第156話 匂わせ

「なんで雫石がいるんだよ……お前部外者だろ?」

翔太はあからさまに不満を漏らした。


グレイスビルの休憩室では、シーン125の慰労会が行われていた。

同じ映画の出演者である川奈が料理を振る舞っており、翔太はその手伝いをしていた。


「別にいいじゃないですか。私、神代さんの演技に感動しました!」

この場にはさまざまな関係者が集まっているため、雫石は演技をしているようだ。


「撮影所にひかりちゃんがいたのは何で?」

「あぁ、それは――」


以前、風間がグレイスビルに訪れた日に、雫石から撮影の見学をしたい申し出があった。

これは皇のことを黙っておく条件として、メールで提示されたものだ。

翔太は橘に相談し、撮影所の見学が実現した。


「雫石さんは神代さんの大ファンなんだ。それでどうしてもと言われて、橘さんに相談したんだよ」

翔太は何とか言い訳をひねり出した。


「ふーん……そもそも柊さんがひかりちゃんと知り合いなのが不思議なんだけど?」

「沈黙の証人の撮影現場で声をかけられたんだよ」

「柊さんはその映画のスタッフでもないし、芸能人でもないよね?」


ジト目の神代は、翔太への追求を止めなかった。


「梨々花、その辺にしておきなさい。これ以上はプライバシーの介入よ」

追い詰められた(?)翔太を橘が取りなした。


「この度は雫石の希望を叶えていただき、本当にありがとうございました」


マネージャーの小岩井こいわいが深々と頭を下げてお礼を言った。

小岩井は劇団ヒナギクのマネージャーで、雫石やほかの子役を担当している。

雫石の仕事が突出して多いため、実質的には雫石の専属マネージャーだ。


壮年と思われるこの男性は経験豊富さを感じさせるが、奔放な雫石に苦労しているのか、その表情には疲労の色が見て取れた。

(なんか槻木さんを思わせるな……)


「柊さん、本当に本気だったから、どうなることかと思ったわ」

「美園さん、お見事でした。神代さんも」


二人は撮影時のことを思い出したのか、ほっとしていた。


「お二人は柊さんに負けたらタダ働きだったんですよね? そりゃがんばりますよね」

「なんでお前が知ってるんだよ……」


雫石の発言に翔太は思わずツッコミを入れた。

撮影時にはマネージャーが固まっていたため、小岩井から情報を入手したのだろう。


「違うよ、ひかりちゃん」「全然違うわ!」

神代と美園はハモるように言った。


「私たちは、柊さんが用意してくれた舞台を絶対に無駄にしたくなかったのよ」

「……」

神代の力強い言葉に、雫石は圧倒されていた。

美園は神代の言葉に、ウンウンと頷いていた。


「撮影が無事に終わったのはいいんだけど、脚本はどうするつもりなの?」

「あっ!」


美園の発言に神代も気づいたようだ。


「脚本には手を加えることになると思う。雪代さんと相談になるんだけど……というか技術的な内容じゃないから、俺が監修する余地はないはずなんだけどね」


翔太は夢幻から追加で脚本の監修を請け負うことになった。

これまでは霧島プロダクションの仕事の一環として行っていたが、夢幻と翔動で交わされている契約の中で行うことになる。


「これは絶対に内緒なんだけど、匂わせなのよ」

「「あっ!」」


何人かが蒼の発言の意図に気づいた。

シーン125でが登場したが、では、その全容がわからないままになる。

脚本の修正は風間の独断であったが、山本はこれを承諾した。

山本と蒼は次を見据えているようだ。


(あれ? 大丈夫なのか……?)

翔太は無関係の雫石がいる場で、この発言をしていることが気になった。

その翔太の視線に気づいたのか、雫石はすっくと立ち上がって言った。


「私、この映画に友情出演することになりました」

「「えええええっ!」」

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