第三章 白き過去と黒の未来(9)
「こ、の――」
カナメが来る。ミズノは受ける。神速の飛翔から繰り出される打撃の一切を片端から受ける。一撃。二撃、三撃。四五を経て十を超えてなお動かない。絶え間なく砕け続ける肉体に痛みなどなく、引き延ばされる鈴の音に包囲されても目を耳を研ぎ澄ませ、百を重ねる己の生と死の狭間に、刹那さえ千に割られた勝機に。
刃を叩き込む。カナメの身体が折れてかっ飛ぶ、その先へ既に移動を終えていた。縮地。中空に赤の軌跡を引く
受けられた。無防備な背中に鈴を転がし空中
咄嗟の判断にて僅かに斬撃を逸らされ、叩き潰すつもりが吹っ飛ばした。斬撃も浅い。飛び退りながら距離を取るカナメへ分離した左の長剣を投げつける。狙い違わず一直線にカナメを貫こうとする刃は当然のように打ち落とされ、る直前に物理的に有り得ない方向転換を得てその足元にある影を刺し貫いた。空中で硬直したカナメがすっ転んで墜落する。彼女の身体を地面へ縫い付けた長剣の柄にはミズノの影が巻き付いている。影渡り。続けざまに踏み込む縮地と並べて忍術の極致。本来は影そのもの、そのような種族でなければ耐えられぬ無理無茶無謀を、純精霊の泡沫なる身に降ろす聖術加護が黒ずむ限界一杯にぶん回して押し通す。代償は人間という器の崩壊。最弱という枷に過ぎなければ喜んで差し出そう。
「ぬ、ああ――」
だというのにカナメは動く。ブチブチと己を縛り伸びる影を引き千切って咆哮する。振り下ろす長剣に振り抜かれた拳が激突する。おっそろしい獣だ。傷を負えば負うほど追い詰められるほどに咆え猛り抗い抜く。ツンが強過ぎる。突破すればきっと駄々甘いデレが待っている。
突破、できない。押し返され刃をカチ上げられる。反動に血を吐く。あらゆる意味で正しく正しくない致命の硬直にされど容赦の無い震脚の踏み込み。連撃。拳を蹴りをありったけに叩き込まれる。威力は完璧に身体を破壊しつつも衝撃は背後へ通し切る繊細さの極致がミズノを吹き飛ばすことなく殺し続ける。まだ死ねないから無理矢理伸ばした両腕でカナメの胸倉を掴み上げ、ヤケクソの頭突きをお見舞いした。粗雑極まる反動が今度こそ互いを飛ばす。指先にありったけの名残惜しさを引っかけて、背中から地に沈む。
バク転して立ち上がる。影を伸ばして相棒二刀を回収、結合してまた霞む。
「本当に、どこまでも、しぶとい……っ! 鬱陶しいなあミズノ!」
「諦めの悪さだけが、取柄でさ」
不屈ではない。
何度折れても立ち上がることをそう呼ぶのなら、そうなのだろう。
だが。
「もはや、限界じゃ。速度も膂力も、頑強も欠いておるぞ」
速さが足りない。
重さが足りない。
硬さが足りない。
ここまでやってなお、足りない。
「分かってるさ」
剣を、下ろす。
右手に引きずるようにして、棒立ちになる。
己の底から、さらに奥から。
「届かない。全然、カナメさんに届いてない」
もっと、強く。
ただ、力を。
求めて。
「――ダメ、か」
見上げた空に、吐息をこぼす。
ハッタリさえも、無く。
手札は、尽きていた。
身体が、動かなかった。立っていられるのが奇跡だった。右手に引っかけた大剣は今にも取り落としそうで、指先一つ曲げられなかった。短期間に、自殺さえ生温い無理を詰め込んだ反動が一気に来た。黒く染まった紋様が、その下で、赤黒く変色した五体を、締め付けている。
視線を前に戻す。カナメは、戦場の威圧を発していなかった。構えも解かれ、ミズノを射抜かんばかりだった瞳も、今は、痛ましげに歪めている。
その程度の存在だった。
まだ、地に足着ける、ヒトの身に過ぎなかった。
何の間違いも無く、バケモノとしか言い様の無い身体になってまで。
そんな己に、もはや、帰れる場所など。
「行こうか」
進むだけの己には、必要なかった。
(――コレは、正真正銘、最後の一手。使えば、アンタは本当に、後戻りできなくなる)
誰かの声が聞こえる。
構わない。構わなかった。死力を振り絞って、左手を持ち上げる。先の交錯を終えてなお、何があろうと硬く握り締めて離さないでいた、手の平を、開く。
「望むところだ。俺はカナメさんの隣に立つ。ずっと一緒にいる。そう決めたから」
銀の、楕円。
カナメの目が、見開かれる。
咄嗟に手を当てた首元、細い鎖から、真円を残して、スリ抜かれた指輪。
須王ミズノにとって、これ以上無い、緋蓮カナメに対する最強の切り札。
「お主、何を――」
「敢えて言わせてもらうけど、捨てなかった時点で負けだよ。カナメさん」
空っぽになった、胸の内。
今度は、誰から押し付けられたものでもない。
全てを込めた己の
「『
――瞬間。
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