第41話
訊ねてきたメイド服の中年女性を部屋に入れて、ふたたび結界を張った後、会話をする。
姫さまの親戚、つまり王家の近縁の者がこの東の国の貴族に嫁ぎ、両王家公認で文のやりとりをするようになった。
彼女はその貴族に仕える者であるという。
「最初に申し上げますと、わたしの得た情報はすべて主のもとに上がります。その前提での発言をお願いいたします」
相手はそう言って、頭を下げた。
あくまでもこの国の紐つきというわけだ。
しかし、だからこそ情報を交換する意味がある。
姫さまと目配せを交わしたあと、おれが最初に口を開いた。
「この町が山の民に襲われるというのは、事実だろうか」
「このままですと、三日以内には山の民の軍勢が現れます。町を囲む壁を破壊できるほどおおきな魔物の存在を確認しておりますので、かなりの被害が出るでしょう」
「この地の貴族からの援軍は望めないのですか」
「援軍を差し向けたところですり潰されるのであれば、確実な戦力が集まるまで待つ、というのが王から一帯を預かる領主の決定です」
彼女の主とこの地の領主は違う、ということかな。
まあ、もし同じだったら、おれたちに彼女を送り込むような余裕なんてないか。
ものごしから、彼女がかなりの手練れだとわかる。
クルンカがひとことも口を利かず、ずっと緊張していることから、この子もそれを理解しているのだろう。
姫さまは、おれとクルンカの態度からそのあたりを読みとっていそうだ。
まあ、いまここでおれたちと彼女が戦う意味はないと思うけど……。
「そもそも、山の民とはヒトなのか?」
「ヒト、とはこの場合、何を指すのでしょうか」
「言い直そう。山の民は大賢者さまのご用意された基礎魔法をそのまま使えるのか?」
女は少し考えた後、「はい、おそらく、その多くは」と返事をした。
「おそらく、とか、多くは、とかつけた理由は?」
「以前の山の民は、大賢者さまのご用意された基礎魔法を使えなかったようです。しかしこの数代で混血が進み、山の民の大半は、現在、大賢者さまのご用意された基礎魔法を用いることができるようになった、と聞いております。とはいえ、山の民を率いる一族は他所の血を忌避しており、現在に至るまで独自の魔法のみを用いるとか。魔物を操る魔法も、こういった独自の魔法のひとつであると推察されております」
ある程度は予想していたが、チャッケナのように独自の血を残していた民か。
長いこと文化的な交流もなかったが故に、彼らの情報は広く伝わらず、この東の国でも諜報に長けた者たちだけが彼らの真相をある程度認識している、程度の存在。
それだけなら、まだいいのだ。
問題はそこに、クルカニウム鉱石が関わってきている可能性が高いということである。
クルカニウム鉱石に関わった商人の末路は、この問題にかなり深い闇があることの証明だ。
目の前の人物とその上司は、はたしてそのあたりをどれほど認識しているのだろうか……。
姫さまと、再度、目配せを交わす。
選手交代だ。
姫さまが「では」と口を開いた。
「我が国でクルカニウムと名づけた物質について、ご存じでしょうか。我々は、この国の南に広がる山脈のどこかでこの鉱石が採掘できるのではないかと考えております。我が国に流れてきた鉱石の出どころについてご存じでしたら、情報を提供していただけないでしょうか」
「クルカニウム鉱石について、その回収を熱心に行っている者たちが我が国に存在することは承知しております」
女は、少なくとも表向きは悩みことなく、そう告げた。
思った以上の情報に、ずっと警戒していたクルンカが「え、え!?」と目を白黒させている。
「あなたがたがクルカニウム鉱石とおっしゃったものは、我が国では輝き石と呼ばれております。輝き石の特性については、学院の方が解析するまで、我が国ではまったく承知しておりませんでした。ですが、輝き石を集める者がいる事実は認識しておりました」
「輝き石……」
「魔力を流すと輝く、ただそれだけの珍しい石、という認識だったのです。ですが、その石を血眼になって探し、強引な手段でもって手に入れようとする者たちがいるとなると話は変わってきます。そこに、最近の学院の研究です。我が国としても、これらの一連の事件には繋がりがあると考えております」
「その回収組織と山の民に繋がりがある、と?」
「現場で使用された魔法に、山の民独自の魔法とおぼしき残留魔力が検出されました」
ほぼ確定、なのか。
「山の民の外見は、我々とあまり変わらないのですか」
「ちょっとした化粧でごまかせる程度ですね。無論、よく観察すれば違いもわかるでしょうが、彼らの一部は長く我々と交易をしておりました。ところが、今年に入ってから、その交易ルートがすべて断ち切られたのです。原因は未だ不明ですが、彼らの主が変わった、という噂もあります」
主が変わった、か。
先ほど彼女は、彼らを率いる一族は混血を厭い、独自の魔法を使っていたと話していた。
その一族が何らかの理由で主の地位から転落した?
だが、魔物を操る魔法はその一族の魔法、らしいんだが……。
「もう少し、詳しいお話を聞かせていただけますか」
日が暮れるまで、おれたちは女に話を聞いた。
◇ ※ ◇
山の民について、女から聞いた話は以下の通りである。
ずっと昔に我々と分かたれたヒトの末裔が山の民であり、その源流に近い者たちは独自の魔法を持っているが、大賢者さまのご用意された基礎魔法は使えない。
近年、混血が進み、我々と同じ魔法を使える山の民も増えている。
この独自の魔法の中には、魔物を自在に操る魔法がある。
山の民はこの魔法を用いて山岳地帯での覇権を虎獣人や熊亜人と争っているようだ。
山の民の外見は、我々とあまり変わらない。
少しなまりがあるが、我々と意思疎通が可能な程度には同じ言葉を使う。
山の民は山岳地帯に住むが、昔は秋から冬にかけて平原に降りて、略奪を行なっていた。
近年は略奪を控え、この国と交易するようになった。
しかし今年に入ってからすべての交易が途切れた。
交易に使っていた場所に現れなくなったのだという。
山の民の主が変わったのではないか、と推察されるが、詳しいことは不明。
どうやらクルカニウム鉱石は、山の民にとって重要な存在であり、外に流出したこれを血眼になって回収しようとしているフシがある。
現在、この町に近づいてきている山の民の部隊は、ヒトが二十人ほどで、ほぼ同数の魔物を連れてきており、そのうち大型の魔物が五体ほど確認されている。
特に双牙大象と呼ばれる、二階建ての建物ほどの身の丈がある魔物が二体。
双牙大象は、その長く延びる槍のような二本の牙と巨体をもって、この町の外壁などいとも容易く粉砕するだろう、と予想される。
「先生、先生! 双牙大象って、先生は見たことがありますか?」
「正面から倒すのは、ちょっと難しい相手だ。全身の皮膚がめちゃくちゃ硬くて、ヒトの持つ武器じゃかすり傷ひとつ負わせられない。やるなら遠くから魔法で狙撃するしかないが……こいつ、魔法に対する抵抗力を持っていてなあ。生半可な魔法じゃ意味がない」
「詳しいですね。あなたは戦ったことがあるのですか?」
「まあ、何度か、な。若い頃に出会ったときは、罠にはめて殺したよ。きみの母君が囮になって、踏みつぶされそうになりながら罠まで誘導してくれた」
女が帰ってから、おれたちは情報を洗い直すついでに、そんな話をする。
まあ、いまのおれなら、切り札を切っていいなら、いくらでもやりようはあるんだが……。
大勢の前で手の内を見せるわけにはいかないしなあ。
特殊な魔法の痕跡が残るから、実質的には山の奥とか森の奥でしか使えないようなものだ。
「母の話はたいへんに興味がありますが、いまは我々がここに赴いた目的について、考えましょう」
「クルカニウム鉱石をどうやって安定的に手に入れることができるか、だな」
「違います。クルカニウム鉱石を巡る山の民の不可解な行動の理由を解き明かし、我が国への介入を断ち、ひいては我が国の安全を確保することです」
「同じじゃないか」
「同じではありません」
いや、だって、クルカニウム鉱石を安全に確保するためには、山の民関連の問題を片づける必要があるわけだろ?
目的達成のためにとるべき手段はいっしょだよ。
「研究では原因と結果を厳密に区別するというのに、どうしてそれ以外ではこうなのでしょうね……」
姫さまが、額に手を当てて呻く。
はっはっは、何でだろうな!
クルンカが議論するおれと姫さまを見て、呆れ顔になっている。
「何か言いたいことがあるなら、遠慮なく言いたまえ、クルンカくん」
「ええと、あはは……先生、この町の人たちを助けるわけには……いかないんですか?」
「疎開を手伝うことはできるだろう。だが、大半の住人は、女子どもを逃がした後、残って戦うつもりらしい。そんな状況で、おれたちにできることはないよ」
「わかりました。ごめんなさい、わがままを言いました」
クルンカはあっさり引き下がった。
ちらり、と姫さまの方を見ている。
ああ、うん、そうなんだよね。
迂闊に動いて姫さまを危険に晒すわけにはいかないというのは、名目上、姫さまの護衛としてこの場にいるクルンカにとっても至上命題なのだ。
その姫さまが、真っ先に危険地帯に突入するタイプなんだけど……。
今回の姫さまは、真顔で「無論、この町からは撤退いたします。無用な危険は冒せません」と断言した。
「何ですか、その顔は。わたくしが、普段から無茶と無謀を信条として動いているとでも?」
「そもそも護衛がクルンカひとりで他国に来ている時点で、だいぶ無茶かつ無謀では?」
「あなたもいるではありませんか。わたくしがいれば、あなたはさほど無茶はしない。自重という言葉を覚えてくださる。そうでしょう?」
だから、そうして自分自身を重しにしてるところが普通じゃないんだってば。
だいたいおれがいつ、無茶をしたというのだね、きみぃ。
「先生は無茶のつもりがないだけですよね! だいじょうぶです、わたしは先生を信じてますから!」
「無垢な信頼のフリをした攻撃はそこまでにするんだ、我が弟子よ」
まあ、ともあれ、意見がまとまっているなら話は早い。
明日の朝にでもこの町を出ていこう、ということになった。
「男女にわけて、ふたつ部屋を取ってあるが、念のため、姫さまとクルンカもこの部屋で寝てくれ。隣の部屋は少し細工をしておく」
「泥棒をそこまで警戒するのですか?」
「バタバタしている町ってのは、何かと厄介なヤツらが入り込みやすいんだ」
ふたりの少女にベッドを明け渡し、おれはソファで寝袋にくるまって眠ることにする。
姫さまが「これだけ広いベッドなら三人で寝られますよ」と冗談まじりに誘ってきたが……。
「ソファの方が扉が近いし、迎撃も楽なんだよ」
「どうやら、本気で警戒しているご様子ですね」
「わりとガチで、今夜はヤバい。クルンカ、どう思う?」
「わたしも、来るなら今日かなって」
姫さまはおれたちの危機感を共有してくれたのか、「頼みます」と言って素直にベッドに入ってくれた。
そして。
深夜、おれたちは襲撃を受けた。
謎の武装集団と魔物に。
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