第41話

 封滅院の襲撃があった翌日の夜遅くに、部屋の中に転送陣が浮かび上がる。ペフトムスク先生の御帰還だ。

「こんなにも早く襲撃があったとは驚きましたよ、シオン」

 口調は普段通りだし、顔はいつも通りペストマスクで覆っているのでよくわからないのだが、どうやら先生もさすがに驚いているようだ。



「おかえりなさい、先生。詳細は【双子の紙】でお伝えした通りです」

 襲撃のあった夜に先生には連絡をしていたのだが、付け加えることがひとつあった。

「あと、テンマが味方になってくれるそうです」



 ペフトムスク先生が、部屋の片隅で居心地悪そうにしている転移術師の少女に向き直る。

 テンマはフィルにじゃれつかれながら、ビクビクオドオドしていた。

「や……ども、また来てしもて堪忍な……」

 ペストマスクのレンズが、テンマを無表情に見つめている。



 それから先生は小さく溜息をついた。

「なるほど、心境の変化があったようですね。おおかた、キュムとのことで何かあったんでしょう?」

「わ、わかるんか!? せやねん、あいつ急にいなくなってしもたんや! あんなに責任感の強いヤツが!」



「君を咎める気はありませんが、キュムは僕たちにとっては敵です。それはわかっていますね?」

 厳しい声でたしなめられ、しゅんとしてしまうテンマ。

「それは……まあ、そうなんやけど……」



 テンマとは敵対していたが、まだ十代の少女だ。少し気の毒になり、俺は助けようと口を開かけた。

 するとペフトムスク先生が一転して口調を和らげる。



「それはそれとして、僕はなるべく多くの人の命を救いたいと考えています。たとえそれが敵だったとしても、ですよ」

 ペフトムスク先生はペストマスクを外し、素顔を晒す。相変わらず恐ろしいぐらいに整っている。テンマが目を丸くした。



「うわ……ごっつベッピンさんや……」

「すみません、体が弱くて普段はこの仮面を外せないのです。ですが素顔を見せておくのは礼儀ですからね」

 うーん、礼儀というよりも懐柔みたいになっちゃってるぞ。



 テンマは先生と俺の顔を交互に見比べ、変なことを言い出す。

「なんやここ、イケメンの修行場か何かなん?」

「先生に失礼だぞ」

 俺がたしなめると、テンマは素早く謝った。



「せやな。今のは堪忍な。せやけど……」

 せやけどじゃないんだよ。この超絶美形師匠と比較される俺の身にもなってみろっていうんだ。先生の場合、恐ろしげなペストマスクとのギャップもあって「マスクを外せば女性がみんなときめく」という、よくないコンボが確立されてしまっている。



 俺は溜息をつきつつ、先生に言った。

「テンマは封滅院に雇われただけで、元々はツクヨの宮廷に出仕していた魔術師だそうです。ミト先輩によると名家の令嬢だとか」

「いやあ、そない大層なもんとちゃうで。官職にはありつけるけど、貴族の序列の中じゃぺーぺーもええとこや」



 へらへら笑いながら手を振っているテンマだが、ちょっと嬉しそうだ。メンタル強いな、こいつ。ミト先輩といい勝負だ。

 そのミト先輩がテンマの尻をパシンとはたきながら、にっこり笑う。



「この子の手綱は私が握っておくわ。この子の一門は政治的に厳しい状況に置かれているから、本家筋の娘が異国の変な組織に雇われているなんて知られたら……」

「あっ、あの……実家に連絡するのだけはほんまに堪忍……」

 テンマが急にガタガタ震え始めた。なるほど、そういうタイプか。



 ペフトムスク先生は彼女の様子をじっと見つめていたが、やがて微笑んだ。

「僕には君が悪い人には見えません。できるかぎり、君のお手伝いをしたいと思います」

「ほんまか!? おおきに!」

 またパッと表情が変わった。現金だなあ。見てて飽きない。



 するとチモさんがコホンと咳払いをした。

「あー……えーと、では話がまとまったところで、テンマ殿の要求通りにキュムを探すことになるのでござろうかな?」

「ん? ああ、そういうことになるかな。ですよね、先生?」



 俺が先生に向き直ると、先生はペストマスクを被り直しながらうなずいた。

「そうですね。彼女がなぜ行方不明になったのかは、ミト君がすぐに調べてくれるでしょう。儀式の準備を始めてください」

「わかりました。先生がそうおっしゃるのなら」



 わざとらしく溜息をついてみせて、ミト先輩がテンマにウィンクする。

「こんな異郷でセンガンイン家の助力を得られるなんて、幸運もいいところよ。せいぜい感謝しなさい」

「恩着せがましいやっちゃな……けど、おおきに」

 よしよし。



 ミト先輩はキュムを探知するための準備に入ったので、俺は先生に質問する。

「それで、封滅院とかいう連中については……」

 すると先生は声を潜めて僕にささやいた。



「ここでは少し話しづらいので、場所を移しましょう。チモ君はフィルの面倒を見ていてください。後で改めて説明します」

「……承知いたした」

 先生の様子から何かを察したのだろう、チモさんは真剣な表情でコクリとうなずいた。そしてフィルの方に向き直る。



「フィル殿が魔術師になるなら、まずは座学でござるよ」

「ざがく?」

「本を読んでお勉強するのでござる」

「え〜!?」



 いきなり渋っているフィルに、チモさんが優しく声をかける。

「いきなり実践すると魔力が暴走して危険でござるからな。拙者がわかりやすく簡単に説明するでござるよ」

「みじかめでおねがいします!」

「承知いたした」

 チモさんの話は短くしても長いんだよな。頑張れフィル。



 先生は俺を見て、下に降りる階段を指し示した。

「外はもう日が高いですから、地底湖の方でゆっくり話をしましょう」

「わかりました」

 何を聞かされるんだろうな、俺は……。

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