リリアーナ(9)
三日待ってもドラゴンが襲来するどころか、その兆候すらなかった。
ねぐらから飛んでくるにしてもこれだけ時間があれば到着するだろう。
王族に代わって指揮を取っているウィズは、念のためもう一晩の警戒を決定しつつも「ドラゴンは来ない」とおおむね結論づけた。
「契約を破棄しきれなかったおかげかしら。タイムリミットが一年伸びたわね」
「単に失敗しただけっていう気もしますけど……」
主要メンバーだけの会議の場にて、俺がぼやけば、
「あら。あながち失敗でもないでしょう? 少なくともリリアーナの刻印は発動しているわけだし」
「それですよね。結局、リリアーナはわたしの状態をコピーしたんでしょうか?」
「そうね……両方、というところかしら」
あれから試してみたところ、リリアーナは明らかに以前より身体能力が向上した。
特に筋力に関しては大の男が両手持ちする大剣を片手でかるがる持ち上げられるくらいだ。
まあ、手のサイズ的に、特注品でないと振るのは厳しそうだったが。
「わたくしとしては不埒者をぶっ飛ばすのに便利そうですので嬉しいのですけれど」
「リリアーナ様にこのような言葉遣いを教えたのは……フレア様とエマ様ですね?」
「この子といちばん一緒にいるのはステラだと思うんだけど!?」
「わたしはもう少し言葉を選んでます!」
とまあ、それはともかく。
「両方、というのは……どういう状態なのでしょうか、ウィズ様?」
リーシャの問いにウィズは「そうね」と頷いて、
「ステラが『秘蹟』で竜の属性まで満たしたから。……あるいは、リリアーナの『秘蹟』自体に竜化の進行が含まれているから、かしら」
「では、このままですとわたくしはドラゴンになってしまうのでしょうか?」
「おそらく、それはないわね。エマ、どうしてかわかる?」
「中途半端に契りが履行されたから?」
「正解。……あるいは、半精霊と化したことで竜化に抑止がかかった可能性もあるわ」
竜化が生身を竜に変えることだとすると、精霊は生身じゃないので影響を与えられない。
半分精霊になったリリアーナは半分しか竜になれない、かもしれない、という話。
というか俺も同じ状態なんだが。
「わたしたち、そうすると結局何分の一が人間で何分の一がドラゴンなんでしょう?」
「知らないわよ。前代未聞でわからないことだらけだもの」
まあ、そりゃそうか。
『それにしてもステラちゃんもほんとわけわからない子ねー。精霊でありドラゴンでもある存在なんて初めてかもよ?』
「では、わたくしとステラお姉さまが成し遂げた偉業ですね?」
リリアーナがいいならそれで構わないけれども。
◇ ◇ ◇
戻って報告すると国王はさすがに頭を抱えたものの、最終的には「好都合」と開き直った。
「ドラゴン討伐を半年延期とする。……リリアーナよ、その間は好きなように過ごすと良い」
これを受けた王女の選択は、
「では、わたくしはステラお姉さまと冒険者になります」
趣味で冒険者をする王女様の誕生である。
実のところ、ここで『冒険者の街』に拠点を移すのはわりと良い話なのだ。
俺たちとしてもそろそろ戻っておきたいところだし、なにより、
「いいじゃない。リリアーナを花嫁に決めたドラゴンは『冒険者の街』の北に住む焔竜──ヴォルケイノだもの」
◇ ◇ ◇
『あいつねー。私と名前が被ってるのが気に食わないのよね、正直』
「ママが適当な名前名乗ってるのがいけないんじゃないの?」
「どっちも同じ古代語が由来だろうし」
『そういう「そもそも」とかはどうでもいいの! あのバルログよりは鬱陶しくないけど、あいつも私の炎がほとんど効かないし、とにかく鬱陶しいの!』
まあ要するに、半年後、王都から来る人員と合流して山越えし、こちらからヴォルケイノを叩きに行けばいい。
これなら周りの被害とか気にしなくていいし、ある意味ラッキーだ。
「では、馬車の手配や物資の積み込みが終わり次第、『冒険者の街』へ出発いたしましょう」
なにしろ王女が移動するので運ぶ物も相応に多くなる。
「どれくらいかかるのよそれ。一ヶ月とか?」
「さすがにそれほど長くはなりません。念のため準備は進めておりましたので、一週間もあれば十分かと」
「それくらいならちょうどいい。最後に王都での生活を満喫しておく」
侍女の選定のほうも「絶対についていきます」と気合いの入っているプラムを含め、既にだいたいリストが出来上がっているらしい。
「と、申しますか、ステラ様付きの侍女も必要ですので──離宮務めの侍女のうち三分の一程度は移動することになるかと」
……多くね?
「っていうかわたし付きって……これから離宮を離れるのにですか!?」
「リリアーナ様の配偶者になられた方がなにを仰いますか」
「あの、リリアーナ様。『冒険者の街』に戻る過程で一度、我が伯爵家に立ち寄りたいと思うのですが……よろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん。リーシャと結婚するはずだったステラお姉さまとわたくしが結婚してしまったのですもの、一度直接謝らければ」
「いえ、おそらく父は気にしてないと思いますが……」
王家の入婿(仮)になった俺がリーシャを第二夫人に娶れば伯爵家は王家と遠縁ということになるからな……。
「向こうに行ったらびしばし鍛えるわよ。覚悟しておきなさい、リリアーナ」
「半精霊になったあなたの師匠役は確かにフレアが適任」
「はい、ご指導お願いいたします、みなさま!」
というわけで、俺たちは一週間ほどの休養ということに。
ここに住んでいたリリアーナと違ってこっちで買ったものやもらったものを積み込んでもらうだけなのでほとんど暇である。
と言っても、リリアーナ自身も「これはいる、あれはいらない」と指示を出すだけで本人はそんなに忙しいわけではなく。
「……あの、ステラお姉さま? 向こうではゆっくりできませんでしたので、その、本日がわたくしとお姉さまの初夜、ということになると思うのですが……」
「っ」
夕食の後、王女の私室に呼ばれた俺はその宣言にどきどきするのを抑えられず。
いや、うん。予想はしていたし、きちんと準備もしてきたけれど、さすがに緊張するというか──。
「お姉さま、この場にリーシャも呼んでもいいでしょうか?」
「え」
「というか、申し訳ありません。もう呼んでしまいました」
「ええええ!?」
程なく、申し訳なさそうにやってきたリーシャも、その、準備万端整えていた。
なんだこの状況!?
「ほら、その、わたくしがお姉さまの初めてをただ奪ってしまうのはあまりにも配慮に欠けているでしょう? 失礼とは思いつつもリーシャに相談してみましたら、その、こういうことになりまして」
「り、リーシャさん?」
「わ、わたくし自身の初夜は前にお伝えした通り、すべて終わってからで構いません。けれど……その、ステラさんの初めてを見届けられたら幸せだな、と」
その発想はもうママも通り越してる気がするんだが。
「フレアの『秘蹟』を得たステラさんがリリアーナ様と結ばれれば、リリアーナ様に大きな加護が与えられます。それはきっとドラゴン戦でも大きな力となるでしょう」
「他の夫人と仲良くするのも高貴な女としての義務です。……安心してくださいませ、ステラお姉さま。わたくしはリーシャと喧嘩するつもりはありません」
いや、その、むしろ仲良すぎな気もするんだが。
「そもそもお姉さまも女性なのですから喧嘩をする意味がないと思います」
「ステラさん、邪魔はしませんのでわたくしが傍についていることをお許しくださいませ」
「は、はい」
三人でする、って、まあ、似たような経験はなくもないけど。
その夜の経験は以前のそれとはまた違っていて。
リーシャに優しく膝枕をされたまま、とうとう一線を越えてしまった俺は、守るものが多くなったことを強く実感した。
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