第113話 絶望の百万人力

「やはり、蘇生薬というものはとんでもないですね」


 テラペイアを蘇生した後、エピクレシが感心したように言った。

 たしかに、死んでいた者が完全に生き返るわけだからな。

 しかもそこに何のデメリットもない。

 きっと、ゲームで味方キャラが死んだとき用のアイテムだろうし、使用にリスクなんてあったらたまったものではないだろうが。


「でも、エピクレシも似たようなもんじゃないの? アンデッドを召喚できるわけだし」


 あれも死者を蘇らせているようなものだと思う。

 体こそ骸骨だったけれど、死体が動くようになっているわけだし。

 ああ、でも自我がないのは大きな違いか。


「いえいえ、私のアンデッドたちは生前の状態を完璧に復元なんてできませんので」


「完璧にってことは、一部は復元できるの?」


「そうですね。その者の技術や能力、記憶なんかも一部だけは。強ければ強いほどに残しやすいですね」


「じゃあ、スケルトンキングと違って話ができるアンデッドも?」


 そういえば、自我がないアンデッドならいくらでもって話だったな。

 つまり、自我があるアンデッドもいくらかはいるってことになる。


「ええ、興味あります? 興味がありますね? では、私のコレクションをお見せしましょう」


 あ、これ踏み込んだらだめだったやつだ。

 コレクターのコレクション自慢はきっと長くなるぞ。

 まあ、興味があるのは本当だし、せっかくだから見せてもらおうか。


「レイ様。エピクレシの話長いですよ~?」


「今後のダンジョンと魔王軍について参考にできそうだし、聞かせてもらうよ」


「げ~……そっか~。レイ様もそっちの資質ありそうですもんね~」


 たしかに、俺もダンジョンの施設やらモンスターの一覧が増えるのを、ひっそりと喜んでいるタイプだからな。

 まだ誰かに自慢したいとまではいかないが、いずれそういうふうになるときがくるかもしれない。


「さあ、行きましょう! 私が長年かけて集めたアンデッドたちの素晴らしさを、お教えいたします!」


 なんか、ここまで生き生きとしたエピクレシって珍しいのでは?

 本当にアンデッドが好きなんだなあ……。


    ◇


「狭い狭い狭い」


「そうですよね! それほどの大きさなんですよ彼は!」


「あ、あの……エピクレシ様。俺のことを送還したほうがいいのでは?」


 エピクレシの自室に招かれて、様々なアンデッドたちを紹介してもらった。

 俺が知っている種族であるドワーフや獣人、それにゴブリンやグリフィンたちのようなモンスターたちのゾンビ。

 体が崩れているけれど意外にも腐乱臭みたいなものはしなかった。

 自慢したがるのもわかる多種多様な種族たちのゾンビは、見ていてわりと楽しくはある。


 だけど、最後に出したゾンビがとんでもなかった。

 ドラゴンゾンビ。それもリピアネムみたいな人型ではなく、室内を埋めそうな巨大なゾンビだ。

 彼にはしっかりと意識があるらしく、申し訳なさそうにエピクレシに送還を求める。


「どうですレイ様! この巨体! ドラゴンのアンデッドなので、とても頼りになりますよ!」


「たしかに、ただでさえ耐久力高そうだからな。ドラゴンって。それがアンデッドになったとなると、倒されにくそうだ」


「そうです! 生前の強さはそのままに、しかし生前以上にしぶとく戦えるのです! ……聖なる力は弱点ですが」


「その辺はアンデッド全般の今後の課題だよなあ……なにかいい対策があればいいんだけど」


「そうなんですよね。ですから最近の私の研究は、もっぱらそこに焦点を当ててのものになっています」


 弱点を補うことができれば、アンデッドたちの強みを十分に活かせそうだしな。

 なんかいいアイテムや装備はないものだろうか……。


「主様方が、俺の背中に潰されかけながら思考に没頭している……」


「案外余裕そうだし気にしなくていいんじゃないかな~。レイ様そういう感じでもあるんだね……」


「すみませんイピレティス様……ガタイがでかすぎて」


「エピクレシが悪いから平気~」


 ゾンビだけじゃなく、霊体みたいなアンデッドたちも多かったよな。

 ファントムにウィルオウィスプ。レギオンなんてのは体が完全に生者とは別だし、弱点が消えれば有効な攻撃手段がなくなりそうだ。

 スケルトンやリッチみたいな骨系のアンデッドは、力が強い敵が相手だと粉々にされそうだな。

 いずれもまずは聖属性の攻撃への対策が課題か……。


「レイ様もモンスターたちを召喚されるのですよね?」


「召喚っていうか作成だけど、似たようなものなのかな?」


「そのあたりも気になりますが、モンスターたちの中にアンデッドはいないのですか?」


「そういえば今はまだいないなあ。なんとなく、そのうち作成できそうな気はするけど」


「であれば、私の研究成果を役立てられそうですね。アンデッドを召喚した際は、ぜひお訪ねください」


「ああ、頼りにさせてもらうよ」


 その分野のスペシャリストがいるっていうのはありがたい。

 ついでに他のモンスターたちも強化してもらえないかな。

 モンスターテイマー的な魔王軍はいないのだろうか。

 いそうだな。フィオナ様に聞いてみるか。


「いつまでこの状態で話す気ですか~? 息苦しいんですけど~」


「す、すみません」


「エピクレシとレイ様が悪いから平気」


 ああ、ついドラゴンゾンビに密着しながら会話を続けてしまった。

 だけどイピレティスよ。満員電車に慣れたらこんなの気にならなくなるぞ。


 それにしても、すごい量のアンデッドたちだったな。

 その気になれば、これらを全員召喚して命令できるということだったし、中には自身で考えて動き配下に命令できる者さえいる。

 エピクレシが、たった一人でも軍団のような強さを誇ると言われるのにも頷ける。


 もしも対処しきれない大量の侵入者が訪れたときは、彼女の力を借りつつモンスターたちを一斉にけしかけることもあるかもしれない。

 ……ちょっと見てみたいな。その光景。


    ◇


「いますよ」


「ああ、やっぱりそういう魔族もいるんですね」


「……なるほど。つまり、レイはそのものを蘇生させたいと。つまり私に蘇生薬を期待していると」


「あ、期待はしていません」


「してくださいよ!」


 だって、フィオナ様だしな……。

 それにしても、やっぱりモンスターテイマーみたいな魔族もいるのか。

 うちの子たちを統率してくれるのなら、いよいよエピクレシと二人で大軍を動かせるようになりそうだ。


「まあ、すでに蘇生してますけどね」


「え、そうなんですか?」


「ええ、ディキティスならば、モンスターであろうとも率いることができるはずです。特にレイのモンスターたちならば」


 なるほど、ディキティスさんがそうだったか。

 今度モンスターたちを見てもらおうかな。


「10000は無理なので、9000ガシャを引くとしましょう」


「そういえば、フィオナ様の下を離れて投降した魔族っているんですよね?」


「う……すみません。不甲斐ない魔王で」


「い、いえ! 責めてるわけじゃなくて、その魔族たちが生き残っていることで、フィオナ様のステータスってまだ下がったりしていないんですか?」


 俺もフィオナ様のガシャが外れればいいと思っているわけではない。

 なんとかフィオナ様の魔力をあと1。できれば2くらい増やせないかと考えていて、そこに至った。

 フィオナ様は、魔族を蘇生するごとに弱体化する。

 そして、地底魔界にいた魔族はフィオナ様を除いて全滅している。

 しかし、投降した魔族が別だとすれば、そいつらが死ねば……フィオナ様のステータスはもっと上がるんじゃないか?


「う~ん……厳密には投降した者たちは、配下ではなかった魔族なんですよ」


「魔族というだけで、フィオナ様が従えていたわけではないってことですか?」


「ええ、彼らは隙あらば魔王に離反しかねない魔族たちで、戦況が不利になったことで他種族へ投降しました。なので、彼らは勇者との戦いで死んだことはなく、蘇生させたわけでもないんですよね」


「となると、そいつらが死んだとしてもフィオナ様の力には影響はないと」


「そうなりますね。私の力は今が最大最強の魔王様なのです」


 だめか。10000にも届くと思ったが、そう簡単ではないらしい。


    ◇


「聞いた? リグマさん」


「ああ、のほほんと会話しているけど、かなり物騒なことに発展しかけていたぞ」


「もしも離反した魔族が魔王様に蘇生されていたら、レイはそいつら皆殺しにする気だったよね」


「そうすれば蘇生薬の生産効率が上がることだし、後で生き返らせればいいくらいに考えていそうだったな……」


「まあいっか。どうせ裏切者なんだし」


「だなあ。有効活用できるっていうなら、おじさんもわりとレイくん寄りだぞ。できないのが残念になってきたな……」


    ◆


『一人だと侮りましたか? 多勢に無勢であれば、魔王軍の幹部にも勝てると? 残念ながら、多勢なのはこちらなんですよ』


「ゲーム変わってる! 一騎当千する系のゲームになってる!!」


「なんだこれ。アンデッド系の敵が百……もしかして千とかいってる?」


 魔王軍幹部であるエピクレシとの戦闘が開始した途端、やけに広い戦場を埋め尽くしかねないほどのアンデッドが大量に召喚された。

 幸い操作キャラのレベルが高いためか、アンデッドの耐久力が低いためか、大半は数発の攻撃で倒せる程度の実力差だ。


 しかし、数が多すぎる。エピクレシの姿が見えなくなるほどのアンデッドの大軍。

 それらが次々と襲いかかるため、彼らはその場でひたすら攻撃を繰り返すしかなかった。


『油断しましたね。がら空きですよ』


「してない! 全然油断とかしてない!」


「必死すぎて隙を晒しただけなんだよなあ……」


「ヴァンパイアだし、やっぱり血を吸ってくるのか」


『さすがに、この程度で使役できませんか。しかし、動けないようですね』


 エピクレシの言葉どおり、彼女に血を吸われたことで勇者は動きを止めてしまった。

 当然その隙を見逃してくれるほど、彼女の大軍は甘くはない。


「まじだ! 操作できない!」


「あ、これ無理だな」


「リックー!!」


 こうして勇者はアンデッドの大軍に襲われ、なすすべなく敗北した。

 火力重視の編成で聖女を外していたこと、同じく火力の高さから聖属性ではない剣を装備させていたこと。

 それらの失態のいずれかに気づいたとき、彼らはエピクレシを打倒することができるだろう。

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