第54話 いつも通りの御挨拶


 やけに注目が集まる中、王様の挨拶が進んでいく。

 よくもアレだけスラスラとそれっぽい言葉が出て来る物だと感心しつつ、俺たちは彼の後ろで席に着きながら控えている訳だが。


「うっひゃぁぁ……超緊張する……」


「馬鹿白宮、モジモジしないの!」


 高校生組も何やら落ち着かない様子だ。

 まぁ、気持ちは十分に分かる。

 俺だってこの空気の中紹介なんぞされれば、緊張で吐きそうだ。

 などと思っていたのだが。


「駒使い、その態度は些か不味いのでは……?」


「そう? 駒使い、いつも通り」


「それが問題だと言っているんです……」


 後ろからコソコソとソーナとキリの声が聞えて来て、一体何の事かと首を傾げてしまったが。

 不味い、俺足組んで座ってた。

 やっぱり緊張したりすると、昔の癖みたいなのが出るのだろうか?

 本人としてはガチガチだと言うのに、いつの間にか偉そうに足を組みながら座っている俺。

 思考が真っ白過ぎて自分でも気が付かなかったんだが。

 やばいやばいと慌てて組んだ足を解いて、普通に座り直してみれば。


「私達と同じ社会人だと思っていたのですが……どうやら意識としては、そちらの学生さん達に近い様ですね」


「はい?」


 急に横から話し掛けられ、驚いてそちらに顔を向けてみれば。

 そこには俺達と同時期に“こちら側”に呼ばれた皆々様が、険しい顔を浮かべて俺の事を睨んでいた。

 彼らの姿は俺たちとは違い、見事なまでのパーティー衣装。

 見ない間に随分と馴染んだのか、着こなしから姿勢までキッチリしておられる。


「この世界に関しての勉強が不十分ではありませんか? 王族主催の夜会に、そんな恰好で来るなんて。陛下に恥をかかせるおつもりですか?」


「あぁいえ、そういうつもりはありませんが。王様から“いつも通りで”と注文を受けたもので」


「会社の面接に“服の指定は無い”と書いてあった場合。貴方はTシャツとジーンズで挑むのですか? TPOという言葉をご存じ無いとは驚きです。そんなだから“ハズレ”として王宮から追い出されたのでしょうが。ちなみに王様というのは存在の名称になります、相手に声を掛ける、または一個人を指す場合は他に呼び方があるでしょう? 貴方は社長に対して“会社経営者”といちいち声を掛けますか?」


 おぉっと、コレは……なんだか嫌われている様だ。

 確かに彼の言う通り、俺と白宮君の恰好は相当場違いだろう。

 しかしながら王様から許可は貰っているし、むしろノリノリだったのだ。

 そんでもってその後もチクチクとお説教紛いな声を掛けられてしまったが……まぁ、彼の言う通りだ。

 言われている辺りは俺もあまり気にしていなかったというか、今まで無関心だった訳だが。

 しっかりと“馴染んだ”人達からすれば、俺は相当失礼な存在なのだろう。


「全く、周りに頼ってばかりの人間が成果を上げたからと言って、陛下もあれ程お喜びになるとは……余程貴方の事が心配だったのでしょうね、寛大な配慮と必要以上とも思えるサポートに感謝する事ですね」


「ご忠告、傷み入ります」


 なんて言って頭を下げてみれば。


「駒使い、コイツ嫌い。撃って良い? 誰のお陰で直接戦闘にならなかったのか、まるで分かってない」


「キリ、止めなさい。それが私達の仕事と言われればそれまでです。しかしながら……些か自分語りが過ぎますね、聞いていて不愉快です。駒使いが聞き流しているからと言って、ベラベラベラベラと」


 背後の席に座っている二人が、完全に敵意を露わにしている。

 これは良くない。

 少なくとも、今の俺たちは敵同士ではない。

 しかもこの状況で自由行動など許されていないのだ。


「飼い主がコレなら、ペットもコレですか。ちゃんと躾けておいて下さい、“駒使い”さん?」


 フッと鼻で笑う彼の声を聞いた瞬間、ブチッと来そうになったが。


「では、こちらからも忠告しておきましょう」


「ほぉ、これは興味深い。今では騎士団に入隊し、確実にこの世界に貢献している私に、何もない貴方が助言ですか? 是非ご教授願いたいものですね」


 性格が悪い。そう言ってしまえば一括りに出来るんだろうな、この類は。

 しかし少し違う様に見えた。

 やけに煽ってくる様な態度、自らを上に見せようとする姿勢。

 こういう類の人間は、間違いなく何かに焦っている。

 しかも、俺たちの様に普段とは違う環境に放り込まれた様な人間なら特に。


「王族の挨拶というのは、静かに聞くモノですよ。それから、先程から感情が昂る程に声が大きくなっている。会場の皆様にご迷惑だとは思わないのですか? もう少し、全体に意識を向けながら行動した方が良い」


「なっ!?」


 慌てて周囲に眼を向けている様だが、もはや近くに居る貴族などは訝し気な視線を彼に向けている。

 俺たちの中で、一番まともな格好をしていると言うのにも関わらず。

 そんな状態で、王様は高らかに声を上げるのであった。


「先も説明した戦場を、誰一人欠くことなく生還した指揮官。“今回”呼び出した異世界人であり、完全勝利しか残さない偉人。クロセ殿だ!」


 途中から話を聞いていなかったが、えらく御大層な紹介を受けながら此方に掌を向けられてしまった。

 しかも何か、王様ウインクしてるし。

 これは、そういうアレなのだろうか。

 何かやれと、というかやらかせと催促されている様だ。

 思わず溜息を吐きながら後ろの二人をチョイチョイッと手招きしてみれば、ソーナとキリは俺が立ち上がるタイミングと合わせて腰を上げ、音も無く付いて来る。

 そのまま会場の中央へと進み、王様からマイクの様な何かを受け取ってから。


「どうも、ご紹介頂きました“駒使い”です」


 マイクに向かってボソボソと喋ってみれば、そこら中から拍手が上がった。

 こんな恰好の人間に対して、煌びやかな服装の連中が微笑みを向けて来る。

 なんだろうな、こういう世界に馴染めば先程の“彼”の様な思考に染まるのだろうか?

 コレが普通で、当たり前。

 常識であり、日常。

 コレは俺の感情の押し付けに過ぎないが……この光景が、非常に気持ち悪いモノに思えたんだ。


「クロセ殿、好きな事を言って良いぞ? もちろん、“いつも通り”にな」


 何だか期待した眼差しの王様が、グッと親指を立てている。

 という事で、俺も空気を読むのを止めた。


「皆様方が普段卑下している“駒”。彼等彼女等に守られ、今も平穏な暮らしを送っている皆々様。今宵の酒は旨いか? 存分に味わってくれ。俺からは以上だ」


 ニヤッと口元を吊り上げながらマイクを王様に返してみれば、彼は思い切り笑いを堪えた様にプルプルしており、振り返ってみればソーナが非常に疲れたため息を溢していた。

 しかしながら、キリだけは親指を立ててくれたが。


「悪いな、俺にはやはりTPOを気にする能力や空気を読むって事が出来ないらしい。だが、これでアンタが挨拶する時には“まとも”だと思われるだろうさ」


 そんな言葉を残しながら、先程の彼の肩を叩いてみれば。


「……貸しでも作ったつもりですか?」


「まさか、俺は普段からこうなんだ。それから、もう一つ教えておこう。“駒”とは彼らの名称であるからして否定はしないが、次に俺の仲間をペットだ何だと呼んでみろ。貴様程度、能力が髙かろうが仲間が居ようが、一度で殲滅してやろう」


 それだけ言って、ギュッと彼の肩に置いた掌を力いっぱい握りしめた。

 あまり効いている様子が無いのは、俺のステータスが低い故なのだろうか?

 そして。


「此方の戦果に危機感を持ったのか、焦っているのかは知らないが……はっきり言ってどうでも良い、いちいち突っかかって来るな。パーティーを楽しめ、三下」


 耳元でそう呟いてみれば、彼は青筋を浮かべながらもグッと拳を握っただけ。

 今までの様子からして、何かしら反論が来るかと思ったのだが。

 そのまま王様の紹介の元、彼らは会場の中央へと向かって行った。

 ふむ、これはあれかな。

 やりすぎた? 第三者との繋がりがあり、俺に突っかかっているのかと思ったのだが。

 俺の考えすぎだったかな?


「駒使いは、言葉と顔の煽りで通常の倍の威力はあると思ってください」


「ソーナ、それはちょっと酷いぞ。俺の顔は普通だ」


「駒使い、ナイス。ちょっとだけスッキリした」


「キリ、何か食べるか?」


「お肉食べたい」


「良し、行くか」


「二人共、皆様のスピーチが終わるまでは大人しく座っていて下さい」


 ソーナに怒られてしまい、俺たちは大人しく元の席に腰を下ろすのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る