第26話 最低

 騒々しい食事の時間も終わり、片付けも終盤に差し掛かってきた頃に真琴が言い出した。


「2人の部屋が見たい。見に行っていい?」

「私はもう見たけどねー。エッチな漫画とか本はなかったよ。パソコンの中までは見てないからそこかなー」


 いつの間にか裕美が侵入していたがPCは机に置いておかなくて良かった。検索履歴を見られるのは心臓に良くない。

「へー私も探したい。パソコンも見せてよ」

 パソコンやスマホを見たがる女はヤバい気がするのは彼だけだろうか。見てもいいことないのに見たがる人の神経が理解できない。


「無理。見せるようなもんじゃない!」

「あるんだ…見に行こ。しずくちゃん案内してよ!」

 真琴としずくが2階に向かう後を『私もー』と言って裕美がついて行った。片付けに飽きただけじゃないだろうか。


 キッチンではのぞみちゃんがお皿の水滴を拭きとっていた。奇麗なだけの女性ではなくかなりきちんとしている性格みたいだ。

「片付け手伝おうか?」

 流石に1人残して全員でワイワイと騒ぐのは気が引けるので声を掛けた。


「そうね。洗い物は終わったから片付けられる食器は直してほしいかな。私、場所把握してないし。後、ゴミはこのままでいいの?」

「オーケー。ゴミはそのままでいいよ。手際いいね。家でも家事してるの?」

「両親働いてるからね。弟たちの面倒は私の仕事」


「偉いな。俺らも渋々掃除はしてるけど食事や洗濯は各家庭でしてもらってるから」

「別に。普通のことだと思うけど。それに将来的には役に立つわよ」

 それはその通りだと思うが、しっかりしすぎだろう。実際にそうなんだろうけど完全にお姉ちゃんポジションだ。


 食器を片付けてる間にも彼女はシンクを乾拭きし、テーブルを拭いている。

「コーヒーでも入れようか?」

「へー。気が利くじゃん。片付けも終わったしちょっと休憩ね」

 そう言いながら、両手を上げて軽く伸びをする彼女は蛍光灯の光に照らされ一層美しく見えたと思う。


 大人びた女性というのは家庭環境が作っていくのだろう。彼や裕美の様に親がある程度何でもしてくれるとどうしても子供というポジションで生活を続けるので自分が中心の行動になる。

 のぞみちゃんの場合は否応なく弟たちの面倒を見るために立ち位置が姉や親に近いものになる。この時点で行動が自分から保護するべき者たち優先に変わっていくので彼から見れば大人に見えるのだろう。


「砂糖とミルクはご自由に」

 といって彼はダイニングテーブルにコーヒーを2セット用意した。どうせ2階にいる3人はまだ降りてこないだろう。『ありがと』と言ってのぞみちゃんが正面に座る。湯気の立つコーヒーを右手で混ぜながら左手は首に付けられたチョーカーの三日月をあしらった飾り部分を触っていた。


「どうこれ。似合う?」

 彼女は4人の中では最も背が高くスタイルが良いと言える。少し肉付きの良い真琴や背の低い裕美としずくに比べれば段違いの女性らしさがある。

「基本的に何つけても似合うだろ。美人でスタイルもいいんだから」

「20点…最低の褒め方よ。女慣れしてるかと思う時もあるけど、基本的にはダメなコミュ障よね」


 カップを両手に持ち目線をそらす彼女は怒っているようでもあり、喜んでいるようでもある複雑な表情だった。

「ごめん…とても魅力的に見える」

「ありがと…それで、どうするつもりなの?」

「何が?この後のこと?」

「違うでしょ。こんな良くわからない関係を続けるつもりなの?皆に嫌われないように適当に気持ちをごまかして…ずるくない?」


「逆だと思うけど。ごまかしてない…素直に気持ちに従ったからこうなってる…」

 周りから見れば中途半端でズルいのかもしれないがそんなつもりは無かった。流されているだけとも言えなくはない。

「良くないなー…好きな人にはちゃんと伝えず、好きだと言ってくれる子には曖昧にして。最終的にみんな傷つくんじゃない?」


「付き合うとか付き合わないとかどういうタイミングで判断するんだよ。好きじゃなかったらシャットダウンするのが正しいのか?」

「そうよ。そうすべきなのよ。その場で相手が傷ついたとしても…希望を持たせといて……膨らませて、後でごめんなさいとか自己満足の極みじゃない」


「わからないから友人から始めるのがおかしいとは思わないけど…その場でそう思った通りに行動しただけだ。見解の相違ってやつじぇね?」

「他人に対して嘘を付きたくないのはいいけど…自分は騙しなさいよ。迷っても決めることが出来ない人は優しくないよ。ただの優柔不断。良くない」


 言ってることは良くわからないが多少ムカついているのは伝わってくる。優柔不断はその通りだが多くのラノベ主人公もそうだろう。これは世間では許される範囲という認識だが彼女は違うみたいだ。表情は優しく寂しげだが棘のある言葉で責めてくる。


「そうかもしれないけど、これで精一杯。選択して人を傷つけるよりは、今のままの方が楽しいし。それに告白はした。振られたけどな」

「最低…。自分が可愛いだけじゃない。人のこと考えてるふりして自分のことしか考えてない。人に言わされた告白で選択したつもり?」


 これは一生勝てないなと思う。勝ち負けではないかもしれないが彼は意志が強い相手が苦手だった。自身に確立された自信がなかった。相手を納得させる言葉も振る舞いも出来ていたことはないからだ。だからせめて素直でいようとは思う。


「悪かった。じゃあどうすればいい?」

「ほんっと…最低…自分じゃ何も決めないんだ……そんなことなら…」


 静かにコーヒーを飲む姿は優雅だが逆鱗に触れるということわざを思い出す。彼女はもちろん同級生だが人として格上の気がするから間違いではない。ヤバいと思っていると真琴が2階から静かに思いつめたような表情で降りてきた。


「ねぇ、たかちゃん。しずくちゃんとセックスしたって本当?」

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