第484話 しょせんは染色体
「あら、やっと出てくれたのね」
まあ、驚きはしないわ。
確実に倒したはずのピルカヤが、こうして目の前の現れても、やっぱりという気持ちでしかない。
見られていることを前提に、全身全霊で相手の存在を探れば、さすがの四天王も隠し切れない。
それが炎の精霊という、生きた魔力ならなおさらね。
「まったく、本当に面倒だよねぇ、勇者って。その中でも君は、特に嫌な相手だよ」
それがわかっているからか。
それとも、アタシが力を妨害し続けたことに根負けしたからか。
ピルカヤは、相変わらず表情豊かに大げさな身振り手振りで、アタシに親し気に話しかける。
「それで? ボクのことをまた殺そうってわけ? 嫌だねぇ。せっかく生き返ったのに、そう簡単に殺されるのは勘弁してほしいなぁ。君たちみたいに、簡単に生き返れるわけじゃないんだから」
「あら、アタシたちだって、生き返った後は苦労しているのよ? 力不足の勇者じゃ何も守れないからね」
さて、おしゃべりはここまでみたいね。
それじゃあ、上手くやりましょ。
幸いというべきか、相手は相性最高の火の精霊。
リピアネムはもちろんのこと、プリミラやリグマよりも戦いやすいはず。
それにしても、本当に厄介ねえ。
目の前の精霊は、かつての力と遜色ない。
つまり、完全に復活しているということになる。
わずかに生き延びた分体とかなら、もう少しやりやすかったんだけど……。
まあ、なんとかするしかないわね。
黄色。あるいは金? それに赤やオレンジ。
炎を象徴する色に輝きながら、かつての強敵は再びアタシと対峙した。
◇
「来た」
「送ったよ~」
隣にいるピルカヤから、なんとも軽い口調で報告される。
送られた情報は、テンユウとピルカヤの分体との戦闘の光景。
いつもどおり、地底魔界での出来事をピルカヤが共有してくれている。
先ほどまでの妨害は、あくまでもピルカヤを誘い出すためだったのか、あるいは戦闘を開始したことで、そこに割くリソースが無くなったのか、二人の戦いはしっかりと見えている。
それにしても……それほどの戦いを今もなお繰り広げているというのに、隣のちっちゃい本体は随分と気楽だなあ。
「テンユウは、前と同じくらいの強さか?」
「いや、前よりちょっとだけ楽かも。さすがに、まだまだ力は取り戻せていないのかもね」
なんとも不思議な感覚だ。
戦っている本人が、こうして隣で状況を教えてくれるのだから。
今のピルカヤは、ここにいる本体とテンユウと戦っている分体だけなので、こちらと会話できるほどには意識もしっかりしているんだろう。
「あ~! でも、面倒なことには変わりない!」
「落ち着けって」
まあ、ピルカヤが怒るのも無理はないか。
視界に映されたピルカヤの分体は、様々な大きさや範囲で炎を飛ばすも、テンユウは全てそれをいなしている。
イドのように直撃するでもなく、回避するでもない。
テンユウが指を向けると、炎がまるでテンユウに支配されたようにピルカヤへと向かっていくのだ。
幸い、ピルカヤ自身が炎のため、攻撃を反射されてもピンピンしているが、これ、ピルカヤ以外が魔法攻撃したら相当厄介そうだな。
『さっさと燃やされてくれないかなぁ!』
『アタシはイドとは違うの。あんたの炎が直撃したら、お肌が焼けちゃうじゃない』
どうだろうな。
イドほどでないかもしれないが、相手は勇者だ。
一撃で即死なんてことにはならないだろうし、命中してもどうにかしそうな不気味な相手だ。
まあ、今回は勝つことが目的じゃないし、むしろ上手く負けて疑いを晴らせるなら最高だ。
……そのこと、わかってるよな? ピルカヤ、たまにムキになるから、ちょっと不安になってくる。
『だったら、数も範囲も広げてやるよ!』
『まあ、そうなるわよねえ……。相変わらず、とんでもない魔力で嫌になるわあ』
大丈夫だよな……?
テンユウがさばききれなくなって、服にわずかな火の粉が付着しているみたいだし、穴も開いているみたいだけど……。
ひらひらと舞うように回避するテンユウの顔を隠すような布にも、火の粉が飛んでいる。
「なあ、ピルカヤ」
「ちょっと待って。今良いところだから!」
「そうか……」
まあ、戦闘中に話しかけるなんて非常識だもんな。
まして相手は勇者だし、ピルカヤの集中力を削いでしまっては邪魔でしかない。
だけど、こいつ本当に覚えているかな? 最後負けてくれるんだよな?
「死んじゃえ!」
「死んじゃえって言った!」
絶対、こいつ忘れてるだろ!
この戦いで最も広範囲かつ高火力に見える炎が、テンユウに一斉に襲いかかる。
さすがのテンユウも、全てを対処することは諦めたようだ。
向かってきた炎の支配権を奪い、後続の炎にぶつけて相殺し、それでもなお手数で負けている。
それを悟ったらしく、テンユウは大きく息を吸い込むと、初めて防御用の魔法らしきものを展開した。
「やった! やっぱ、ボク強い!」
「そうだなあ……。ところで、今回の作戦覚えているか?」
「……ボク優秀だったよね?」
「それは間違いない」
まずは褒めよう。そうしないと、ピルカヤは面倒くさい態度になるんだ。
現に勇者と一対一で戦い、相性も悪そうなのに終始有利にことを進めていた。
イドのときのことを考えると、大金星とも言えるはずだ。
「でも、作戦がなあ……」
「大丈夫だよ。勇者は、この程度で死ぬほど楽じゃない」
そう言ったピルカヤは、いや分体のほうは、油断なくテンユウがいた場所を見つめている。
あまりにも高熱の火の球が大量に激突したためか、その場所は煙のようなもので見えなくなっていた。
しかし、テンユウはまだ健在ということか……。
勇者。相変わらず地力も高いんだよなあ……。倒しても復活するうえに、強さまで兼ね備えているのだからたちが悪い。
『あ~あ。お気に入りの服なのにねえ』
そう言いながら姿を現したテンユウは、たしかに服がところどころ焼けていた。
穴だらけの服。それに、顔を隠していた布は炎により焼ききれていた。
……あ、そうなんだ。
たしかに、背が高い大柄な勇者だなあとは思っていたんだよ。
『それに、せっかく隠していた顔まで見られちゃってるし、そんなにアタシのことが好きなのかしら?』
『たしかに、ボク性別は不定だし、君も同じっぽいけど。勇者は好きじゃないんだよねぇ』
『失礼ね! アタシは性別不定じゃなくて、れっきとした男じゃない!』
『じゃあ、なんで女の格好と口調なのさ』
『美の追求よ』
テンユウって、男だったのかあ……。いや、お姉っていうんだっけ?
まあ、とにかく俺はどうやら勘違いしていたようだ。
テンユウという勇者の性別を。
「テンユウって、男だったんですね」
「ええ。勇者の中で女性なのは、ヘーロスだけですから」
「男でいいのか? あれ。ピルカヤが言うように、性別不定って感じだけど」
「イピレティスみたいなものですね」
プリミラもリグマも、当然フィオナ様も知っているようだ。
だけど対面したことがある世良や原はずいぶんと驚いている。
そうだよなあ。声が中性的で、顔を隠していて、あの口調だし、女性だと思うよなあ。
……あれ? なんか、フィオナ様がもう一つとんでもないこと言ってなかった?
「僕のほうが、テンユウよりかわいいと思うんですけど~」
それは、フィオナ様に抗議の声を上げるウサギだった。
……え、もしかして、イピレティスも同じなの?
まじまじとイピレティスの顔を見ると、向こうもこちらの視線に気付いたらしく微笑んでくる。
「どうしました~? レイ様。僕の顔、魔王様の次に好きになりましたか~?」
「……イピレティスも男なの?」
「性別上はそうですけど、僕どっちもいけるんで、レイ様も好きです!」
……なんて嬉しくない告白だろう。
いや、冗談なんだろうけどさ。
そっか~。この世界、そういう性別のキャラクターたちもいたってことか。
いまだピルカヤとテンユウの戦闘は続いているというのに、俺はなんともいえない気持ちになるのだった。
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