桜吹雪に消えゆく面影

歌川ピロシキ

望まぬ帰郷

「きゃぁ、すごい桜吹雪」


 四年ぶりの故郷の風は私の顔に大量の花弁を叩きつけてきた。まるで私を拒むように。

 無人駅の改札をくぐってすぐ、川沿いの土手にそびえる桜の古木。昔はこの花の乱舞がなぜか怖かった。

 大学に通ううち、すっかり恐怖心が消えたと思っていたのに、こうして帰郷すると身体の震えが止まらない。


「もしかして桜吹雪じゃなくて、怖いのはこの町の桜?」


 軽く首を振って有り得ない思いつきを振り払うと、二度と帰りたくなかった実家へと足を向けた。


 ぱたぱた……


 軽い足音が聞こえた気がして振り返る。


「男の子?」


 小さな影が巨木の影に吸い込まれて消えたが、別段変わった様子はない。

 今は春休み。この時間に小学生が一人で走り回っていても、何の不思議もないはずなのに、なぜこんなに気になるのだろう?


「まぁ、気にしてもしょうがないか」


 私は軽くため息をつくと 実家へと重い足を引きずって歩き始めた。

 一面に田んぼや畑が広がる中、ぽつりぽつりと民家が点在する。 耳をすませば 小鳥の声。さらさら流れる川の音。

 そんなのどかな田園風景の中、 重いトランクを引きずりながら長い坂道を上る。


「やあ、美香ちゃんじゃないか」


 唐突に名を呼ばれて振り返ると、上品な初老の紳士が微笑んでいた。

 すらりとした長身だが、よく見ると筋肉質で、何か武道でもたしなんでいそうな雰囲気だ。


「えっと……」


「久しぶりだから忘れちゃった? 中本です、亡くなったお兄さんのクラス担任だった」


 言われてみれば、神経質そうな目元に見覚えがあるような、ないような。


「ご無沙汰してます」


「本当に久しぶり。非常勤講師になるんだって?」


 愛想笑いでごまかすと、貼りついたような笑顔で訊ねられた。弓なりに細められた目には好奇の光。


 だから田舎は嫌なのよ。


 そんな内心の声はおくびにも出さない。


「はい。従姉が出産するので、その代理で」


「新任講師の指導を頼まれて驚いたよ。君は東京で就職するとばかり思ってたから」


 ……まるで帰ってきたのが悪いみたい。


 そんな言葉は飲み込んで、曖昧な笑みでごまかした。

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