第137話 アーミー・オブ・ザ・アンデッド
「ソウルイーターお引越し作戦大成功ですね~」
「あそこが定位置ってわけじゃないけど、入口に置くのもけっこう面白い結果になったな」
「今回は数人だったので、全滅させることは容易かったようだが、やはり攻撃が大振りなのが課題か」
「……いいのかよ。これでぇ」
俺たちが今回の侵入の感想を言い合っている後ろで、アナンタは不満そうにリグマにこぼしていた。
「……まあ、今回はいつもよりやる気を出していいって言っちゃったからなあ。いいんだよな? プリミラ」
「ええ、たまにはレイ様ものびのびとやりたいでしょうから」
「甘やかすね~。知らないよ? これでタガが外れたら、またアナンタが全部指摘する状態に逆戻りかもね~」
「ピ、ピルカヤ……不吉なこと言うんじゃねえよぉ……」
なんか、俺たちの信用がとても低い気がする。
いや、プリミラは俺たちに任せてくれた。
きっと信用してくれているからのはずだ。
「しかしプリミラよ。エルフは全滅させてもいいのか?」
「はい、リピアネム様。しばらくは、やりすぎても侵入の勢いが衰えることもないでしょうから」
「……では、私も久しぶりに」
「それはだめです」
「むう……私が厨房で働けなかったら、このたぎる力を持て余していたところだぞ」
「すみません。ご不便をおかけして」
「かまわん。私はいまや隠し包丁まで極めたからな」
火とか味が染みるために素材に切れ目を入れる技だったっけな。
たしかに、言われなければわからないほど切れ目が見えなかったからな。
リピアネムは、順調にたぎる力を料理に向けることに成功しているらしい。
「それにしても、エルフたち案外あっけないんだな」
「いえ……ミストウルフとソウルイーターの組み合わせは、その……死にます」
「と言いますか……ソウルイーターやっぱり、通常の個体と同じく我々を丸呑みするんですね。いえ、通常のより恐ろしく強いですが……」
ダークエルフの女王とその側近のような女性が、侵入する側の意見を教えてくれる。
なるほどなあ。やっぱり狼たちの霧って他のモンスターと組み合わせると厄介なんだな。
「でも、ディキティスが言うようにソウルイーターが一度に呑み込める数にも限りがあるからな。大人数できたら対処しきれない」
「普通は、視界も魔力感知も難しい場所でのソウルイーターなんて、二度とダンジョンに訪れたくない要因なのですが……」
「いやあ、大丈夫だろ。エルフたちのプライドが高ければ高いほど、今はまだまだ退くという選択は選ばないはずだ」
というか、そうでないと困る。
せっかく色々準備していたのに、入口で引き返して終わりとかやめてくれよ?
◇
「死んだ?」
「は、はい……。行方不明ですが、足取りどころか痕跡一つ掴めず……」
「だから、ダンジョンに挑んで死んだと」
「他の国に行くはずもありませんので……」
「はあ……ダークエルフたちは、犠牲者がいないと聞いているわよ?」
「そ、それは……」
「あんなやつらより劣っている。そう思われないように、ちゃんとやりなさい」
「はい……」
まったく、情けないにもほどがあるわね。
どうせ油断でもしていたんでしょう。
それか、私たちの命令を軽視して、たいして役にも立たないエルフを選出したか。
……これが、私たちの領地に現れた未知のダンジョンだというのならまだわかる。
だけど、すでにダークエルフたちは何度も調査に入っているし、犠牲者なんていない。
なら、危険ではなく利用価値が高いダンジョンに間違いはない。
それなのに……そんなダンジョンで行方不明だなんて、どれだけ愚かなやつらが調査したのかしら。
次こそは、まともなエルフたちで調査してほしいものね。
◇
「いいか? あのダークエルフたちでさえ犠牲者がいないんだぞ。それなのに、エルフに犠牲者が出たなど知られては恥だ」
「まったく……どれだけ気を抜いたっていうのよ。簡単な仕事じゃない。あんなやつらでさえ無事に帰還しているんだから」
最高評議会の怒りを買ったこともだが、単純にあのダークエルフごときに後れをとったことが腹立たしい。
ダークエルフたちにできて、私たちにできないなんてありえてたまるか。
こんなダンジョンなんか簡単に。
◇
「か、簡単に……」
「ぼうっとするな! またあいつが戻ってくるぞ!」
仲間が何人か入り口で食われた。
いや、呑み込まれた。
そいつらを囮にするように、ダンジョンの奥へと走る。
帰りは? 帰りはまたあいつの犠牲になれというのか?
誰かが狙われているうちに、その横を走り抜けろと……。
「な、なんだ……ここは」
申し訳ていどの石畳さえもなくなり、岩肌ばかりが露出する内部は、すでにダンジョンというより自然の洞窟に近い。
それはいい。それはいいのだが、自然には決して存在しない場違いなものが並んでいた。
「墓……?」
種族によって墓というものの印象も形も異なる。
中には死後もその者と共に生きるためにという、明るい考えさえもあると聞いたことがある。
だが、こんな薄暗い場所にいくつもの墓が並んでいると、どの種族だって不気味に感じるだろう。
「気味が悪い。さっさと通り抜け……」
突然、地面が隆起した。
中に埋まっていた者たちが、獲物を見つけて一斉に外に出ようとしている。
この知性の欠片もない本能のままの行動。モンスターと何も変わらないこいつらを、私たちは知っている。
「アンデッドだと……!」
こんな場所にそんなものが出現するというのか。
まずい。なんの準備もできていない。
聖属性を扱える者など、今回の調査にはいなかった。
それでも、数体のアンデッド程度ならば問題はなかった。
だが、今もなお増え続けているこいつらは、このメンバーで対処できるものではない。
「くそっ、引き返す……ぞ」
それで、またあのソウルイーターと対峙するのか?
次は自分が呑み込まれるかもしれないというのに。
だが、それならどうすればいい!
ここにいてもアンデッドたちに殺される。戻ればソウルイーターに殺される。
ああそうか……このダンジョンに入った時点で、私たちは詰んでいたのか。
奥に進むか? そこでこの状況を打破するためのなにかを探すか?
いや、不可能だな……。
「消えろ! 消えろ! 消えろ!」
ゾンビに魔法を乱射する仲間は、その物量の前に後退を余儀なくされる。
背後の壁にどんどん近づいている。あれはもはや助からない……。
「ひ、卑怯な……これだけの数で襲いかかって……恥を知れ……」
前衛のエルフたちが次々とアンデッドの群れに飲み込まれる。
ソウルイーターのように、本当に呑まれているわけではなく、アンデッドの波に沈んだ。
きっともう浮かび上がってはこないだろう。
足元がなおも揺れ続ける。
まだいるのか。そう思っていっそ笑いすら浮かんでくる。
すると、ひときわ大きく地面をえぐりながら、地中に埋まっていた特大のアンデッドが目を覚ましたようだ。
「ドラゴンゾンビ……」
ははは……なんだこれは。
魔王軍との戦争じゃあるまいし、たかだか十余人にどこまで戦力を投入するというのだ。
そうか……ここは、魔族たちの墓のようなものだったのか。
高すぎる魔力は、死者たちから集まったもので、それらがダンジョンに溜まってしまい、死体がすべてアンデッドとなったわけだ。
「ああ、くそっ。そんな場所、掘り当てるなよ……ダークエルフどもめ……」
巨大なドラゴンの死骸が、私をあっけなく押しつぶす。
これで……この恐ろしい場所から解放されると思うと、それも悪くないのかもしれない。
◇
「エピクレシ様。終わりました」
「使えそうなのいましたか?」
「いいえ、労力に見合わないかと」
「そうですか。まあ、今後も来るでしょうし、そのうちいい素材が手に入るでしょうね」
「ところで、どうして地面から現れるよう指示されたのですか?」
「ハッタリは大事ですよ。あなた無駄に図体でかいんですから、ちゃんと相手を怖がらせるのに使わないと」
「……善処します」
「さあ、次の準備をしますか。せっかくレイ様たちが、私の軍勢を試せる場を譲ってくれたのですから、思う存分侵入者たちで試しましょう」
「レイ様たち……エピクレシ様とは別に、モンスターや罠仕掛けてましたけど……」
「なら、獲物の取り合いということですか。う~ん……レイ様に目ぼしいのは譲ってもらうようお願いしましょうかね……」
「侵入者が不憫に思えてきました……」
ドラゴンゾンビは、もしも主の目にかなってしまう哀れな後輩ができたら、優しくしてあげようと人知れず考えるのだった。
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