第136話 秘書?

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「俺と俺で現世の覇権をとりにいく」の第65話と同じ時間軸です

https://kakuyomu.jp/works/16818093081647355813/episodes/16818093085560223105


全体の時系列情報は下記を参照してください

https://kakuyomu.jp/users/kurumi-pan/news/16818093086120520701

─────✍


「うーん……もう少し金額を上乗せできませんかね」

品田は景隆を値踏みするように言った。


エンプロビジョンのオフィスでは、翔動によるエンプロビジョンの買収交渉が行われていた。

品田はアクシススタッフの副社長だ。


アクシススタッフはエンプロビジョンの筆頭株主であり、過半数以上を取得している。

景隆はアクシススタッフが持つエンプロビジョンの株式を、翔動に譲渡する提案をしている。

品田はこの譲渡代金について難色を示した。


事前に柊から得た情報のとおり、アクシススタッフはエンプロビジョンの売却自体には前向きのようだ。

しかし、譲渡代金を渋っているのは、少しでも譲歩を引き出す狙いがありそうだ。


品田の景隆に対する態度には、譲渡代金の引き上げを強要する雰囲気を醸し出していた。

(もしかして、俺が若造だから舐められているのかな……? だとすると、にとっては格好の材料なんだけど……)


「エンプロビジョンさんの財務事情からすると、妥当な金額と思われます。その根拠では――」


景隆の隣に座っている『田代』と名乗った人物は、品田に対して譲渡金額の妥当性について説明している。

田代は景隆のとしてこの場に同席していた。

彼女は黒縁のめがねをかけた知的な印象を持つ女性で、その外見からは年齢が想定できなかった。

スーツ姿に艷やかな髪をアップにしたスタイルは彼女のしなやかな首筋を強調し、その優雅な姿はまるで彫刻のようだ。


田代の主張には説得力があり、その専門性は公認会計士ではないかと思わせるほどだった。

自信満々に話す彼女の口調と態度から、品田は押され気味だった。


(すごいな、まさかここまでとは……)

景隆は田代の弁舌に脱帽した。


「当社は優秀な人材を抱えていまして、この点は財務情報に現れない価値なんです」


エンプロビジョンの社長である豊岡が反論した。

豊岡にとって、一回りまたは二回り年下の景隆に経営の決定権を握られることを警戒しているのだろう。


「しかし、顧客からの対価はそれに見合っていないのではないですか?」

柊からもたらされた情報により、景隆はエンプロビジョンが顧客から受け取っている単価を把握していた。


「そ、それは……」

図星だったのか、豊岡は反論ができなかった。

そして、彼は品田に目を向けたが、これが悪手になった。


「アクシススタッフさんの取り分は多いみたいですけどね」

すかさず田代は急所を突いた。


「……え?」

「い、いや、それほどでも……」


豊岡の反応に、今度は品田がうろたえる番だった。

田代の主張ではエンドユーザーから受け取っている単価は高く、間に入っているアクシススタッフがかなりの金額を中抜きしていることになる。

下山を例に取ると、アストラルテレコムがアクシススタッフに支払う単価は高額だが、アクシススタッフからエンプロビジョンに支払う単価が安い状態だ。

この場合は下山の報酬はかなり安くなる。


品田にとって、田代の発言を肯定すると自分の会社が搾取していることになり、否定すると景隆の主張が通ってしまう。

豊岡からすると、背後から刺される格好となった。


「しゃ、社長!」

「なんだ?! 今は重要な会議中だぞ!」


駆け込んできた営業の綾部に、豊岡は叱責した。


『それが……大変なんです……』

『えっ!……本当か!?……』


耳打ちされた豊岡はその報告内容を聞き、さぁっと青ざめた。


「豊岡くん?」

『あの……実は……』


いぶかしがる品田に、豊岡が耳打ちして報告した。

途端に品田の表情が険しくなった。


『どうしたんでしょうか?』

田代は景隆にこっそり尋ねた。


『柊の仕込みデバフが成功したようです』

『デバフ?』


「あの、石動さん」

品田は改まった表情で景隆に言った。


「はい」

「翔動さんからの譲渡金額を受け入れます」


こうして、エンプロビジョンは翔動の子会社となることが決まった。


***


「ふーっ、うまくいきましたねー……緊張しました」

エンプロビジョンのオフィスを退出した田代は、開放感にあふれた表情で言った。


(すごいな……ここまでなのか……)

景隆は彼女の演技に感心するしかなかった。

景隆が見ている限りでは、彼女は堂々としており、まったく緊張している素振りは見えなかった。


「おつかれさまでした――さん」

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