
真っ直ぐに、そう言い切る。
ウイカのこういう純粋で屈託のないところは、背中が痒くなるので苦手だ。
「……ウイカ、あんま恥ずかしいこと言うな」
「なんで? 褒めてる」
「分かってるって!」
キョトンとする彼女に返す言葉もなく、俺は話題を変えることにした。
「そういや、ウイカと二人はあんまり仲良くないの?」
「……別に、普通」
「普通なのか、あれ」
傍から見ている限りだと、相当険悪なムードに見えるのだが。
ウイカはカップの麦茶を啜ると、ホッと一息ついてから話し始めた。
「そもそも、魔法少女同士は仲良くない。友達でもない」
「そうか。……でも、こうして一緒に戦うこともあるんだろ?」
首肯するウイカ。
「でも、私たちは魔力の補給が必要。獲物は基本一体。取り合いになる」
獲物の奪い合い。考えてもみなかったが、そういう事になるのか。
自分たちを一秒でも長く生かすために、獣魔の魔力は必要なエネルギーだ。けれど大勢でかかったところで敵から得られる魔力が増えるわけではない。そうとなれば、なるべく少ない数で効率よく戦うことが求められる。
とはいえ、日本で獣魔の被害が広がりつつあるという話も聞いている。肩肘張って敵を奪い合うより、少なくとも俺たち四人は協力すべきだと思うのだが。
「それに、敵視してるのは向こう」
「ウイカから思うところがないと?」
「……無いわけじゃない」
あるんじゃん。
思わずずっこけそうになったが、コホンと咳払いして軌道修正。あくまでも平静を装いながら彼女の話を聞く。
「嫌味ではなく、私は二人より優秀」
「そうなのか」
「だから、負けず嫌いなメアリは目の敵にしてる」
ウイカが二人以上の実力者なのは今はじめて知ったが、メアリさんが負けず嫌いなのは少ない交流の中でも察するものがある。
煽るような口調でウイカのことを優秀だと言ったり、俺を天才さんと皮肉たっぷりに告げたり。ああした態度は、彼女自身にある劣等感から来るものなのだろう。
ウイカとメアリさんの関係は、なんとなく理解した。
「じゃあ、ドロシーさんとは?」
年齢は聞いていないが、ドロシーさんは俺たちよりも少し年上だと思う。それ故か、事実上のリーダーとしてウイカやメアリさん、それから俺にも命令を下して戦闘中の指揮を執ってくれている。
一見すれば、大人な対応で分け隔てなく接しているように見えた。
だが、やっぱりウイカに対して少し淀みを感じる、というのが俺の人間観察の結果だ。
「ドロシー……」
問われて、ウイカは少し口籠った。
やはりこちらも何かあるらしい。言いづらそうにする彼女の答えを、俺は辛抱強く待った。
「彼女は、その……。スザンナと親交があったから」
「スザンナ?」
突然出てきた知らない人物の名前に、俺は思わずオウム返ししてしまう。
一方のウイカも、思わず口をついてしまっただけなのだろうか。自身の発言に驚いた様子で目を見開いていた。
「えっと、その……」
珍しく感情がハッキリ分かるほど、しどろもどろになるウイカ。
その人物は、彼女たちの過去にどう関わりがあるのだろう。
「その人のこと……。今は聞かない方がいいか?」
「ごめんなさい。あまり、思い出さないようにしているから」
「そうか。なんか、辛いことがあったんだな」
「うん」
思い出さないようにしている。つまり、今も関わりのある人物ではないということが分かる。
戦死したウイカの元相棒なんだろうという予想は、俺の中で確信に変わりつつあった。だが、それ以上は踏み込まない方がよさそうだ。彼女が自分の口から話してくれるのを待つのが得策だろう。
「いいよ。いつか言える日が来たら、教えてくれ」
「……うん」
メアリさんとの言い争いで元気を無くしていたウイカの心を少しでも晴らせればと思っていたのだが、結果として暗い過去の一端を掘り起こしてしまったらしい。
立ち回りの難しさに困りながらも、俺はトーンをあげて声を掛けた。
「ま、元気出せよ。もうすぐ夏休みだしさ」
そうだ、夏休みに入れば幸平の親戚が保有しているとかいう別荘に行くことになる。
獣魔のこともあるのでずっとのんびりとはいかないだろうが、ウイカにとって少しでも羽を伸ばせる場所になればいいなと思った。
ウイカも、それにはコクりと頷く。
「川、楽しみ」
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