第3話 王子様の夢


 ユーリはその日、サラが大切にしている絵本の夢を見た。

 

 何故か自分はその絵本の王子様の姿をしており目の前にはサラがいる。

 サラは今まで自分には向けたことがないような優しい表情で王子様を見ている。


 その美しく儚い瞳に思わず


「ごめん……」


 そう口にしていた。


 サラは王子様の姿をした自分に優しい言葉をかける。それが余計に苦しかった。

 これはサラの好きな絵本の王子様ではなく王子様の姿をしただけの自分だ。

 「大嫌い」そう言われた自分自身だ。

 けれども今目の前にいるサラは夢の中にいるサラだ。そう思うと少しだけ素直になれる気がする。


 いつのまにか手に握っていた知らない花を差し出すと


「本当は好きなんだ。幸せにしたいと思ってる」


 そう言ったところで目が覚めた。



 ユーリはまだ薄暗い朝の空を窓から見上げ、なんと言ってサラに謝ろうか考える。


「どうしたらサラは許してくれるだろうか……」


 そんなことを思いながらいつもより早く身支度を終えると早朝から家を出た。

 こんな時間からサラを訪ねるなんてことはしない。けれどサラに会う前に気持ちを落ち着かせるため散歩でもしようと思ったのだ。

 玄関を出て庭を歩いているとスズランの花が目に留まる。

 小さく白い花が連なったその姿はなんともかわいらしい。

 そして、サラが好きだと言っていた花だ。

 ユーリはそっとスズランを一本摘み取るとサラの家へ歩きだした。

 

 思っていた以上に早くサラの家へ着いてしまったユーリはサラの部屋の窓の前で立ち止まる。

 カーテンは閉められている。サラはまだ寝ているということだ。

 早く謝らなければと思う一方、寝ているサラに少し安心する。

 わざわざ起こすなんてことはしない。

 ユーリは摘んできたスズランの花を窓の格子に置き


「ごめん」


そう呟いてその場を去った。


ーーーーーーーーーー


 その日、ライラがサラのもとへ訪ねてきていた。

 部屋はもう片付け終えており、サラの部屋でお茶をしながら話をしている。


「サラお姉様、会えて嬉しいですわ! それにやっと本当のお姉様になるのですね! 待ち遠しいです」


 ライラは久しぶりに会ったサラに嬉しそうに話かけるが、サラの表情は暗い。


「ねえライラさん、私このままユーリ様と結婚してもいいのかしら」


「えっ?」


「私、ユーリ様に嫌われていると思うの。親の決めたことだから仕方なく結婚するのかなって」


 小さい頃からユーリに嫌われていると思っていた。

 いつも意地悪なことを言われ、ばかにされ、親に言われるがまま一緒にいると。

 それは十年たった今も変わっていない。ずっと大切にしていた絵本を破かれたのだ。

 あの絵本が大切なものだということはユーリも知っているはずなのに。


「サラお姉様……」


「ごめんね、ライラさん。こんなこと言って。私が怖いだけなの。ユーリ様と上手くやっていけるのか」


 ライラは不安そうなサラの手をぎゅっと握る。


「お兄様にはサラお姉様を大切にするように私がきつく言っておきますから! それに私がお嫁に行くまではあの家でしっかりサラお姉様を守ります!」

 

 幼い頃からライラはサラを慕っていた。

 十年振りに会った今も変わらず慕ってくれていることに心強く感じる。


「お兄様も悪いところばかりではないんですけどね」


「ええ、わかっているわ。ユーリ様が悪い人でないことは……」


 その後サラとライラはしばらく話をしたあと、また会う約束をしてライラは帰って行った。


ーーーーーーーーーー


 その日もサラは絵本の王子様の夢を見た。

 王子様は昨日と同じように悲しい顔をしてサラを見ている。

 

「サラ……」

 

 そしてなぜか王子様はサラの名前を呼ぶ。


「どうして私の名前を……」


 言いかけたところで、ここは夢の中なのだとどこか冷静になった自分がいた。

 どうせ自分に都合の良い夢の中ならば大好きな絵本のお姫様になって王子様とお話するのもいいかもしれないと思ったサラは微笑みながら話しかける。


「ねえ王子様、私のどこが好きですか?」


 サラはあくまで自分が絵本の中のお姫様になったつもりで聞いている。

 尋ねられた王子様は驚いた顔をしたがにこりと微笑むサラを見て肩の力を抜くとそっとサラへ手を伸ばす。


「さらさらの綺麗な髪、白い肌、優しい笑い声、サラの全部が好きなんだ」


 頭、髪、頬、唇と王子様の手がゆっくり移動する。

 サラは思っていた以上の返答に、そのリアルな感覚に王子様から目が離せない。

 王子様は親指でサラの唇をなぞると頬に手を添えゆっくりと顔を近付けていく。

 その真剣で優しい眼差しにサラは受け入れるように目を閉じた。


ーーはっ

 

 夢の中で唇が触れたのか触れていないのか曖昧なところで目が覚めた。


「あんな夢を見るなんて私……」


 夢での出来事を思い出し少しほてった頬に手を当てる。


「すごく、リアルだったな」


 それからもサラは毎日王子様の夢を見るようになっていた。


 

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