第147話 ニュータイプ
(そう言えば、やたらと勘がいい人だった……)
翔太の脳内では、鷺沼との数々の思い出がよぎった。
デルタファイブで担当しているシステムに原因不明の問題が起こった時、鷺沼は何の根拠もなく原因を言い当てていたのだ。
翔太が調べたログにも形跡がなかったため、何故わかったのかを聞いてみたところ、「うーん……勘かな?」などと言っていたことを思い出した。
「えっと、皇さんとは?」
無駄だと思いつつも翔太はとぼけてみせた。
「橘さんならわかりますよね?」
「ええ、サイバーバトルでは神代がお世話になりました」
橘は平然と答えた。
彼女の倍近くの人生経験がある翔太のほうが内心で狼狽えてしまい、恥ずかしくなった。
『どうしましょう?』
『今の時点では大きな問題にはならないと思います。
彼女は信用できそうですし、味方にしておいたほうが宜しいのではないでしょうか』
「おおぉっ! 目で会話している!」
鷺沼は羽化した蝶を初めて見る子どものような表情をしている。
「えっと……なんでわかったんですかね?」
橘の許可(?)が出たため、翔太は白状した。
「まぁ、勘なんですが。まずは声ですね」
以前、鷺沼に遭遇したとき、翔太は野田と会ったときのようにイケメンボイスではなかった。
「加えて、神代さんのバックにいるという共通点もありますね。
サイバーバトルの支援と、このイベントのプロポーザルのアドバイスは同じ人間がやっていると考えたほうが合理的です」
「ふむ、一理ありますね」
翔太は鷺沼らしい洞察だなと思う一方で、橘は関心していた。
「それと、柊さんの雰囲気が私の知り合いに似ているんですよ。これは皇さんにも感じました」
(十中八九、石動のことだろうな……)
「というか、その知り合いがバージョンアップを重ねて成熟したような雰囲気というのが正しいのかな……?」
(うげっ! ほとんど正解じゃないか……)
さすがの橘も驚いていたようだが、表情には出していなかった。
その微細な変化は、神代や翔太がようやく気づく程度だ。
「うーん……柊さんを見ていると、私の知的好奇心が止まらなくなってしまいます」
鷺沼は翔太に距離を詰めて、覗き込むように言った。
当時は片思いだった相手が、近くにいると思うと心拍数が上がることを自覚した。
鷺沼は普段、外見に気を配らない自然体なスタイルを好み、気取らない雰囲気を醸し出している。
しかし、着飾った姿はまさに別人のように美しく、舞踏会であったならば誰もがダンスを申し込むほどの存在感を放つ。
翔太はデルタファイブの社員の結婚式に招待されたとき、同じく招待された鷺沼を見たことでこれを痛感していた。
今の時点ではこの結婚式は未来の出来事であり、翔太の介入で、石動の恋愛事情は変わっている可能性がある。
翔太は石動のプライベートには一切干渉しないスタイルをとっているため、彼がまだ鷺沼に思いを寄せているかどうかはわからない。
「鷺沼さん、芸能界に興味はありませんか?」
「はい?」
鷺沼は完全に虚を付かれていた。
「本気で言っていますか?」
「ええ、霧島と私が見出した人物は、かなりの確率でこの業界で成功しているんですよ」
(そういえば、橘さんの本来の仕事の一つだよな……)
翔太は斜め上の展開に驚いていた。
おそらく、話題をそらすためにアシストしてくれたのだろう。
「いやぁ、ありがたいお話ですが、私なんかじゃとてもとても……今の仕事が自分に合っていると思いますし」
「そうですか、もし気が変わりましたら名刺の番号にご連絡ください」
「えっ……本当に本気だったんだ……というか、私が芸能界に興味がないのは柊さんならわかりますよね?」
「えっ、なんで?」
石動が知っている事実であるが、柊翔太がそれを知っている根拠はないはずだ。
なんとも言えない微妙な空気に、会議室は沈黙に包まれた。
その空気を破ったのは寺岡だった。
「――いやー、遅くなってすみません、携帯にどうしてもスポンサーになれないかという問い合わせが来まして――」
***
「石動さんのことが気になりますか?」
どこまでお見通しなのか、橘は運転しながら翔太に尋ねた。
「俺はすでに無関係の人間ですから……それに――」
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