世界のカケラ2〜湖の王編

henopon

第1話 お祓いの旅へ

 塔が街から消えて数日。

 あの日、地響きが起きて、街がかすかに揺れたらしい。塔に気づいた者でも、ただ崩れたという者、異変が起きたと証言した者、それぞれに異なる印象をもっていた。

 翼のあるトカゲ、馬、街を覆い尽くすかのような鳥、火を吹く三頭の犬、角の生えた馬、人の姿をした一つ目の巨人などが、列をなして山脈を越えていったとのことだ。その後、細かい光の雪が空一面を染めて、夜通し輝いていたが、やがて音もなく消えた話も聞いた。

 そんな噂の中、僕たちは中の貴族屋敷の辺りに立つ市場へと潜り込んでいた。上の貴族街へ寄ろうとしたのだが、塔の一件のせいもあるのか、いつもなのかやたら警備が厳しかったのでやめた。後で知ることになるが、市場や商店がないので行く意味もなかった。下町の市場や商店で、この剣を売ろうとして売れるのかということになり、真ん中に決めたのだ。

 

 僕たちは小洒落た店で、正方形のテーブルを挟んで座っていた。

 腹ごしらえをして風呂か風呂の後に腹ごしらえかで意見で意見が割れた。レイはとにかく腹が減ったということだったし、僕は血まみれの姿でメシはキツイと話したが、風呂までは下の貴族街まで降りなければならなかったので、結局、僕たちは腹ごしらえをすることにした。

「とにかくこれからどうする」

 レイが尋ねた。

 僕はあくびをした。

 視線が突き刺さってきた。抜き身の二振りの剣を持った血塗れの奴が透き通るような肌をした血塗れの女とメシを食うのが、そんなに珍しいのかと言ってやりたかった。

 僕たちは空腹を満たした。

 どうせこの肉もぶどう酒も固いパンも奴隷がいてこそのものだ。遠慮なくいただいてやる。僕が作ったものを僕が食べて何が悪い。

「お金持ってる?」と僕。

「剣を売ればいいじゃん」

 レイはゆらゆらしていた。僕もゆらゆらしていたが、まだ腰と背中に響いて、ときどきまともになる。

「このメシ代払ったのか」

「払ってないよ」

「なぜ払ってないのに運ばれてくるんだ?」

 レイが尋ねた。僕は下に広がる街と上にある街で、システムが違うことに気づいた。ここは後払いだ。

「マクドとファミレスの違いだ」

「マジか」

「マジだ」

「マクドて何だ?」

「ハンバーガーを売っているチェーン店だよ。マクドのシステム覚えておくと世界に通じらるしい」

「旅したら見つかるかな」

 たぶんこの世界ではない。ないと思う。たぶんないだろう。もしかしてあるかも。

「ハンバーガーって?」

「パンで肉を挟んだもんだよ」

 レイはパンにソーセージを挟んだ。少し違うが、似たようなもんだと答えた。まったく違うなと思いつつ、どうでよくなった。

「こんなもんにシステムなんてあるのか?自分で作ればいいだろ?」

「屋台でヒモムス食べるようなもんだ。いちいち虫を買ってきて揚げるより楽ちんだ」

 不意に物騒な顔をした連中にテーブルを囲まれ、僕たちは追い出された。汚いし、酔っ払うし、声はでかいし、虫の話はするし。

「お金、払わなくて済んだね」

 僕が言うと、

「額飾りをとられた」

「てめえら生きていたのか」

 財布を投げて寄越した。

「アラ!」

 酔っ払いのレイが喜んだ。アラは抱きついてきたレイを汚そうに剥がした。

「みんなは?」

「生きてるよ。あんなもんで殺されてたら上下の連中に示しがつかん。しかしざまねえな」

「よく僕たちがここにいるのがわかったね」

「俺たちには街のいたるところに目と耳がある。殺しても死なねえだろうとは思ってたが、まさかあの塔をぶっ壊すとはな」

「壊したんじゃないよ。壊れたんだ。壊れたところで何の意味があるのかわからないけどね」

 僕は答えた。

「これからわかるんだろ。魂を操ると言われた国王も女王も死んだんだろ?」

「そこにあるぞ」

 ふらついたレイは二振りの剣を指差した。こいつ酒乱なのか。考えてみれば、しこたま飲んだことはなかったな。回らない舌で、世界が回る、塔を壊したせいで均衡が崩れたとわめいていた。酔っ払いが。

「この二振りの剣がどうした」

 アラはレイを無視して、ロングソードとミドルシソードを拾い上げた。やたら重いなと驚いた。こんなもの誰に使えるんだ。背負うだけで筋トレになるぞと。

「短い方が国王、長いのが女王の魂でできているそうだよ」

「短いっても普通の剣だ。こんなもの手に入れるために塔を壊したのか」

「違う違う。塔が壊れたから瓦礫に残ったんだよね。売れるかと思ってね」

「売れるわけねえわ。呪具のろいぐの中の呪具だ。こういうのはな、ちゃんと処分しなきゃならねえんだよ」

「細かいこと言うなよ」

「全然細くねえ。でっかい災難起こしておいて言う言葉じゃねえぞ。こんなもんは聖地とかに納めるくらいしなきゃならねえ」

 嫌な気持ちに襲われた。

 レイを呼んだ。

「はあい?」

 彼女は石畳に寝そべったままだった。たぶん火照った体に冷たさが心地よいのだろう。

「なあに?」

 気のない声で尋ねた。

「今から剣を戻しに行こう」

「面倒くさいなあ。またあそこまで行くの?面倒、面倒、面倒!」

「もう遅いだろうよ」

 アラが溜息を漏らした。

 どういうこと?

「何が遅いんだ」

「てめえらは聖地をぶち壊したんだぜ。もうあそこは聖地でも何でもねえんだ」

「少しは聖地じゃないの?」

「少しの聖地とか、たくさん聖地とかそんなもん聞いたことねえわ。もうこうなれば新しい聖地を探すしかねえな」

「他にもあるのか?」

「いくらでもある」

「頼んだ」

 僕は剣をわたした。

「アホか。教会へ行くんだ」

「どこにある?上中下のどこ?」

 アラは顔の前で手を振った。

「ダメダメ。てめえらは白亜の塔信仰の象徴を壊したんだぞ」

「白亜の塔信仰なんてあるのか。そんなもん壊したら、僕たちは……」

「ようやく気づいたか」

 アラは肩をすくめた。

「聖女教会で呪具のお祓いをしてくれる。簡単なのはすぐしてくれるし、厄介なのは本部でしてくれるとか聞いたことがある」

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