理由

 怪しい存在や気配の話ではなく、ある朝の出来事。


 高校に通学する為に月曜から土曜日は、六時台の電車に乗っていました。

 ある日、駐輪場に自転車を入れて駅に入ると、誰もいません。

 窓口にも改札にも、駅のホームにも駅員や客の姿が見えません。

 改札口周辺に掲示物が設置されておらず、「おかしいな」と思いながらも定期券を片手に改札を抜けホームを歩き、反対側のホームへと陸橋を渡りました。

 誰もいないホームで一人、ベンチに腰掛けて電車を待ちますが、定刻を過ぎても電車も人も来ません。

 寝不足でぼんやりした頭でも異常事態だと認識できましたが、案内も無くいつ電車が来るかも分からないのでホームで待ち続けていると、どれくらいだったでしょう。

 駅に向かって走ってくる電車が、遠くに見えました。

 普段と比べて速度は遅く、静かにホームに入線してくるとドアを開くことも無く、完全に機能を停止しました。

 運転台から降りてきた運転士は俯き気味で、私の姿を目にしても何も言わず立ち去り、その姿に私も問いかけることが出来ませんでした。


 その後の記憶は曖昧なのですが、登校はしたので反対側から電車が来て、折り返し運転したのだと思います。

 D高校での部活動もあり、帰宅して夕食を食べたのは21時過ぎだったと思います。

「今朝、こんな事があったんだ」

 駅での出来事を母に語ると、聞き終えた母が教えてくれました。


 町の中心地区の外れは田圃が広がるばかりで、そのなかを北陸本線が走っています。

 早朝から農作業する何人かの耳に、警笛が聞こえたそうです。

 静寂を切り裂く警笛を鳴らしブレーキを掛けた電車に目を向けると、先の線路上に蹲る人影が見えたと。

 田圃ばかりで遮る物も踏切も無い。駅まで距離もあり速度も減速する場所ではありません。

 大きく湾曲するカーブですから先が見えずらかったのでしょう。

 停止することは出来ず、電車は蹲っている場所を通過してから、停車したそうです。

 農作業していた人達は現場に向かい、警笛と急ブレーキの音を耳にした近隣住民達

 は遠巻きに見つめていたそうです。

「女が轢かれたらしいぞ」

 情報が近隣住民達の間を駆け巡った時、ある親子が気づいたのです。

「うちの嫁さんがいない」事に。

 夫と義母は慌てて自宅に戻り妻の寝室を確認すると、敷かれた布団には誰もいなかった。

 

 現場の捜査が終了して遺体も搬出されたあと、鉄道会社社員が遺族に残った肉片を拾うよう要請したそうです。

 四隅に立った社員に見張られながら、手渡された菜箸を使いビニール袋に回収していた、そうです。


 同じ町の他地区の出来事でしたが、あっという間に町内に拡散して、母の耳にも入ったのです。

 運転士が無言で俯いていた理由。

 駅員の姿が駅舎になく、スピーカーを使った案内も無かった理由。

 夕食を摂りながら、私は今朝の出来事すべてに納得したのでした。


 以上になります。

 お読み下さり、ありがとうございました。





  

 


 

 

 

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