第89話 信用の証、あるいは面倒ごとのあぶり出し
「というわけなので、全員裏切らないように。裏切ったら全員死ぬから」
「は、はい!!」
いい返事だな
他のやつらは、フィオナ様の恐ろしさを改めて感じたのか、冷や汗を流しているというのに。
「というか、怪しい予兆があったらボクが燃やすけどね」
「わ、わかってるぜ。ピルカヤの旦那。だからその……火力を抑えてもらえると助かる」
「おっと、ごめん。でもムカつくね~。魔王様を裏切った転生者だなんて」
あれ、まるで今初めて聞いたかのような口ぶりだな。
「ピルカヤは、そいつらのこと知らないのか?」
「う~ん。記憶にないってことは、ボクが魔王様の配下になる前か……殺されている間のどっちかだろうね」
けらけらと笑うが、それでいいのか。
だけどそうなるとその転生者たち、かなりフィオナ様を追い詰めていたのかもしれないな。
ピルカヤが殺されているから何も知らないのなら、四天王を出し抜いて何もわからない間に殺したってことになる。
他の四天王はどうだ? プリミラやリグマはともかく、あのリピアネムまでも出し抜いた?
でも、フィオナ様が直接手を下したってことは、俺と会ったときのように、ほぼ壊滅状態まで追い込まれていたのかもしれないな。
「まあ、ボクたちも無敵じゃないからね。死ぬときは死ぬよ」
「ドライだなあ……お前らが死んだら悲しいぞ」
「ありがとう。だからね。転生者諸君、四天王ならがんばれば倒せるだろうけど、その先も考えたほうがいいよ」
ピルカヤは念を押すように、俺以外の転生者一人一人に視線を流して言い放った。
「ボクたちを殺せたとしても、その先に待つのは次元が違う最強の魔王様だ。簡単に勝てるなんて思わないことだね」
「ええと……ピ、ピルカヤさん。僕たちは別に魔王様方を裏切るつもりなんてない……のですけど」
おずおずと
まあ、念の為だよ。今の転生者たちが協力的なのは知っているけれど、あんな話を聞いた後だとどうしてもな……。
「うん。だから念の為忠告だよ」
「わ、私たちのことを魔王様は、ちゃんと評価してくれますから!」
「そ、そうね。少なくとも王国より居心地いいし、馬鹿な真似なんてしない……わ」
「それならそれでいいんだよ。でもさあ、万が一って必要じゃん?」
ゆらゆらと揺らめくピルカヤの表情が見えず、なんだかそれが余計に不気味さや恐怖心をかき立てている。
狙ってやっているんだろうか? いや、感情的なところがあるから、自然とこうなっているんだろうな。
「それに、君らのこと今はちゃんと信用してるよ。だってほら、こうして転生者たちを一度に集めているじゃない。しかも、ボクとレイだけしかいないのに」
これまで時任と
転生者同士でなにか企むと困るというのがあったが、普段の働きとピルカヤの監視、そして暗影の指輪を見るに問題はないと判断した。
それに……問題があるならあるで、早めに発見して対処できるのなら、それに越したことはないからな。
転生者の裏切りは、フィオナ様にとっても小さくない傷として残っているように感じた。
だから、その傷を掘り起こされるくらいなら、早急に発見して事前に処分しておきたい。
「ボ、ボス……俺たちは、あんたを裏切る気はない。だから、その……このままじゃ、生きた心地がしねえ」
「……? よくわからないけど、ピルカヤが言ったとおり、今は信用している。これからもよろしくな」
ひとまずは信じてよさそうだ。
この場はこれで解散とし、転生者たちにはそのまま休憩してもらった。
いつもは利用時間をずらすことで会わないようにしていたが、全員でマギレマの食堂へと向かったようだ。
「それにしても、思い切ったねえ。あの場で転生者同士で結束されたら、面倒なことになってただろ」
地面に広がっていた巨大な水たまりが、音を立てて人間の姿へと変化する。
「それならそれでいいと思っただけだよ。リグマ」
そもそも、その可能性が限りなく低いということは、リグマもよく知っているだろう。
四天王の中で、転生者たちともっとも交流があるのはリグマだからな。
「あいつらは、今のところ裏切る可能性は低かったし、結束して反乱するにしても、その意思があるかどうか早めにわかったほうがいい」
そう言いながら、目の前の壁を消す。
壁の向こうは隠し部屋が存在し、そこではプリミラとリピアネムがこちらの様子を伺ってくれていた。
「わかっていたことではあるが、特に争うこともなく終わってしまったな」
「そのほうがいいかと」
最初はピルカヤと二人だけで釘をさして終わりのつもりだったが、リグマが加わり、リピアネムが加わり、ならばプリミラもと四天王全員が待機することとなった。
今回は予想通り問題なかったが、万が一を考えるとそのくらいの慎重さも必要なのかもしれないな。
◇
「そういえば君たちとは初めましてだな。僕は風間
「と、時任
「奥居
「彼女が世良
「ハーレムだ~……」
初めて顔を合わせる獣人女性二人に簡単に自己紹介をすませるも、一人それに参加せずに浮かない顔をしている男がいる。
珍しいな。彼はわりと社交的で、こういうことにも積極的に参加する人物のはずなのだけど。
「それで、こちらがロペス・トタネスだが……ロペス、君大丈夫かい? さっきから様子がおかしいが」
料理を前にスプーンを動かしているようだが、心もとないというか、口に運ぼうとすらしていない。
僕の問いかけに反応したことで、ようやくこちらに戻ってきたかのように食事を開始したようだ。
「ああ……悪い。タケミの紹介のとおり、俺はロペスだ」
「大丈夫ですか? 顔色悪いですけど」
「……なあ、あんたたち全員。裏切ったりしないでくれよ?」
思い詰めた表情でロペスが発した言葉に、僕はすぐに率直な意見を述べた。
「裏切るって魔王様を? さすがに火葬されるのはごめんだよ僕は」
「そうよね。というか、王国より優遇してもらってるし、さっきのレイさんのあれも念のための忠告でしょ?」
「雑談に近かったもんね。やっぱり別の種族だし転生者だから、定期的に念を押しておきたいんじゃないかなあ?」
新と友香も、ここを裏切る利点は特に感じていないようだ。
実際のところ、仕事自体はこちらのほうが無茶な結果を求められていないからなあ。
「……俺はハーフリングとして転生した。そのせいかわからないが、前世よりも周囲のことを把握できるようになり、直感も働くようになっている」
「なるほど、人間以外だとそんな利点もあるのか」
うらやましいな。
……いや、彼には悪いが、見た目が子どものままというのは、うらやましくない。
僕は人間のままでよかったかもしれない。
「だから、なんとなくだがわかるんだ。あそこで答えを間違えていたら、ボスは容赦なく俺たちを切り捨てていたってな」
「それは……まあ、裏切らないでくれと言われて、拒否なんかしたらね……」
それを許すほど魔王軍は甘くないのだろう。
「そのときは、四天王総出で始末されていたらと思うと……さすがに恐ろしくてな」
「四天王総出って、あの場にはピルカヤさんしかいなかったと思うのだけど?」
「……ああ! だからか!」
僕の問いかけに反応したのは、ロペスではなく時任さんのほうだった。
彼女はなにか合点がいったように、大声をあげて奥居さんにたしなめられている。
「私の力、選択肢っていうんだけど、要するにそのときにどんな行動をしたらどんな結果になるかが見えるんだ」
「ほう……」
それはまた、生きていくうえで随分と役立ちそうな力じゃないか。
「なんか、レイさんに呼ばれたときからずっと選択肢が出てきてうるさかったの!」
うるさい……というか、目障りとか邪魔とかじゃないだろうか。
それとも、音で知らせてくれるものなのか?
「裏切ると裏切らないって選択がずっと表示されてて、裏切るのほうの結果がそのたびに変わってたんだよね」
「変わるって、どこかのタイミングでは裏切るほうが良い結果になったとか?」
「ううん、ぜんっぜん! そんなことないの! 燃えて死ぬ。貫かれて死ぬ。潰されて死ぬ。斬られて死ぬ。そんなのばっかりだから、もうわかったよ! ってずっと邪魔だったんだよね」
「燃えるのはピルカヤの旦那。貫かれるはリグマの旦那。潰されるはプリミラの姐御。斬られるはリピアネムの姐御だろうな……」
なるほど……。結果は変わらないが、誰の手で始末されるかだけ変わっていたということか。
「頼むから変な気は起こさないでくれよ。俺は巻き添えで、連帯責任を受けるのは勘弁してもらいたいからな……」
僕は正直なところ、人類より魔王軍のほうが良い職場であると確信している。
だけどロペスの言うとおり、気をつけておかないとな。
あの魔王様が、罰はしっかりと与える方ということを忘れてはいけない。
今後も気を引き締めて働くことにしよう……。
◇
「すみませんでした」
「別に~、怒ってませんけどね~。私だけのけ者にして、レイと四天王だけで楽しそうにしていようが、私はなんにも文句ありませんけどね~」
「ええと……今日一日はフィオナ様に付き合いますので」
「それを早く言ってください! よし、二度寝しましょう。二度寝」
当然のように抱き枕扱いしないでほしい。
もしかして、フィオナ様の中で俺はペットどころか日用品くらいの存在になっているのではないだろうか……。
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