第496話 つまりあなたがサキュバスになればいい

「テラペイア様。私たちは、助手を務めればよろしいでしょうか?」


「ああ。テイランの国民全員の治療となると、私一人では手が足りないからね」


 テイラン……。いまだに思うところがないわけじゃないけれど。

 新しい魔王軍ということであれば、私もしっかりと適応していかないと。


「本当に、争わないんですね」


「良いことだろう。邪魔が入らず患者に専念できる」


 思えば、先生はいつも患者を優先していた。

 人類との戦いは、この方にとっては医療行為の妨害でしかなかったんだと思う。

 それにしても、その患者の範疇が人類にまで及ぶことになるなんて……。


「国が隠していた不治の病でしたっけ? 気合入れて治さないといけませんね」


「あまり肩ひじ張る必要はないぞ。私たちのやるべきことは、温泉の調整だからな」


 温泉……?

 何の話だろう。というか、そういうのってルトラ様の管轄なのでは?

 私以外もその言葉の真意はわからなかったようで、周囲の仲間たちも頭に疑問符が浮かんでいた。

 テラペイア様は、それに気付いているのかいないのか、私たちを引き連れてダンジョンを進んで行く。


「それにしても……私たちが死ぬ前よりも、色々な施設ができていませんか?」


 いや、元から色々な施設はあったっけ……?

 あれ、じゃあなんでこんな真新しい光景に見えるんだろう。

 ……なにか、忘れているような。


「イアシス。それ以上は考えなくていい」


 テラペイア様に名前を呼ばれハッとする。

 ……その顔は真剣であり、私はきっと余計なことを考えていたんだと思う。

 なんだろう。だけど、テラペイア様がそう言うのなら、このことはもう忘れるべきかな……。


「さて、ここだ」


 そうこうしているうちに、どうやら目的の場所についたみたい。

 ここは……風呂場。いや、温泉?

 そこにいたのはルトラ様。それに、私たちと同じく蘇生されたばかりのルトラ様の部下たち。


 これだけの魔族が一度に蘇生されたのよね? それも、魔王様のお力ではなく蘇生薬で……。

 宰相様のお力って話だったけれど、四天王様も十魔将様も誰も否定していないし、何より魔王様のお言葉だから真実のはず。

 ……知らない顔だけど、なんかとんでもない力じゃない?


「さて、しばらくはルトラたちと協力して慣れていく必要がある」


「慣れる……。もしかして、温泉でのぼせた者の治療とかですか?」


「いや、私たちの役目はこの快復の湯の調整だ」


 回復の湯? もしかして、浸かっているだけで体力が回復する温泉だったりする? 誰が作ったの? 魔王様?

 疑問を浮かべる私たちに、テラペイア様とルトラ様が説明をしてくれる。

 ……やばい。やばいわね。宰相様のお力、とんでもないじゃない。


「というわけで、病の治療はこの快復の湯で行う。君たちには、その治療方法に慣れてもらうため、実践してもらうぞ」


 浸かった患者の症状を見極め、温泉の魔力量を調整し、ルトラ様たちで水質を保持する。

 たったそれだけで病が治るとか、私たちが知っている医療とは別物……。

 ただ、テラペイア様とルトラ様ならともかく、私たちが最初から完璧にこなせるかというと、だいぶ怪しいわね。

 テラペイア様が言うように、実践で経験を積むのが一番なんだろうけど……そんなに、都合よく病に感染している患者っているのかしら?


「あの、ルトラ様。俺たちがやるべきことはわかりましたけど、その患者って病気にかかる者を待つんですか?」


 やっぱり、私と同じような疑問を投げかける者もいる。

 そんな疑問にルトラ様は当然のように答えた。


「いえ、レイ様が生成したモンスターたちに、軽度な病に感染してもらって被検体になってもらいます」


「モ、モンスターを生成?」


「大丈夫なんですか? そのモンスターたち病に罹患させてしまって」


 宰相様。いったい、どんなお力を持っているの?

 聞けば、この温泉どころかダンジョンを復興しているのも宰相様。

 私たちのために蘇生薬を作ったのも宰相様。

 それに、モンスターの生成? しかも、病を操るってこと?


「慣れろ。レイのしでかすことは、ダスカロスあたりに任せておくといい」


 と、とにかく、私たちはそのモンスターたちの病を、この温泉で治せってことね!

 それ以外は深く考えないようにしよう……。

 以前の魔王軍と違うって聞いていたけれど、あの宰相様がきっと色々変えたんだと思えば、いちいち気にしないほうが良さそう。


「そういえば、テラペイア。イアシスには伝えました?」


 私に? ルトラ様がテラペイア様に尋ねているけれど、自分の名前が聞こえたので、ついつい聞き耳を立ててしまった。


「ああ、そういえばイアシスには注意が必要か」


 え、なに? 怒られるの?

 私、他の仲間たちと違って、そのとんでもない宰相様に逆らうような態度取らなかったよね……。

 もっとも、逆らいそうな仲間たちは、すぐにドリュやプシシモに説得されていたけれど。

 やけに聞き分けが良いと思ったけれど、その宰相様のことを聞かされたら、反抗心なんてなくなったんだろうなあ……。


「イアシス。少し良いか?」


「は、はい!」


 もしかして、私もそんな仲間たちのように、反抗的な態度でも取ってしまっていたんだろうか。

 緊張しながら、十魔将様二人の前に足を進める。


「君はサキュバスだったな」


「は、はい! サキュバスです」


「以前は、魔族以外の精気を吸っていたと記憶している」


「はい。敵なので、ちょうどいいかなって……」


 吸いすぎても問題ないし、お腹もいっぱいになるし、いいこと尽くめだったから。


「そして、たまに魔族からも精気を吸っていたな」


「は、はい……。どうしても、手ごろな相手がいないときは」


 ただ、敵も毎回いるわけではない。

 なので、仲間である魔族から精気をもらうこともあった。

 だ、だけど、ちゃんと死なないように加減したし、魔王軍って恋人同士とかいなかったから、問題ないよね……?


「レイだけは、その対象にしないように」


「宰相様を……?」


 ……たしかに、いいかも。それだけの力を持っているってことは、きっと精気も美味しい。

 あの方、誰か相手がいるのかな? いないのなら、合意の上でなら、精気を吸っても……。


「レイは、魔王様のものだ」


「絶対吸いません!」


 あ、危なかった~……。

 サキュバスとしての本能に負けそうになったけれど、その一言で冷水を浴びたように頭が冷えた。

 無理。魔王様のつがいってこと!? よ、よかった~。それを知らずに、精気をもらおうとしたら……。


「ちなみに、転生者や従業員も、相手や相手の候補はいそうなので、下手に手出ししないほうがいいですよ?」


「は、はい……」


 なんか、複雑そうな職場になってるみたいね。

 たしかに、見るからにつがいの転生者たちもいたし、異種族に狙われていそうな転生者もいた。

 人間関係をしっかりと把握しないと、面倒なことになりそうかも。

 そのあたりは、それこそドリュやアスピダに相談して、吸っていい相手を調べておかないとなあ……。

 面倒だし、またドリュでも吸おうかしら。


    ◇


「む」


「なんですか? 急に抱きしめて」


「はっはっは、いつものことじゃないですか」


「いや、まあ……そうなんですけど」


 ただ、今のフィオナ様は、若干焦った様子で俺に抱きついてきたので、敵でも現れたのかと思ってしまった。

 この様子だと、そんなことはなさそうだけど。


「私のレイを誰かに盗られそうな気配を感じたので、しっかりと守りました」


「……もしかして、また転移系の能力ですかね?」


「いえ、変な予感は去ったので、きっと大したことなかったんだと思います。……もしかして、イアシスあたりが食べようとしていたとかですかね……? ただ、この感じだとテラペイアが釘をさしてくれたとか?」


 イアシス。どの魔族だろう。

 悪いけど、さすがに四十人近くの魔族が一斉に蘇生したので、誰の名前かはわからない。


「まあ、レイは私のですからね」


「ええ、俺はフィオナ様のものですから」


 まあ、誰であろうと問題ない。

 俺がフィオナ様のものという事実は変わらないし、向こうも俺を見捨てたりしないだろうから。


「ちなみに、イアシスってどの魔族ですか?」


「テラペイアの部下ですね。ほら、あのナース服をきたサキュバスの」


「サキュバス……。ああ、もしかしてあの悪魔みたいなかわいい女の子ですか?」


「……」


 違ったか?

 なんか、フィオナ様が黙ってしまったけど。


「どこがかわいかったですか?」


「ええと、外観? あと、ナース服も似合っていましたね」


「ちょっと来なさい」


 なんか、クローゼットまで連行された。

 そして、そのまま服を探して……あ、ナース服を手に取っている。

 魔法で姿を隠して、そのまま着替えて……。


「どうです!」


「よく似合っています」


「違います! どうですか!?」


 え、似合っているじゃないですか。

 ……あ、もしかして、そういうことか?


「ええと、かわいいです……」


「イアシスとどっちがかわいいですか!?」


「そんなの、当然フィオナ様に決まっているじゃないですか」


「ですよね~! いえ、イアシスのほうがかわいいかもしれませんが、レイは私の見た目が大好きですもんね~」


「それはそうですけど」


 一気に上機嫌になったナース魔王に、なんかそのまま膝枕までされた。

 女性同士ということもあって、ちょっとした対抗意識でもあったようだな。

 見た目もそうだけど、そういう中身もかわいいと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る