第472話 袋とじの中の戦い

「……変わっていませんね」


「そりゃあな」


 悪びれる様子もなく、カジノを経営するハーフリングはそう返しました。

 ……つまりこれからも、この世界の者を食い物にするということですか。


「あなたほどの人なら、カジノにこだわる理由はないと思いますが」


「とは言っても、うちはすでにカジノで成功しちまった。今さら他の商売に手を出すのは、リスクが大きいと思わないかい?」


 それは……。彼の言うとおりです。

 この商売に成功したのだから、次は他の商売でも成功しろ。

 一方的にそんなことを言っても、無茶だというのは重々承知しています。


「うちは、すでに現地の者たちを雇用している。俺が失敗したら、うちの従業員が路頭に迷う。無意味な賭けに巻き込むつもりもないさ」


「ダークエルフやオーガ。それに昆虫人……」


 ゲームでもこの世界でも、迫害されていた種族たちです。

 ロペスは、そんな者たちを雇い、まともな生活を送れるようにしています。

 だからこそ、なぜカジノなんかで……という思いが一層に強くなる。


「あなたの仲間たちのように、真っ当な商売で成功することはできなかったのですか」


「適材適所というやつさ。俺は、この商売が性に合っていた。仲間と違ってな」


 現に成功していますからね。

 ……成功しすぎている。


「それに、カジノならサンセライオにもあるだろ? 何も俺がこの世界に初めて持ち込んだわけでもない」


「客層が違いすぎます……。あちらは、観光地として訪れる裕福な者たちの、ほんの戯れ程度。こちらは、食い詰め冒険者たちが、下手したら生活すらままならない不健全な賭けです」


「そこは幸い立地が良いからなあ。金銭を失っても、すぐ隣のダンジョンで稼いでる奴らがほとんどだぜ?」


「もう後がないからと探索した場合、従来よりも無謀な進み方をしかねません」


「そこまでの責任は持てねえな」


 それもわかります。

 ただ、ここで破産して、やぶれかぶれでダンジョンに挑んで、そのまま死んでしまう場合、やはりこの施設が原因では……。

 しかし、カジノをやめさせるとこで、現地の従業員たちが路頭に迷うのも……。


 彼の言っていることは、全て本当なのでしょうか? 全て正しいのでしょうか?

 何か見落としは……。


「また来ます」


「次は客として来てもらいたいねえ」


 考えはまとまらない。

 なので、またしても私はロペスについて保留にせざるを得ませんでした。


「欲望の洞窟……」


 こちらも、喜びの洞窟のように危険はないのでしょうか?

 であれば、いたずらに探索を進めて命を落とす者もいないということではありますが……。


「試してみますか」


    ◇


「どうやら、一人で探索するみたいだな」


 ロペスに苦言を呈した転生者、ルイス・アラーニャ。

 彼女は、ロペスの言葉も一理あると判断したのか、言葉を交わした後にダンジョンへと進んでいった。


「仕留めるか。仲間にするか」


 それすら判断が難しい。

 だが、ここで戦力を投入して逃げられた場合、情報だけを持ち帰られるのはよくない。

 なので、まずはいつも通りだな。


「とりあえず、モンスターに襲わせてから決めるか」


「すでに仕留める寄りな考えに聞こえるのは、なんでだろうなぁ……」


「アナンタってほら、わりとネガティブだから」


「俺のせいにしてんじゃねえぞぉ!?」


 実際、現時点では様子見以上の意図はないんだけどなあ。

 モンスターに襲わせて、敵の戦闘手段や能力を見極める。

 そのまま倒せそうなら、捕らえても逃がしてもいいとさえ思っているだけだ。

 モンスターが負けるとしても、ある程度の敵の力は判断できそうだしな。


 まずは、シャドウスネークの群れに遭遇しているようだが、状態異常に対してはどうだ?

 鳴神なら、ここで脱落しているだろうし、戦闘能力が高いとしても状態異常というものは馬鹿にできない。


「……消えた?」


 シャドウスネークが襲いかかろうとしたその瞬間、ルイスはダンジョンからいなくなってしまった。

 なんだこの現象、喜びのダンジョンのときは手に入れた装備で普通に戦っていたじゃないか。


「ピルカヤ、ルイスの場所わかるか?」


「見た限りでは、どこにもいないねぇ。ということは、あの中なんじゃないの?」


 ピルカヤが見せたのは、シャドウスネークの群れの中。

 その中でわずかに周囲の景色が歪んだように見える、透明な球体だった。

 ルイスが消えたと同時に現れたもんなあ。

 どう見ても、これが彼女の力ってことだろう。


「……シャドウスネークが減ってる」


 最初は見間違いかと思った。

 あの球体が出現したときに、消えたのはルイスだけであり、シャドウスネークはその場に残っている。

 そう思っていたのだが、徐々にシャドウスネークが消えている。

 見間違いではないことを証明するかのように、今では当初の半分以下まで数を減らしている。


「転移? 消滅?」


 いや、それだとあの球体の説明がつかないな。

 もしかして、あの中に別の空間でも作っている?


「フィオナ様。虚無の種子って、使った後は外からどういうふうに見えるんですか?」


「ちょうどあんな感じですね。周囲に溶け込んで存在こそはっきりしないものの、わずかな歪さは世界に残ります」


「ということは、やっぱり空間作成系の能力なのかもしれませんね」


「となると、シャドウスネークが一匹ずつ減っているのは、群れではなく個を相手にしているからですか」


 フィオナ様の目であれば、シャドウスネークの数も正確に数えられるらしい。

 なんとなく減っていると思っていたシャドウスネークは、やはり一匹ずつあの場所へと移動させられていたようだ。


「そうなると、中でどんなふうに戦ってるのか見えないのは不便だなあ……」


 さすがのピルカヤも、あの中まで見通すことはできないようだし、きっと火がない空間なのだろう。


「数で押すのは良くないか。となると、ここはやっぱり……」


 俺はソウルイーターを向かわせた。

 まだ入り口付近。普段であれば、こんなことをしたらアナンタが怒るに違いない。

 だが、今回は転生者の実力を確かめるためと理解してくれたらしく、特に何か口出しすることもなかった。


「相変わらず元気ですねえ」


「よく食べてよく寝ていますからね」


 戦うとき以外は、健やかに育っている。

 なので、万全の状態でルイスに挑めるわけだ。

 ステータスを見る限りでは、だいぶ分が悪いが、何か掴めるとありがたい。


    ◇


「駄目か~」


 ソウルイーターを突撃させて数分後、例の空間は解除されたらしく、不自然な空間の揺らぎは消え失せ、代わりにルイスの姿が見えた。


 シャドウスネークやソウルイーターを再生成してやると、ソウルイーターがいつも通り巻き付いてきたので、この子はうちの個体だ。

 やはり、あの中で殺されてしまっていたか。


「なら、罠で……」


 モンスターとは別空間で一対一で戦う。

 なら、罠で奇襲すればどうだろう。

 幸い、ルイスが歩を進めた先には、罠がいくつも仕掛けられている。

 炎に槍に毒、もちろん岩も。

 どの道に進もうと、そのいずれかにかかるはずだ。


「……」


 先ほどと一転して、妙に静かなダンジョンを疑問に思ったのか、ルイスも慎重に前へと進む。

 これはまずいかもな。しっかりと足元を確認していることから、罠もすでに織り込み済みなのだろう。


 ここに来る前に、喜びのダンジョンでボスと戦っていたし、あちらを普通に進めさせたのはまずかったか。

 でも、あっちのダンジョン盛況だからなあ……。

 ルイスを仕留めるために、コンセプトを覆すのは惜しかったし、下手に手出しできなかったんだ。

 せめて、罠だけでも起動しないようにすべきだったか?

 ……今考えても仕方ないか。


 それに、慎重に確認しながら進もうと、全てを見落とさずにというのは難しいはずだ。

 その手の技能に長けたハーフリングでさえ、わりと引っかかるのだから、根気よく待てばきっとルイスも……。


「かかった」


 起動したのは起爆岩。

 悪くない。さすがに威力は抑えてあるので、これだけで倒せるとも思わないが、多少なりともダメージは……与えられないな。


「岩だけ消された。やっぱり、あの空間作成らしき力厄介だな」


「ふむ……レイと私を閉じ込めてくれたら、仕事をサボれそうですね」


「サボらないでください。ちゃんとその日の仕事を終えたら、いつでも一緒にいますから」


「よし! 今日も頑張りましょう」


 今日と言いますけど、もう午後ですし、なんなら夕方前です。

 魔王様のから回ったやる気は、どこに向かってしまうんだろう……。

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