第145話 混乱

「もう大混乱だよ!」


田村はホイチョー(湯葉巻き揚げ団子)を食べながら言った。

タイ料理のレストランで、翔太と上田は田村の話を聞いていた。


「田口部長配下の社員を全員、本部に集めたんだよ」

「そりゃ、大事だな」


翔太はソムタム(青いパパイヤサラダ)を食べていた。

アクシススタッフのほとんどの社員は客先に常駐しているため、集まることはめったにない。


「で、何て言ったの?」

上田はチャーンビールを飲んでいた。


(田村、ナイスチョイスだ)

この店ではワインなどの高い酒はメニューにない。

会計は割り勘であるため、田村は慎重に店の選定を行ったことが窺える。


「『急に辞めるとお客様の迷惑になる』だってさ。バカにしているよー」


田村はリオビールを飲みながらプンスカと怒っていた。


「俺はアストラルテレコムでちゃんと引継ぎしていたぞ。キリプロには相当前から言っていたしな」

「そんなのわかっているよぉ」

「要は辞めないように圧力をかけたってこと?」

「うん、そんな感じ。こんなの逆効果なのにね」


田村が言うには翔太と野田に加え、上田までもが同時に退職したことで、上層部に焦りがあるようだ。


「普通の会社なら、待遇改善をするんだけどな」

「あるわけないじゃん!」


田村にしては珍しくピッチが早い。

相当不満が溜まっているようだ。


「私の周りでも会社の先行きが不安だから、転職したいって話が出始めているよ」


田村はパッパッブン(空芯菜炒め)を食べながらずっと不満をこぼしていた。


「上田」

「わかっているわ」


上田は翔太の思惑を瞬時に理解した。


「何、その長年連れ添った夫婦みたいなのは」

田村はジト目で言った。


「田村、ここは俺たちのおごりだ」

「え! マジで!?」


田村は途端に機嫌が良くなった。


「ふっふーん、アクシススタッフはむしり取ってやるわ」

上田もご機嫌だ。


「どゆこと?」

「エンプロビジョン――アクシススタッフの子会社なんだけど、翔動うちが買収したんだ」

「えええええっ!?」


田村は上田が翔動に入ったときと同様に驚いていた。


「それで、何で奢ってくれるのよ?」

「アクシススタッフに欠員が出るということは、エンプロビジョンにとってチャンスなのよ」

「あー! なるほど!」

「アクシススタッフとの既存契約も契約更新が楽しみね……ガッツリ上乗せしてやるわ」


エンプロビジョンの派遣先はほとんどがアクシススタッフ経由であった。

アクシススタッフの人材供給力が弱体化した今、上田は付け入る隙があると判断したようだ。


「香子、悪い大人の顔をしている……」

田村はドン引きしていた。


「今まで社員を使い捨てにしていたツケが回ってきたのよ。いい気味だわ」


離職率の高いアクシススタッフが現状を維持できているのは、中途採用などで人材を補充できていたためだ。

これは就職氷河期により、買い手市場となっていることが背景にある。


上田はアクシススタッフの営業の手の内をよく知っているため、交渉で相当優位に進められることが想定できる。

(敵に回すと恐ろしいが、味方だと頼もしいな)


「そういえば、香子さぁ」

「何よ?」

「合コンの話を一切しなくなったよね?」

「……あれ?」

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