第88話 絶体絶命

「しょうたん、なんしとるんけ?」

星野がグレイスビルの休憩室で翔太に声をかけてきた。

(前にもこんなことあったな)


休憩室ではPawsのメンバーが思い思いに休憩を取っていた。

川奈が揚げたてのドーナツを振る舞っており、甘い匂いが部屋中に漂っていた。


「スターズリンクってプロジェクト知ってる?」

「おー、霧島カレッジの案件じゃろ?」


『スターズリンクプロジェクト』は各所にある霧島カレッジの施設を統合するプロジェクトだ。

翔太は星野が知らない前提で説明を始めるつもりだったが、意外な反応で驚いた。

(特に秘密にしてるわけじゃないけど、公にもしていないんだけどな……)


「買収候補の土地をリストアップして評価しているんだ」

「しょうたんの仕事じゃなかろ?」

「霧島さんからの依頼なんだ」


用地買収はグレイスの社長である木場が取り仕切っている。

翔太は神代の役作りのために不動産関連のデータを整備したところ、これが木場の目に止まり、このプロジェクトに関わっている。

グレイスは霧島プロダクションのグループ会社のため、橘の管轄ではなく、グループ会社社長の霧島から直接依頼されている案件だ。


「うわー! 難しそうなデータがいっぱい! すごい!」


Pawsのメンバーである真山真夜まやままよが興味深そうに、翔太の後ろからモニターを覗き込んでいた。

真山は翔太の肩に自分の顎を乗せるようにしており、頬がくっつきそうだった。

(ち、ちけーよ……離れてくれ……)


真山は傷害事件のときにできた翔太のファンクラブの一人だ。

以前にファンイベントの慰労会でベタベタと触られたので、真山のことは警戒対象になっていた。


「ままよ、お触り禁止だぞー」

触ってないもん」

「こんの……お色気枠が……」


『ままよ』は真山の愛称だ。

星野は以前に翔太に抱きついていたが、自分のことは棚に上げていた。


Pawsのほとんどのメンバーは小柄で華奢な体格をしている。星野や白川も同様だ。

反面、真山はグラマラスな体躯をしており、これを好む熱狂的な支持層がいるらしい。


Pawsのメンバーの中でも、真山との接触は特に問題になりそうな気がするので、翔太としてはできるだけ距離をとるようにしている。


「むつかしい顔していたけど、なんか問題でもあるん?」

「すごく立地がよい場所があるんだけど、登記情報が不明瞭なんだ……稲庭ソリューションズ?……聞いたことがないな」

「うまいうどんの作り方でも教えてくれるんじゃね?」

「行ってみないとわからんか……」


稲庭ソリューションズは登記簿謄本の権利部に記載されている法人名だった。


「この場所に行かれるんですか?」

「うわぁ!」


いつの間にか白川は翔太に近づいていた。翔太は全く気配を感じなかった。

彼女の所作は相変わらず上品で、その隣にいる蠱惑的な真山とは対象的だった。


「今から行こうと思っているけど――彩華……?」

「急用ができたので帰ります」


白川はそう言って立ち去った。

その様子を三人はぽかんとした表情で見送っていた。


***


(殺風景なビルだな……)


その場所に赴いた翔太は途方にくれていた。

関係者がいれば土地の所有者を確認するつもりでいたが、敷地内には用途不明なビルがあり、殺伐とした雰囲気が漂っていた。


「おぅ、にーちゃん、なんか用か!」

翔太が踵を返して戻ろうとしたその時、いかにも堅気ではない男に声をかけられた。


「この土地の所有者にお話を伺いたくて参りました」

この一言が悪手であることに、今の翔太は気づいていなかった。


「なんだと!」

(ひぃっ!)


獰猛な獣のような咆哮が響き、翔太はすくみ上がりそうになった。


「何の騒ぎだ?」

「若頭……実は……」


若頭と呼ばれた男は翔太を射抜くように見つめながら言った。


「兄さん、この土地を嗅ぎ回った奴らがどうなったか知ってるか?……おい! 出番だ!」


組員と思われる集団がぞろぞろと現れ、翔太を取り囲んだ。

暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律――所謂、暴力団新法が施行されるのはまだ先だ。

法的な抑止力が効きにくいこの時代で、翔太がどんな目に遭わされるのか……想像したくもなかった。


(つ、詰んだ……)

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