第245話 Coyする人魚姫
「……」
「……」
「や、やっぱりいつもの服に着替え直します!」
「あ、こら! だめですよ魔王様。レイさんの感想聞いてからじゃないと。レイさんも早く感想」
……ラプティキさんの声すら聞こえなくなりそうだった。
まあ落ち着こう。中身はぐーたら、中身はガシャ狂い、中身はフィオナ様だぞ。
誰だ、この美しい魔族は。
「肌面積が多すぎませんかねえ!? なんなんですか水着って! 私着たことないんですけど! よくもまあ、恥ずかしげもなくこんなもの着れますね。人類!」
「レイさ~ん。私じゃもう抑えきれない~」
……言わなきゃだめか。そうだよな。
大丈夫。前に色々な服装をしたときと同じことじゃないか。
「き……綺麗です」
「……そ……そうですか」
どうすんだよ。この空気……。
というか水着なんだから、変に隠そうとしないでほしい。
そのせいで、なんだか余計にいかがわしいものに見えるじゃないか。
水着という文化がないせいだろうな。これだから魔族は……。
いや、俺も魔族だけど、純粋な魔族と元転生者の魔族の差が、こんなところで表れてしまうとは。
俺の発言に頷いてから、ラプティキさんはどこかへ行ってしまった。
というか、周囲の魔王軍たちが距離を離している気がする……。
勘弁してくれ。こんな爆弾を俺一人に解除させようとしないでくれ。
「ま、前に全裸になろうとしていたよりは、恥ずかしくないんじゃないですか?」
「こ、言葉の綾ですけど?」
「でしょうね……」
なんだこのしおらしい生き物。
「えっと……とても似合っていますよ」
「は、はい……あ、ありがとうございます……」
落ち着け俺。フィオナ様はともかく、俺は別に水着なんて見慣れているじゃないか。
そりゃあ、こんなに美しくてかわいい魔族の水着姿を、それもここまで近くで見たことはないけど……。
肌白いから、顔の赤さが目立つなあ。
「あ、あまり見られると、その……」
「す、すみません……」
無理だ。
なんか何をしても、俺がとんでもないことをしている気分になってしまう。
「でも、似合っていると思ったのも美しいと思ったのも本当です」
「そ、それはどうも……」
いつものポンコツじゃない。
それだけで、こうも変わるのか。
まあ、たまに魔王モードになると怖そうなフィオナ様になるし、様々な顔を持つ魔王様かと思ったけれど、こんな顔は知らないし、どう対応すべきかもわからない……。
「と、とりあえず。今は、落ち着くまでこうさせてください……」
「あ、あの……それはそれで、こちらも辛いと言いますか……」
「駄目……ですか?」
そんなふうに上目遣いをされたらさあ……。
「駄目じゃありません」
こう答える以外の選択肢があるはずないだろ。
あ~あ、がんばって耐えないとなあ。
何がって、いつもより薄着ということで、肌に密着が多すぎるんだよ。
こんなふうに後ろから抱きつかれると……。
◇
「だ、大丈夫かなあ!? 私たち、魔王様とレイさんのお邪魔じゃないかなあ!?」
「わ、わからないけど……他の魔王軍の方たちは、別にここから立ち去ろうとしていないみたいだし、たぶん大丈夫なんじゃないかしら?」
「プ、プネヴマさんが、倒れちゃったけど!」
「テラペイアさんが運んでいるし、そっちも大丈夫だと思うわ。体が弱そうだし、熱射病かしら?」
「え、ボクの熱源強すぎた?」
「い、いえ、ピルカヤ様。私たちはちょうどいいです」
海とビーチなんだから、せっかくだし太陽が欲しい。
その発言を聞いたピルカヤ様が、なんだかものすごく怖い雰囲気になったからね……。
まあ、選択肢があるから、本人はその発言でなにか問題が起こることはないとわかっているんでしょうけど、こっちは見ていて怖いのも事実だから、気をつけてほしいわ。
とにかく、芹香のそんな無謀な発言のおかげというか、やる気になったピルカヤ様のお力は本当にすごいものだった。
ダンジョン内だというのに、すっかりと外界の海と大差ない場所が出来上がってしまったのだから。
プネヴマさんのあれは、熱が強すぎるというよりは……まあ、なんとなくわかる気はする。
「じゃあ、プネヴマのいつもの発作か。よくわかんないんだよね~。魔王様とレイを見ていたら、たまにああいう感じになるみたい」
「あはは……」
芹香もなんとなく察しているのか、愛想笑いだけでやりすごしているみたい。
前の世界にもいたなあ……。熱狂的に好きなカップルを推す友達。
そんなことを実在する相手で、しかも魔王様とレイさんでやるのだから、プネヴマさんって案外強いのかも……。
「ふわぁぁああ……ぁぁ……」
「お前さんのそれはよくわからん」
お医者さんのテラペイアさんにもわからない。だけど私はなんとなくあの状況を理解してしまっている。
現代人の業みたいなものなのかしら……。
「
「ああ、とても似合っているよ。
「私は?」
「もちろん
……なんかさあ。魔王様とレイさんよりも、
褒めるほうも褒められるほうも、やけに慣れているというか、魔王様とレイさんのほうが初々しいというか。
……いや、何を考えようとしたのかしら。あのお二方が初々しくてかわいらしいとか、不敬にもほどがあるわ。
というか、風間くんたちが三人なのに仲が良すぎるというか、関係が進みすぎているのよね……。
だって、温泉だって一緒に入っているんでしょ?
「……な、なんか。独り身でここにいていいのか、不安になってきた」
「ええ!? 怖いこと言わないでよ! そ、それに、魔王様とレイさんと風間くんと新ちゃんと友香ちゃんだけだから! それ以外全員入れなくなっちゃうから!」
「そ、そうよね……」
大丈夫よね? 私たち邪魔じゃないわよね?
大丈夫だと思う……。なんか、リピアネムさんとかもう何往復目かわからないほど、本気で泳いでるし。
楽しみ方は、人それぞれってことでいいはず……。
子供用の水着を着て砂浜で遊ぶプリミラさんや、普段とあまり変わらない姿だけど犬たちに翻弄されるマギレマさん。
海そのものが初めてなのかおっかなびっくりと海に触れるダークエルフたち。
みんな各々楽しんでいるみたいだから、私たちもこうして波に揺られて楽しんでいても問題なさそうね。
獣人たちは魚を探しているみたいだけど、残念ながらまだ生き物を育ててはいないので、空振りに終わっているみたいね。
……残念? あれ、私ってそんなに魚好きだったっけ? これも猫獣人になった影響かしら。
◇
「魔王軍全員が、私の作った水着を着て楽しんでいる……。満足だわ」
「あたしの足たちも、ようやく満足したみたい……」
海を楽しむ全員の様子を眺めていると、疲れた様子でマギレマがやってきた。
珍しいわね。この子いつも元気だから、疲れている姿なんてあまり見せないのに。
「あら、ようやく振り回されるのは終わり?」
「あなどっていたみたい……まあ、この子たちが満足したのなら、それはそれでいいんだけどさ~」
「地底魔界には作れないと思っていた海を作ってしまうなんて、魔王様が執心するのも無理ないわね」
きっとそれこそ、一生見ることがない光景かと思っていた。
魔王様が世界を支配したら、その限りではないけれど、あの方がそれをするとは思えないから。
「まあ、それもあるけど、もっと単純な理由じゃないの?」
「……そうみたいね」
私たちが知る魔王様も、感情の起伏はそれなりに大きかった。
だけど、今はもっと感情が豊かだし、それに時折見せる影を落とした表情がなくなっている。
なるほど。能力以前に、レイさんが魔王様の特別になるのも頷けるというものね。
……それはいいんだけど、どっちも奥手ねえ。
だけど、互いに赤面しつつ恥ずかしさを紛らわせるために無理をしている姿を見ると、それもまたいいのかもしれないわね……。
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