第102話 交換条件

「この度は本当にお騒がせしました」

長町のマネージャーである槻木は、ブログの投稿内容がサイバー攻撃のきっかけとなったことを翔太に詫びていた。


長町がとあるアニメ作品に辛辣な感想をブログに書いた結果、この作品のファンから不興を買ってしまったのだ。

ログを解析した結果、このアニメのファンと思われるユーザーが誹謗中傷を含むコメントを書き込み、翔太が実装したアルゴリズムによってブロックされていた。

怒りの矛先を失ったこのユーザーはシステムそのものを攻撃することで溜飲を下げようとしたと推察される。


「別に私が悪いとは限りませんよね?」

槻木の謝罪に対して、長町は不満げに言った。


「まぁ、因果関係を立証するには情報が足りませんね」

「ほら、柊さんもそう言っているじゃない」

「でも、美優だってやりすぎたって思ってるんだろ?」

「そ、そりゃそうだけど……」


結果的に実害がなかったため、翔太は長町が反省しているなら問題視するつもりはなかった。

とは言え、同様なことが起こらないよう、ブログの投稿には自動校閲機能を付けることを検討している。


「今回は柊さんに余分なお仕事をさせてしまったので、お力になれそうなことがあればぜひ言ってください」


槻木は相変わらずの気配り屋だった。

これまでも奔放な長町をフォローしていたのだろうと思われる。


「それでは……長町さん、ゲームの出演に興味はありませんか?」

「へ?」


翔太の意外な提案に長町は鳩が豆鉄砲を食ったような表情になった。


「確かに美優はゲームの仕事をいくつかやっていましたが……」

「作業ボリュームが多くて時間が取れないことを懸念されていますよね」

「そうです、よくご存知ですね」

「そ、そうよ! ものすごく大変なんですよ?」


長町は興味があるような仕草を示したものの、慌てて難色を示すような態度に変わった。

ゲームの台本は辞書のように分厚く、多忙な長町にとって見合わない仕事になっていた。


「モバイルゲームならどうでしょうか? 掛け声などの短い音声なので、長町さんのご負担も少ないかと」

「確かに、それなら悪くないですね」


槻木にとっては過去のゲームでの報酬を考慮すると、条件としては破格とも思えた。

これまで長町が関与したゲームはすべてヒットしており、業界では『長町伝説』と呼ばれるほどだ。

多少報酬を高めに要求しても、相手側が受ける可能性は高い。


「ちょ、ちょっと待ってください! 私はやるとは言ってませんよ?」

「興味はありませんか?」


翔太は長町が乗り気でないなら諦めるつもりだ。


「そうではなくて、柊さんがこのお話を持ってきたことが不自然です!」

(お、鋭いな)


翔太が煙に巻こうとしていたところを、長町が突いてきたことに驚いた。


「私はキリプロさんのほか、アストラルテレコムでも働いています」

「ええ、それは存じています」

「そのアストラルテレコムから、携帯電話の新機種を売りたいとの相談を受けました」

「そんな重要な役割が柊さんに降ってくるんですね……だからモバイルゲームですか」


長町は素直に感心していた。

実はがあるが、ここでは伏せていた。


「ん? ちょっと待ってください! 私がこれを受けることで柊さんが得をするってことですよね?」

「そうなります」

「なら交換条件が必要じゃないですか?」

「柊さんにかけた迷惑を相殺するんじゃダメなのか?」

「それじゃ釣り合わないわ!」


長町は対価を要求してきた。


「なるほど、なにかご希望はありますか?」

翔太は借りを作るよりは何らかの対価を払ったほうが、後腐れがなくていいと思っていた。


「んー……そうですね……」

長町は挑戦的な目で翔太を見つめながら言った。

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