第二章 白き刃翼と黒の大樹(2)

「アイツら、マジでイカレてやがるな……。人じゃねえべ」

「カナメ様、かなり本気出してたと思ってたのに、まだ上があるの……?」

「だってアレで俺たちから不死性回収してないんだぜ? まるで本気じゃねえよ」

「読心も未来視もなく相手の行動読み合ってるとか、頭どうなってんだよ」

「いや違う、ありゃほぼ反射で戦ってる。脊髄が脳と化してて、つまりバケモノだ」


 遠く、聞こえてきた声に、二人揃って項垂れた。


 どころか。


「えー、蜚廉印の黒ビール、黒ビールいかがっすかー」

「おー、蜚廉の兄ちゃん。こっちにビール三つだ」

「その黒豆大福も美味そうだな。六つくれや」

「あーい、ついでに佃煮と爆弾にぎりはどうっすかー?」

「ゴキブリの佃煮じゃないですよー、おにぎりの中身も黒いけど昆布でーす」

「ガハハ、姉ちゃんおもしれえな! それも一つずつだ!」

「「お前らも戦えよ!」」


 呑気にレジャーシートなど敷き、完全な試合観戦の有り様にて、くつろぐ馬鹿共と商売始めてる馬鹿共へカナメと揃って声を上げるが、連中は無言無表情でこっちを見た後、一斉にそっぽを向いた。互いに頭を寄せ合い、ヒソヒソと、


「オイ、バケモノ共がこっち見てんぞ。絶対に目ぇ合わせんなよ、感染うつるから」

「邪魔したらしたらで文句言うくせに、勝手よねえ」

「しゃーねーよ、アレでまだイチャついてんのバレてねえと思ってる馬鹿だから」

「馬鹿のクセに雑に強いとか、控えめに言って厄介が過ぎる……」

「まあ、あとはお熱い二人にお任せってことで。いやあ、酒が進むわあ」

「「聞こえてんだよぶっ殺すぞ!」」


 というか、今しれっと聞き捨てならないことを言われたような。


 カナメと視線を合わせる。互いに微妙な表情、後に逸らした。「ヒューヒュー!」「見せつけてくれるねえ!」「押し倒しちまえー!」などと煽る馬鹿共は二人でその辺から拾った石ころを百ほどぶん投げて爆散させ、一息つく。


 まあ、元より戦後で不安定な世界に、蜚廉という突然の来訪者を上手いこと受け入れるための侵略戦争であり、茶番である。戦った結果、一般民レベルの親交が深まった。新代種族は良くも悪くも馬鹿であるからして、細かいことを気にしない。戦う理由が無いならそれでいい。


 バレていようと、ミズノとカナメが戦うイチャつく理由は、無くならない。


「では、仕切り直すとしようか。ミズノ」

「うん。あまり構ってると馬鹿が感染うつるからね、カナメさん」


 見合う。構える。空気が張り詰める。馬鹿共の声が途絶えた。研ぎ澄ます意識、収束する戦意に、体感時間が引き延ばされていく。一秒が五秒に、五秒が十秒に。互いに互いの未来を読み切り、架空の死線を幾度も駆け抜ける。見えた。六十と三手先、刹那にこじ開けたカナメの致命的な隙。やはり単純戦技はミズノが上、だが次の一手に鈴の音が響く未来を。


 構わない。何度でもアレを見なければならない。


 本日は五十八度目となる必敗へ、一歩を踏む。


 交錯する。ミズノが振り被る大剣に対し、カナメは既に右腕を引き絞っている。なんて小さな身体に小さな拳なのだろうか。あの可愛いお手てがこの大雑把な鉄塊と過不足なく打ち合ってみせるというのだから恐ろしいことこの上ない。物理法則が壊れている。


 いずれその握り拳を解かせよう。代わりにお花でも愛でて暮らせるようにするのだ。


 百秒へ延長された一秒の内に、そんな決意を新たに、交わる刃と拳は。


「「――ッ!?」」


 刹那の判断によって、空振られた。


 ミズノとカナメは触れ合うことなくすれ違う。不発と言えど全力の余波を受ける頬に致命的な違和感。烈風に乱れる髪先がチリついた。右脚を槌の如く大地へ打ち付けて割り砕き、全霊の素振りを全霊をもって制動し、刃が岩盤に埋まる前にカチ上げる。


 背後、空いた左脚で回し蹴りをかます。遅れて視線を投げれば期待通りにカナメも蹴りを放っている。ぶつかり合う足裏は咄嗟の一撃ながら十分過ぎる威力をもって反発、二人の身体を互いに百メートル以上かっ飛ばした。空中で姿勢を制御、再び地に足を突く。


 その、空隙に。


 雷が、墜ちた。


 白く塗り潰される世界を轟音が揺さぶる。鼓膜を破り骨を軋ませるほどの衝撃。直撃すれば五体が吹き飛んでいただろう威力は大地を抉り暴れ回り、空気と地中の水分を混濁させ蒸発させ爆散させる。赤熱した瓦礫が縦横無尽に飛散する。


 絶望的な破壊の跡を、雷光がバチバチと弾けながら這い回る。


 世界が、ようやく本来の色を取り戻していく中に。


 悠然と降り立つ、一つの影があった。


 色黒の、男だ。撫でつけた紫の短髪、晒した額に、二本の黒角を持つ。白い亀裂のような線に雷撃の残り香を纏わせ、切れ長の目の内に、金色の瞳がミズノを見下して細められた。黒衣に羽織る朱の外套が、破壊の余波を受けてはためく。


「――魔王、ボルテクス・テンペスト」

「俺の雷を忘れるほど、馬鹿ではなかったようだな。白き英雄」


 低い響きの皮肉に、しかし表情は無い。ミズノなどさして興味も無いと、視線を真反対へ逸らした先で、カナメの姿を捉え――僅かに目を細めた。


 瞬動一歩。ミズノは大剣の腹を掲げる防御姿勢で、カナメを背に庇い立ち塞がる。己の獲物だと誇示するように、内心は全力騎士道守護にて、瞬動のほぼ最高跳躍距離を晒すことになったが構わない。「ぴゃっ!」という可愛い鳴き声を背中で聞けたからだ。


「勘違いするな。貴様らの下らん小競り合いなどに、興味は無い」


 ならば、と。答えは、問うよりも先に示された。


 ボルテクスは、ゆったりとした動作で、右手で己の髪をかき上げる。


「停戦だ。――祭りをするぞ」


 ……ああ、もうそんな時期だったか。呟いて振り返れば、カナメが小さく首を傾げる。


 まあ、説明は後でいい。それよりも、と。


「分かった。さっさと引き上げる。……オイ! お前らもぼさっとしてんな!」


 声を上げて振り返る。思い思いの対ショック姿勢にて、しぶとくも先ほどの雷から逃れていた馬鹿共を見れば、連中はまたぞろヒソヒソと、


「「「アイツら、雷見てから躱さなかったか……?」」」


 なるほど。外からはそう見えていたのか。


 正確には、落ちる前兆を察知して躱したので見てすらいない。さすがに光より速くは動けない。だが不意打ちでなければ斬ることはできるし、準備があれば打ち返すこともできるのだ。そのくらいやってみせなければ、今代魔王になど勝てていない。


 カナメと、目を合わせる。


 揃って、項垂れた。






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