第43話

 一般的に、暗殺事件の犯人が潜むような場所であれば、闇市やスラム街のような治安の悪い地域と思われがちである。

 実際に、王都の事件において、攫われた商人は闇市の地下で発見された。


 だが、それは犯人が他の地域に何のツテもないか、あるいは内部からの手引きがないことが前提の思考である。

 何が言いたいかというと。


 姫さまとクルンカを残して宿から飛び出したおれが、大蛇から繋がる魔力の糸を辿った先には、貴族街があった。

 魔力の糸は、背の高い壁に囲まれた二階建ての豪邸の内部に繋がっていた。


「まあ、有力者が協力してなきゃ、この国でこんな自由に山の民が活動できないよなあ」


 昼に来た女は、はたしてどこまで、このあたりを知っていたのか。

 まったく知らなかったという可能性もあるし、知っていてそのことは黙っていたという可能性もある。


 おれも姫さまも、あえてそこにツッコミを入れなかったしね。

 あの女性が誰の部下なのか、具体的にどういう意向で動いているのか、それとこちらの情報をどこまで渡すべきなのか、そのあたりのコンセンサスが取れなかったからだ。


 で、実際に。

 女が来た日の夜に、部屋が襲撃された。


 彼女にどこまでその気があったかは定かではない……。

 というかおそらく彼女は利用されただけだろうが……。


 それはそれとして、彼女と接触したことでおれたちの存在が露呈し、今回の襲撃が行われた可能性が極めて高い。

 こっちはそこまで想定した上で、それでも現地の情報が欲しかったんだけどね。


 この屋敷がどこの誰のものかは知らないが、町の中で起きたことをある程度の精度で突き止められるような人物であろう。

 さて、それじゃお邪魔しますかね……。


 というわけで、静音の魔法を展開して屋敷を囲む壁を跳び越え、庭の茂みに着地……。

 しない。


 慌てて魔法で宙を足場をつくると、それを蹴り、背の高い木の太い枝にぶら下がる。

 警報の魔法があちこちに展開していることに、寸前で気づいたのだ。


 地面にしか展開されないタイプだ。

 仕方がない、と飛行の魔法を使う。


 この魔法は、ファーストに教えて貰った、耳長族のとっておきのひとつだ。

 人前では使うなと言われているが、こんな夜であれば、まあ条件はクリアされたと考えていいだろう。


 姫さまやクルンカを連れていると、こういう魔法を使えないのがなー。

 まあクルンカは、黙っていてくれ、とおれが頼めば黙っていてくれるんだろうけど。


 そんなことを考えながら慎重に飛行するうち、屋敷の屋根にたどり着いた。

 魔力の糸は二階の角の一室に消えている。


 窓が塞がれた部屋で、明かりひとつ漏れてきていない。

 おれは部屋のすぐそばまで行って、聴音の魔法を使ってみた。


 話し声が聞こえてきた。

 ふたりの男が話し合っているようだった。


餓蛇がじゃが発見されるなど予定にないぞ。いまのところ、衛兵に捕まってはいないが……」

「衛兵を下げさせるんだな。さもなくば、犠牲が増えるだけだ」

「始末を命じたのは他国の者三人だけだ。余計な者を喰うな!」

「隷族とはいえ、我らにも犠牲が出ているのだ。それ以上の血で購って貰わねばならん」

「だから、喰うなら外の者たちを喰え!」


 あーあ、勝手に動く部外者を使って暗殺を試みた感じなのかね。

 好きかってする奴っているよね、わかるよ、たいへんだなあ……。


 それにしても、隷族、か。

 山の民にも支配階級と被支配階級があるってことみたいだが。


 あと、この屋敷の主っぽい怒鳴っている奴、領主かそれに準じる奴っぽいけど。

 昼の女の話じゃ、この一帯の領主は町にいなくて、砦の中に籠もってるんじゃなかったっけ?


 ああそうか、領主から町を委任されている役人が、この屋敷の主ってことか?

 で、そいつは実は山の民と通じていた、と。


 そんな構図の中、おれたちがのこのこと現れてしまったってわけだ。

 あまりにもタイミングが悪すぎる。


「さっさと餓蛇がじゃを町の外へ誘導しろ! 計画が失敗した以上、証拠を残してはならん!」

「思った以上に衛兵の動きが早い。おまえの方で退くよう命令できないのか」

「そんな不審な命令を出せるか! 奴らは何も知らんのだぞ!」

「どうせ町が我々の手に落ちれば、殺すか奴隷にするような奴らだ」

「それまで、誰がわしの身を守ると思っている!」


 あっ、はい、そういう……。

 衛兵たちもかわいそうだが、この怒鳴ってる男も考えが足りなさすぎるだろ。


 町を山の民にくれてやったら、おまえたぶん用済みだよ?

 そこのところ、わかってて動いてる?


 いまの会話から考えて、わかってなさそうなんだよな……。

 まあいいや、とりあえず、知りたいことはだいたいわかった。


 餓蛇がじゃ、って言うのか、あの大蛇。

 こいつらはひとまず放置するとして、大蛇はいまのうちに潰しますかね……。


 というわけで、屋敷を離れて今度こそ大蛇の方へ向かう。

 いた。


 ちょうど、立ち向かう衛兵たちに向かって威嚇するように身をくねらせ、赤い舌をちろりちろりと出して牽制しているところだった。

 これたぶん、依頼主が邪魔をしてなければとっくに衛兵たちが喰われていたよなあ。


 その点だけは、感謝しなきゃいけないだろう。

 おれの道草のせいで無辜の衛兵たちの命が失われるところだったのだから。


 大蛇が衛兵に向かって突進を始めようとする、まさにその一瞬。

 魔物が身体を縮めてバネをつくった隙を突いて、おれは雷撃の魔法を行使する。


 牽制用のものではなく、本気で魔力を込めたものだ。

 準備に少し時間がかかるのが欠点だが、幸いにして今回、相手はこちらに気づいていなかった。


 太い雷撃が、今度こそ大蛇の頭部を射貫いた。

 大蛇の頭が爆ぜて、その巨体が道の脇の家屋をなぎ倒す。


 雷の矢はそのまま上空に消えていった。

 轟音と共に土煙が舞い上がる。



        ◇ ※ ◇



 大蛇を仕留めた後、衛兵に発見されないよう、素早く建物の陰に隠れる。

 指にはめていた指輪のひとつがわずかに震えた。


 以前、光で合図する指輪をつくったが、それの改良系だ。

 都市部の夜では光は目立つからね。


 合図を出してきたのは、もちろんクルンカである。

 で、この合図のパターンは……襲撃アリ、だ。


 急いで宿に戻ると、二階からクルンカの鋭い声が聞こえてきた。


「それ以上、近寄らないでください! 怪我をしますよ!」


 彼女の声の後、下卑た野郎共の嘲笑う声が響く。

 少なくとも三、四人……いや、もっといるだろうか。


 ほっとした。

 ただの空き巣狙いか、あるいは手頃な女を掴まえに来たのか。


 いずれにしても、暗殺者ではない。

 ならば、どうとでもなる。


「お嬢ちゃんは見逃してやってもいいぜ。後ろの女をくれるならなぁ」

「物騒な剣なんて仕舞いな。斬りかかってきたら、容赦できないぜ」


 しかも、相手の実力もわからない奴らか。

 クルンカは、幼くても相応の実力と、そしてしっかり実家でヒトを殺した経験を積んでいる。


 それがタダのガキに見えている時点で、底が知れるというものだ。

 特殊な体質がなければ軍の有望な新人……どころか即幹部候補生クラスだったらしいからね。


 専門の訓練を受けている者の剣の構えもわからないような素人、と自己紹介しているようなものである。

 そんな奴らだから、火事場泥棒まがいのことしかできないんだろうが……。


 ともあれ、ゆっくりと足音を消して階段をあがる。

 クルンカがおれを呼んだのは、万一に備えて、だろう。


 彼女ひとりなら何とでも切り抜けてみせるだろうが、姫さまを守りながらの多対一だからね。

 ああして大声で牽制しているということは、おれという助勢が来るまで持ちこたえれば勝利、と考えているに違いない。


 それは、正しい。

 要人警護は安全第一、リスクをとらないことが肝要だ。


 だからおれ、護衛の仕事が苦手だったんだけどね。

 仲間からも、「落ち着きのないおまえにこの仕事は無理だ」と言われていたくらいである。


 そんなことはどうでもいいんだ。

 とにかく、いまクルンカは正しい判断をしている。


 あとは、おれが為すべきことを為せばいい。

 階段からそっと顔を出して、二階の廊下を確認する。


 高級な宿とはいえ、廊下はそう広くない。

 せいぜい、ふたりが並んで歩けるくらいだ。


 その狭い空間で、五人の男たちがこちらに背を向けていた。

 その向こう側はよく見えないが、クルンカと姫さまがいるのはわかっている。


 部屋の中ではなく、あえて廊下にいるのは、囲まれることを警戒しているからだろう。

 おれたちの部屋の隣はおれたちがダミーで取った部屋だから、背後を取られる心配はない。


 いや、壁を破って襲ってきたりしたら、どうしようもないけど。

 先刻の大蛇がこいつらの味方ではないことは明白だからこその、廊下で相手どるという判断である。


 この位置関係なら、せいぜい二対一。

 クルンカが時間を稼ぐだけなら、難しいことではない。


 さて、そういうわけで……。

 相手が気づいていないうちに、おれは懐から取り出した薬瓶の蓋を開けて、こっそりと魔法を行使する。


 その後、足音を立てて、近づいていく。

 男たちが慌ててこちらを向く。


「てめぇ、いつの間に!?」

「先生!」

「あ、もういいよ、クルンカ。全部終わった」


 向こうの注意が自分から離れた一瞬で身体を光らせて男たちに飛びかかろうとしたクルンカ。

 そんな彼女を、手をあげて制する。


 何故なら、男たちはそのときすでに、全員が床に倒れていたからだ。

 手足をぴくぴくと痙攣させ、口から泡を吹いていた。


「先生、これ、何をしたんですか」

「ちょっとした薬品を、雲状にしてこいつらの肌から吸収させたんだ。気絶するか、死ぬか、まあどちらでもよかったからね」


 背中とか、首筋とか、無防備だったからね。

 そういうときは、これに限るんだよ。


 使い終わった薬品は、ちゃんと薬瓶の中に仕舞って、再度蓋をした。

 雲をつくって動かすだけのこの魔法、いろいろ応用が利いて便利なんだよなあ。


「こっちに気づいてなければ、いくらでもやりようがある。鼻の利く魔物とかには効果がないんだけどな」



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