第22話 高難易度モードに変更しますか?

「聞いたか? ファブチ村の近くにできたダンジョンの話」


「ああ、例のゴブリンダンジョンだろ。俺たちも挑戦してみるか?」


 にぎわう飲食店の中、男たちは他の客と同じく周囲を気にすることなく話をしていた。

 とあるダンジョンの噂の話題をふった男は、返ってきた言葉に苦笑いする。


「それであってるけど、そんな発言をするってことは、最近の噂は聞いてないだろ」


「小さな村の近くに手ごろなダンジョンができたって話じゃないのか?」


 たしかにその認識は正しい。今もそう思って、くだんのダンジョンに挑戦する冒険者は後を絶たない。

 しかし、話をふった男はそのさらに先の噂を知っていた。


「ただのゴブリンだと思っていたら全滅するぞ。現にゴブリンキングを討伐できる冒険者でさえ、あのダンジョンに入ったまま行方不明だ」


「ゴブリン以外もいるってことか……?」


「いや、いるのはあくまでもゴブリン種だけらしい」


 そう思い、様々な冒険者はダンジョンを甘く見ていた。

 そして互いに強化し合うゴブリンの群れを前に、従来と同じ相手だと油断して敗北する。


「他のゴブリンよりも強い特殊個体ってことか?」


「強いというか、知能が高いんじゃないかって言われているな。どうにもゴブリン同士で連携するらしいぞ」


「ゴブリンがか!? 低位で知能が低いモンスターなのにそんなことが……」


 知能が低く、高度な連携などできない野生のモンスターと違い、ダンジョンにいるゴブリンたちは互いを補強し合う。

 慎重な冒険者のパーティがそう判断して逃げ帰ったことで、ようやくその情報が回るようになった。


「それじゃあ、ゴブリンキングも野生のよりかなり強くなっているんだろうな」


「ああ、なんならそこらのパーティより集団での戦闘が得意かもしれない」


「そりゃあ、俺たちが行っても全滅しそうだな……」


「一時的に協力者を募集しても、本当にゴブリン以下の連携になるだけだろうさ」


「だよなあ……そろそろ、新しいパーティメンバー募集するか」


 ままならないとばかりに酒をあおる。

 勇者が敗北してからというものどうにも悪いことばかりだ。


 勇者が蘇生したのはいいものの、一度死んだことによって大幅に弱体化し、今は力を取り戻すために野生のモンスターを狩り続けている。

 さらに王国は、きたるべき魔王との戦いにさらなる力が必要と考え、大転生により転生者の捜索に躍起やっきになってしまっている。

 その転生者の実戦経験という名目で、やはり野生のモンスターを狩ることとなり、弱い野生のモンスターを狩ることで生計を立てていた、自分たちのような冒険者は追い出されてしまった。


 そうなると、危険な依頼を受注するか、あるいは割に合わない安く不人気な依頼をこなすか。

 前者を選択したことで、仲間を失った。

 今は後者でなんとか食いつないでいく日々。酒でも飲まなければやっていられない。


「今のままじゃ、貯金を食いつぶすだけだしな」


「だろ? それで前みたいにパーティを組めるようになったら、それこそ俺たちでゴブリンダンジョンを」


「だからやめとけって……」


「いや、でもゴブリン相手だと油断しなければいいだろ? 強化されたゴブリンの群れは厄介かもしれないけど、俺たちだってそこそこやれるはずじゃないか」


 たしかに、油断なく戦えば男たちはゴブリンたちの群れと渡り合える。

 しかし、相手はダンジョンのゴブリンであり、スキルで作られた特別製。

 話には聞いていても、どうしても野生のゴブリンの印象がぬぐえずに、自分たちならと考えてしまう。


 知ってか知らずかゴブリンだけが生息するダンジョンは、そんな恐ろしい誘惑をするダンジョンになっていた。

 何人も敗北しているという事実は、ダンジョンへ挑戦する気概を失わせる要因にはならず、むしろ自分たちこそはと考える要因になっている。

 そして、それだけの者たちが失敗したダンジョンを踏破したとなれば、王国からの報酬も十分に期待できる。


 だが、乗り気で話を進めようとしていた男と違い、もう一人の男は渋い顔でさらなる不安要素を告げる。


「俺たちよりも強い冒険者もすでに何組かやられているらしい……」


「おいおい……いくら強いといったってゴブリンだろ?」


「やめておけ」


 急に、二人の会話に割って入る者がいた。

 盗み聞きと責めるつもりはないが、会話にまで割り込まれたことでわずかに気分を害する。

 そんな二人が声の主を見ると、文句を言う気など頭から消え失せてしまった。


「あんた……その姿。もしかして王国の兵士か?」


「ああ。俺たちが逃げ帰ることになったダンジョンの話が聞こえてきてな。悪いとは思うが口を挟ませてもらった」


 二人は顔を見合わせた。

 冒険者どころではなく、すでに王国の兵さえもが挑戦していた。

 それも、踏破どころか逃げ帰ったなどとは予想外だ。


 調子に乗った新兵というわけでもなく、男は経験を重ねた兵士であることがわかる。

 少なくとも、自分たちでは太刀打ちできない相手だろう。


「あんたみたいな人がなんで……」


「俺たちは転生者の依頼で、ゴブリンダンジョンの調査を請け負った。気にすることもない内容だとは思ったが、可能な限り要望には応える必要があったからな」


「それで、わざわざ王国の兵が……」


「そんなにやばいのか? あのゴブリンダンジョンって」


「ああ、ボス部屋にはゴブリンキング率いる群れがいるが、互いに強化し合い厄介な強さになっている」


 それは先ほど話していたとおりの内容だ。

 やはり噂は本当だったらしい。


「厄介ってことは、倒せないというわけではないんだろ?」


「そうだな。ゴブリンたちを倒すだけなら、俺たちでもなんとかなっただろう」


「どういうことだ? 倒すだけならって、それ以外になにがあるっていうんだ」


 まるで、モンスター以外のなにかがある。

 そんな兵士の言葉に男たちは疑問を投げかけた。


「罠だ」


「罠……?」


「ボス部屋でゴブリンキングを倒すだけとなった瞬間に、巨大な岩がいくつも転がり仲間たちが負傷し、撤退を余儀なくされた」


「ボスと戦っている間にそんなしかけまで……」


「しかも、王国の兵士が一撃でやられて、撤退しなきゃいけないほどか……」


 どうやら、彼らでさえまだ認識が甘かったらしい。

 従来より強いゴブリンの群れを相手にするだけ、そう思っていたが間違いだった。

 ボスとの戦闘中に起動する罠。そんなたちの悪いダンジョン、まったくもって割に合わない。


「それはなんというかお気の毒に……」


「調査という依頼は果たせたからな。負傷者はいるが死者はいない。だが、あそこは気軽に挑んでいい場所ではないと思うぞ」


「肝に銘じておくよ。感謝する」


    ◇


「いや、あれはないわ~」


「だからごめんって……」


 ピルカヤの呆れた声に、ただ謝ることしかできないが、これで何度目か。


「焦るのはわかるけどさ~。あんな一斉に起動したら、そりゃあ怪しまれるよ」


 王国の兵がきた。

 ピルカヤが事前にそう知らせてくれたが、これまでと明らかに違う強さの侵入者に、簡易ダンジョンは蹂躙された。

 ゴブリンたちは次々と倒され、ボス部屋まで止まることなく進む姿は、侵入者どころか侵略者だ。


 ボス部屋のゴブリンキングが率いるゴブリンたちも、やはり次々と撃破されていく。

 そこでダンジョンを踏破させればよかったものの、俺は焦ってボス部屋にしかけていた罠を起動してしまったのだ。

 それも、設置していたすべての罠を……。


 大量の岩が転がっていく姿に唖然あぜんとしたが、その被害を受けた兵士たちはそれ以上の驚きだっただろう。

 ほとんどの兵はそれで戦闘不能にできたが、一人だけ残っていた兵がなんとか他の兵士たちを逃がした。

 そう、逃げてしまった……。せっかく、これまで侵入者の調整とかうまくやっていたのに、これでは努力が水の泡だ。


「せめて、殺しておけば……いや、王国には伝わってるだろうし、兵士が戻らなかったら不審に思われる。な~んだ、どっちにせよ詰んでたかもね」


「もう、なんだよ~……。なんで、急に王国から兵士が派遣されたんだよ。そんなに侵入者たちを撃退しすぎたか?」


「いえ、レイ様の調整に落ち度はなかったと思います」


「そうですよ。レイはがんばりました。頭をなでてあげましょう」


「ありがとうございます……」


 フィオナ様とプリミラが否定してくれるが、そうなるとそれはそれで不安だ。

 なんで、急に兵士が派遣されたのか。

 もやもやした気分のまま、俺はとりあえず失ったモンスターや罠を補充するのだった。

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