第二章 白き刃翼と黒の大樹(11)

「斬っては無くないか?」

「評価厳しくね?」


 カナメが端的に告げれば、ミズノは静かに俯いた。容赦の無い屁理屈にも落ち込んでみせる彼に、意外と生真面目なのよなあ、と苦笑をこぼして、丸太に腰掛けながら辺りを見渡す。


 祝勝会、というよりは、後夜祭、あるいはこちらが本祭とでも言うべきものだった。夜の帳が落ちる巨大樹の集落、触手共が一掃され、傷つきながらも本来の緑を取り戻した街の中で、そこかしこ集う参加者たちが焚火を囲んでいる。


 もちろん、本日の膨大な『収穫物』を、酒の肴に。


「……うにゃうにゃごっこに興じていた馬鹿共の分は、取り分けたのじゃよな?」

「責任もって食わせてるよ。泣いて喜んでる」


 自分の身体よりデカい肉の塊だ。どう処理するのだろうと、疑問にすれば黙って近所に分けたりして死ぬほどキレられ、今では誰にも何も受け取ってもらえなくなったのだとか。どうでもよすぎる馬鹿話は記憶力の無駄と早々に忘れて、被害は受けまいと顔だけ覚えておく。


「それにしても、凄まじい業物じゃのう、その剣は。ただ硬く受けるだけでなく、割って斬って返せるとはな。一体、どこの刀匠の作じゃ?」

「分からないんだよねえ、それが。カナメさんが入ってた小箱と同じで、たまーに見つかる出自不明品。俺のは貰い物で、他には……ほらアレ」


 ミズノが指差す方を見れば、雷来亭でお馴染みのセクハラ全身鎧が、怪我人を侍らせて馬鹿騒ぎしていた。近くには青ローブや黒影も火を囲んで、酒と肉をかっ食らっている。


「アイツの鎧、アレも同じだよ。確か教会の所有物だったかなあ」

「ほぉう。というか、奴らも来ておったのか。昼間は見かけなんだが」

「ああ、アイツ治癒術使いだから。ボルテのさらに後ろで怪我人の看病してたの」

「……全身鎧のクセして、回復役なのか?」

「能力変形自在なんだってさ、あの鎧。ちなみに青ローブは爆撃系。乱戦は味方巻き込むから基本出番なし。黒影は……覗きと麻薬が趣味のクソ野郎だから、早く死んでくれねえかな」

「聞こえているぞ白クソ野郎……ッ!」


 喚く黒影に、ミズノは親指で己の首を掻き切る動作を返す。すっくと立ち上がった黒影を青ローブが足掛けて転ばせ、馬乗りになった全身鎧が酒を浴びせて黙らせていた。


 仲がいいのう、と思考を放り投げ、酒で焼けた舌に串焼肉を転がしつつ、


「話を戻すが……光は斬ってみせたのじゃ。雷神斬りライキリ、及第点とするがよい」

「剣任せに雷とまとめて巻き込んで斬り返しただけだよ。正確には……雷流し?」

「何故に自分で点数を落とすのじゃこの男は。いわゆる雷切とやらも、雷を斬ったという伝承と、雷の神を二度斬ったという伝承が混在しているという。ニアミスで後者ではないか?」

「アレを神と思いたくないし、ボルテは雷竜種だかんね。ニアミスで神は斬ってないのよ」


 またお主は、だからカナメさんは、などと。酒と串焼きを両手にぎゃあぎゃあと下らない酔っ払い談義をしていれば、どちらかともなく、吹き出して、


「その内、カナメさん斬ってから名乗るよ。再生と滅びで二柱分」

「一度でも刃を通してから言わんかい。まあ、期待はせずに待つとしよう」


 鼻を鳴らし、盃を傾ける。丸太に深く腰掛け、気分良く脚をプラプラさせていれば、またぞろミズノが生温かい視線を向けてくるがまあ良しとする。今夜は無礼講であるゆえと、分かり切った言い訳は、静かに胸の内へ仕舞い込む。


 そんな風に、祝杯を交わし、欠け落ちた月見酒など楽しんでいれば、


「おおい、こっち火消えちまったんだが。誰か点けらんねえか」

「薪なんて幾らでもあるだろ馬鹿が。ちょっと待て……、ああクソ、酒焼けして火吐けねえ」

「こっちもとっくに魔力切れだよ。継ぎ火すっかあ、って薪が湿って燃えねえ……」


 グダグダと、うだつの上がらないことをやっている一団が目についた。あらら、と呟き串を咥えるミズノを置いて、カナメは、全く、と腰を上げ、


「おい酔っ払い共、ちと寄越せ」


 一歩を踏んで焚き火の下へ跳躍、転がっている短剣と、その辺の石ころを拾い上げ、カツカツと打ち合わせる。なんだなんだと怪訝な目を向ける異種族共を尻目に、二度、三度とぶつければ、散らした火花が木クズに落ち、然る後に、燃え上がる。


 おお、という声はさほど気に留めず、顔を上げれば肉を運んできたトカゲが、己の爪にてガリガリと裂いており、息を吐いて皿ごとひったくる。


「力任せに切るでない粗忽者め、繊維を潰せば味が落ちるのじゃ。ええと何か刃物は……剣を寄越すな斬るように出来ておらん。斧を持ってくるな皿ごと割る気か!? ああもうどいつもこいつも叩き潰す得物しか持っとらんのか脳筋め! ったくもう……!」


 仕方ないと、薄い石ころを持ってきて、先の短剣で軽く研磨する。刃を縦に透かして見れば、満足の行くものではないにせよ、即席としては十分である。サクサクと、図太い触手肉に通して切り分け、串に刺して焚き火へと突き立てていく。ついでとばかりに鍋を吊るして、肉の煮汁に酒をふりかけ、適当に野草を和えて腹ごなしのスープも仕立てていけば、


「「「せ、石器時代の知恵袋……!」」」

「誰が石器ババアじゃ!? こんの自力で火も起こせん軟弱者共が!」






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