リーシャ(2)
「さあ、ステラさん。今日はお出かけですよ」
白ワンピースを纏った俺はリーシャに連れ出されて街に出た。
何度も着ていればスカートの捌き方にも少しは慣れてくる。
翻して面倒なことにならないためには一つ一つの動作を小さくするのがコツだ。歩く時も歩幅を小さめに心がける。
上半身の動作も控えめに。そうしないと服が乱れて汚く見える。面倒だが、だからといってフレアのような格好も困る。
「リーシャさん、今日はどこに行くんですか? やっぱり神殿でしょうか?」
「もちろんお祈りも大事ですが、今日は違います。途中で買い物をして行きますよ」
何を買うのかと思ったら安い果物や小麦粉、塩、香辛料などだった。
よくわからないが半分持たせてもらう。量が多いのでなかなか重い。
「ありがとうございます。ステラさんが手伝ってくださるのでいつもより多く買えました」
「随分買いましたよね。まさか一人で食べる……とか?」
「ふふっ、まさか。これは人に渡すためのものですよ」
連れて行かれた先にあったのは、白い外観をしたとある施設。
神殿に少し似ているが、それよりも規模が小さく、より生活感がある。
「……孤児院?」
「はい。わたくしはこの孤児院に毎月通っておりまして」
門を入ったところで「こんにちは」と声をかけるとすぐに建物から子供たちが飛び出してきた。
「あ、お姉ちゃんだ!」
「リーシャ姉ちゃん、また食い物持ってきてくれたのか!?」
「あたしお手伝いするー」
下は三歳程度から上は十三歳程度まで。男女ばらばらで、人数は二十を超えている。
子供たちは俺たちの持っていた食料をあっという間に強奪、もとい回収して中へ運んでいった。責任者らしい中年女性が「いつもありがとう」とリーシャに笑顔で礼を言う。
「ところで、そちらの方は?」
「わたくしたちのパーティに新しく加入した子です」
「初めまして、ステラです」
ぺこりと挨拶をすれば、戻ってきた子供たちが聞きつけて、
「じゃあ、ステラお姉ちゃんだ!」
「お、お姉ちゃん?」
小さな子供から敬われたのも久しぶりだ。
困惑しているとリーシャはくすりと笑って、
「思った通り。ステラさんもさっそく気に入られたようですね」
「ステラお姉ちゃんはリーシャお姉ちゃんの妹なのー?」
「ええ、そうですよ。この子はわたくしの妹なんです」
「ちょっ!?」
適当なことを。まあ子供相手だし、それを言ったらこの子供たちだってリーシャの実妹ではないのだろうが。
まあいいか、と思ったところで俺は女の子二人から手を取られて、
「じゃあ、ステラお姉ちゃんも一緒に遊ぼう?」
「えっと、あの、リーシャさん?」
「もちろんです。ステラさん、今日はみんなと遊ぶために来たんですよ」
そういうことか。
フレアやエマに比べるとリーシャはあまり自分のことに金を使わない。……装備は三人で一番高いが、酒も食事も常識的な範囲。聖衣を浄化魔法で着回しているため物持ちもいい。
余った金は神殿への寄付や孤児院の支援に充てているのだろう。
今度はどんな変態行為が飛び出すのか……と警戒していた俺としては少し申し訳ない気分だ。
「わかりました。そういうことなら、今日は思いっきり遊びましょう」
「やったあ!」
子どもたちは大喜びである。
そこから俺は女の子の花摘み(文字通りの意味)や地面を使ったお絵描き、歌に付き合ったり、男子の追いかけっこやちゃんばらに交じってあれこれ動き回ったりした。
こういうのも童心に返ったようで意外と楽しい。
ただし、子供の運動量を甘く見ていた。複数人に振り回されたのもあってあっという間にへとへとである。
幸い、その頃にはお昼時になっていて、
「みんな、ご飯にしましょう。お二人も是非」
「はーい!」
「ありがとうございます。さあ、ステラさん。参りましょう」
「はい。助かりました。さすがに休憩したいところだったので……」
「ふふっ。わたくしもお手伝いしていただいてとても助かりました」
リーシャはリーシャで卒なく相手をしていたように見えたが、彼女もたくさんの子供の相手は疲れるのだろう。
それでも続けているのだから、
「リーシャさんはこの子たちが好きなんですね」
孤児院の運営というのはたいていどこも厳しい。
庶民の生活は目先の食を確保するのでせいいっぱい。親のいない子供をまとめて育てられるのは余裕のある者だけだが、それにしたってお金が無限に湧いて出るわけじゃない。
その点、この孤児院は簡単だけれど量はたっぷり、みんなが不自由しないだけの食事が確保されている。
服も繕って長持ちさせてはいるものの、きちんと洗濯されている。においも籠もっておらず、水浴びや掃除も定期的に行われているのがわかる。
下手したら子供の頃の俺よりいい環境かもしれない。
パンとスープに懐かしい味を感じながら言うと、リーシャは照れたように笑って
「そうですね。慈善事業……なんて言うと偉そうですけれど、わたくしはこの子たちの笑顔が見たくて通っているんです」
なんだこいつ、聖女か?
よくフレアとエマに付き合って冒険者なんてやっている。いや、こういう性格だからこそ、なのか?
と。俺の服の袖を女の子の一人がくいくいと引っ張って、
「ね、ステラお姉ちゃんはどうしてリーシャお姉ちゃんのことお姉ちゃんって呼ばないの?」
「ふえ?」
そりゃ本当の姉じゃないからだが?
子供にそれを言って通じるかは怪しいし、突き放したようで傷つけてしまうかもしれない。
確かに、この子たちから俺も「お姉ちゃん」と呼ばれている以上、俺もリーシャをお姉ちゃんと呼ぶべき、というのは理にかなっているような。
い、いやしかし。
「ほ、ほら、リーシャさんも困ってしまうかもしれませんし──」
「わたくしは構いませんよ?」
「ええ……!?」
出会ってからまだ一週間も経ってないのに!?
「ステラさんの人となりはわかりましたし、わたくしにとっても可愛い後輩、いえ、妹のような存在です」
若干恥ずかしそうにちらちらと見つめられて「ですから」となにかを催促される。
なんだこれ。
何故、俺は女子になった挙げ句、年下の女子から「お姉ちゃん」呼びを求められているんだ。さすがに恥ずかしいんだが?
なんとか逃げられないかと思っていると、リーシャは瞳を軽く潤ませて「だめですか?」と。
「お姉ちゃん、って、呼んでくれませんか……?」
なんでそこで全力で可愛くなるんだよ!?
もともとフレアやエマに比べるとリーシャへの恨みは小さい。別れの際に冷たくされたのと、大人の対応で距離を取られていたのが胸に刺さっている程度。
まあ、はっきり邪険にされなかった分のもやもやというか、本当は嫌われているんじゃないか、みたいな気持ちはあった。
俺は孤児院に誘われたことはなかったし。
……思い返していたら若干イラッとしてきたが、この可愛らしさはそんな恨みを吹き飛ばすほどで。
なんで俺がこんなことに、と、思いつつ頬を染めながら、
「り、リーシャお姉ちゃん……?」
「っ。はいっ、わたくしがお姉ちゃんですっ!」
めちゃくちゃ嬉しそうな顔をされた。
いやその顔、男の前でしたら駄目な奴だからな?
ほら、男子の大半以上が「やっべ、リーシャ姉ちゃん可愛すぎる」って目で見てるし。これ子供たちから惚れられまくってるだろ。
女子は女子で「やっぱりお姉ちゃんだったんだ!」って大喜びしてるし。
「ステラさん。これからもお姉ちゃんって呼んでくれていいんですよ?」
「いえ、あの、せめて孤児院に遊びに来た時だけで……」
「あっ。じゃあ、またわたくしと一緒に遊びに来てくださるのですね?」
「あ」
しまった。なし崩し的にそういうことになってしまった。
まあ、別にここに来るのは嫌じゃない。
むしろフレアたちへの借金を返して余裕ができたら自分の金でなにか買ってやりたいとさえ思う。慕ってくれる限りは子供の相手もなかなかいいものだ。
……それにしても。
「ふふっ。ここに来ればステラさんから『お姉ちゃん』って呼んでもらえるんですね……? これはフレアたちに自慢できそうです」
リーシャもやっぱり若干変だな?
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