私を救ってくれたのは私のことが嫌いな私の婚約者だった
藤 ゆみ子
第1話 再会
少女と少年はベッドの上でうつ伏せに寝転び、並んで絵本を読んでいる。
一生懸命絵本を読む少女とは対照的に少年は興味はなさそうに、それでも肩が触れあうほどに近くに寄り少女の言葉に耳を傾けていた。
「王子様は、お姫様のために命をかけて奇跡の花を取りに行ったんですよ」
「へぇ」
「私も将来、こんな素敵な王子様と幸せになることが夢なんです」
「残念だったな。サラは将来俺と結婚するんだよ」
「それはわかっています! 夢の話ですよ」
「夢なんて見ても無駄だ。現実見ろよ。それになんだよ奇跡の花って」
「奇跡の花は本当にあるんですよ!」
「嘘つくなよ」
「本当です! 妖精の森にあるんです!」
この国には妖精が住んでいると言われる森がある。その森の妖精はいたずら好きで森に入った人間には不幸なことが起こると言われ、森に入ることは禁止されていた。
「お前、妖精の森なんて入ったことないだろ」
「もう、そういうことじゃないんです! ユーリ様なんて嫌いですっ」
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「嫌な夢を見た……」
随分と昔の夢を見ていた。
ユーリは婚約者のサラがよく読んでいたあの絵本が嫌いだった。彼女が好きだと言う絵本の王子様はサラサラの金髪に青い目をした勇敢な青年だ。自身のブラウンの髪にブラウンの瞳、少し癖のある短い髪はあの絵本の王子様とは似ても似つかない。
同じ年に生まれ、親同士で決められた婚約者のユーリとサラは幼い頃はよく一緒に過ごしていた。
だが、二人が八歳の頃、サラの母親が体調を崩し療養のため田舎の領地で過ごすことになりサラも母親について領地へ行った。
療養も虚しく母親はその翌年に亡くなってしまうが、サラが王都の邸宅に戻ってくることはなかった。
「十年振りにサラと会う日だからか……」
ユーリは起き上がると身支度を整えた。
お互い十八歳になりそろそろ結婚の準備を、と親同士が話を進めサラが領地から邸宅へ戻って来ている。
呼ばれたわけでもないが、帰ってきたサラに会いに来た。
ユーリは久しぶりにサラの部屋の前まで来ると思いの外緊張が込み上げてくる。
「ふぅ」
小さく息を吐き、サラの部屋のドアをノックする。
--コンコンコン
「はい」
ドアを開けたサラと目を合わせるようにゆっくり見下ろす。
「サラ……」
十年振りに会ったサラは戸惑ってしまうほどその姿は美しい。
さらりとした長い髪、透き通るような白い肌、大きく丸い瞳にユーリは吸い込まれそうになる。
「ユーリ、様……お久しぶりです」
サラは一瞬驚いたように目を見開いたがその後困った顔をして部屋の中へ招き入れた。
「すみません、昨日戻ったばかりでまだ部屋が片付いていないのです」
「あ、ああ。別にそれはかまわないけど」
幼い頃はよく遊びに来ていたこの部屋に懐かしさを感じながらも恐る恐る中へ入る。
ベッドの上に広げられた洋服、本、その他の荷物がまだ乱雑に置かれたままの部屋に入ったユーリは他の荷物とは違い大事そうに机に置かれた一冊の絵本が目に付く。
『王子様と奇跡の花』
随分と古くなったその絵本は色褪せ所々擦り切れているが、栞を挟んだその姿は今だに大切にされていることがわかる。
ユーリはその絵本に手を伸ばすと栞を挟んであるページを開く。
(っ……)
そのページはサラの好きな王子様が一際大きく描かれたページだった。自分とは似ても似つかないその王子様をユーリは無意識にクシャりと握りしめる。
そしてもう古くなったその本のページはいとも簡単に破けてしまう。
「何をっ、やっているのですか?」
荷物を退けていたサラはユーリの手の中にあるくしゃくしゃになったその絵本の一ページにひどく悲しそうな顔を向け今にも泣き出してしまいそうだ。
「これは……」
自分でも思っていなかった行動にユーリは手の中の一枚の紙を見つめるが、サラの瞳からはとうとう涙が溢れ出る。
「帰って下さい!」
「えっ」
「帰って下さい!!」
サラは破かれた絵本のページをユーリの手から取るとそのまま背中を押し部屋から追い出す。
悪いことをしてしまったと思っているユーリもされるがまま部屋を出た。
ユーリを部屋から追い出したサラは
「ユーリ様なんて大嫌いです!」
そう言ってドアを閉めた。
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自分の家へ戻ってきたユーリは今、自室のベットに腰掛けたまま妹のライラに説教されている。
「バカなの? お兄様。あの本はサラお姉様が亡くなったお母様から頂いた大切な絵本なのよ」
ライラはサラの家に行ったはずのユーリが早々に戻ってきたためなぜ久しぶりに会ったのにこんなに早く帰ってきたのかと問い詰めていた。
「わかってるよ。俺だってなんであんなことしたかわからないんだ」
「だったら早く謝ってきたらいいじゃない」
けれどもサラのあの涙を流しながら怒る姿を思い出してはなかなか腰が上がらない。
ただ謝りに行ったところで許してくれるのだろうか。
サラの持っている『王子様と奇跡の花』という絵本はサラの母がサラのために描いた絵本だった。新しく買って渡すことなど出来ない。世界でたった一つの母から貰った大切な絵本だった。
「奇跡の花って本当にあるのかな……」
ぼそりと呟いたユーリにライラは首をかしげる。
「奇跡の花ってサラお姉様が持っていた絵本にでてくる願い事を叶える花のこと?」
「ああ」
「妖精の森に入る人なんていないんだからあるかどうかなんてわからないわよ。そんなことよりも早くサラお姉様に謝ってきなさいよね!」
ライラはそう言うとユーリの部屋を出ていった。
「奇跡の花……」
ユーリもライラが部屋を出た後、思い立ったように家を出た。
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