ステラ(2)
『筋力14 体力14 敏捷14 反射14 器用14
知力14 魔力14 理力14 神聖14 精神14
幸運14』
受付嬢の言う通りのオール14。
「平均値……」
呆然と呟く。『三乙女』たちは登録時点で得意分野は18以上が当たり前、20以上もあったと聞く。それに比べるとなんと平凡なことか。
まあ、前の俺よりは格段にいいんだが。
そう考えると前の俺って、と、落ち込んでいると、
「素晴らしい素質をお持ちです!」
「え」
満面の笑顔。
「十分な魔力があるうえに理力、神聖、精神が14だなんて! これはあらゆる種類の魔法に適性があるということです。しかも武器を持っても戦えるだなんて!」
「もしかして俺……じゃない、わたしってすごいんですか?」
「もちろん! 魔法の才能は一つに優れると他の才能に恵まれないことが多いですから」
そう言われると、あいつらもそんな感じだった気がする。
「じゃあ、わたしはどんな職業に向いていますか?」
「そうですね。どの役割でもそつなくこなせると思いますが……ここはやはり、勇者でしょうか」
「勇者?」
「勇者だと?」
「実在したのか……」
勇者。
『英雄』と似たような意味──善の偉業を成し遂げた者を指す場合も多いが、冒険者の職業としては万能職を指す。
盗賊や狩人が「器用貧乏」なのに対して勇者は「なんでもできる奴」。
当然、自称するのにも他称されるのにもハードルが高い。
それが、
「勇者。……俺が、勇者?」
「はい。ステラさんでしたら十分に目指す資格があるかと」
胸の鼓動が早くなる。
勇者。そんなのまるで、子供の頃に憧れた物語の登場人物だ。
大したことないと思った平均値の能力。それは裏返せば「欠点がない」ということだった。
ぐっと拳を握る。
俺のそんな様子を知ってか知らずか、受付嬢はにこにこと、
「これで登録は完了です。それと、パーティメンバーをお探しになりますか?」
「あ。……はい。どこかいいパーティはありますか? わたし、この通り記憶喪失の新人なんですが」
「そうですね……。得意なことなどはおありでしょうか?」
「簡単な料理と薬草・毒草の見分け方、小型動物の解体、読み書きと計算……くらいでしょうか」
記憶喪失と言った手前「簡単な魔法も使えます」とは言わないでおく。
そのせいか「冒険者よりお嫁さんのほうが向いているんじゃないか……?」とか聞こえたが無視する。そんな洒落た技能じゃない。ただの雑用だ。
受付嬢は「ふむ」と顎に指を当てて考えてから、再び笑顔。
「『
なんと。
◇ ◇ ◇
「『三乙女』はこの街有数のパーティなんですが、半年ほど前から少し調子を落としていまして」
ざまぁ。
時期的に俺が抜けたせいなんじゃないのか。あんなこと言っておいて雑用が足りてないんじゃないか。今すぐ俺にごめんなさいしろ。
……と、心の中で叫びつつ。
「わたしなんかでそんなすごい方たちの迷惑にならないでしょうか?」
「なに、この子? 仲間を探してるの?」
「わひゃあ!?」
いきなり背後から懐かしい声がした。
振り返ると、そこには紅の髪、紅の瞳を持った美少女。
ルビーの嵌め込まれた剣は彼女のトレードマーク。
黒のハイレグレオタードにミニスカートを合わせ、上着も肩出し。その軽装で動き回るのも手伝ってファンの多い、『三乙女』のリーダー。
炎の精霊魔法のスペシャリストでもある彼女は、
「ふ、フレア……さん?」
「あれ、あたしのこと知ってるの? まあ、有名人だもんね」
ちょっとは謙遜しやがれこの野郎。
ふふん、と、小ぶりの胸を張ってみせる姿も似合っているから腹が立つ。若干きつめの顔つきなのが好みの分かれるところではあるものの、可愛いとそういう仕草も様になってしまうもの。
笑顔を浮かべたフレアはそのまま俺を抱き寄せて──。
「受付さん? 『三乙女』って聞こえたけど、この子、あたしたちがもらっていいわけ?」
髪! 髪が当たってる! っていうかもうちょっとで胸も当たる!
なんかいい匂いがするんだが、一年一緒にいた俺でもこんな距離そうそうなかったぞ!?
「え、ええ。ご本人の合意さえあれば」
「そっか。ね、あなた名前は?」
「す、ステラです。記憶喪失なので仮の名前ですけど」
動揺で頭が回らないままに答える。
再会したら言いたいことはいろいろあった。しかし、姿が変わってしまったことでもう言えない。そもそも、元の俺のままだったらこいつの顔をみただけで逃げ出していたかもしれない。
っていうかなんだよこの対応の違いは。
記憶喪失と口にしたのはせめてもの反感を表に出すため。面倒くさそうだからパス、と言われるのならそれはそれでいい。というか「あんなこと」してきた奴らだし、そのほうがしっくりくる。
と。
「そっか。記憶を取り戻す方法を探して冒険者になった感じ? ……大変だったんだ」
えー、そっちに行くですか?
優しく頭を撫でられながら、フレアが受付と話すのを眺める。
俺の能力を確認すると、からっとした笑顔が浮かんで、
「いいじゃない、採用! とりあえずお試しってことで後の二人と話してみましょ?」
「ええ……? あの、そんなあっさり決めちゃっていいんですか?」
「なによ、嫌なの?」
不思議そうに覗き込まれる。強い意思を宿した瞳は、相変わらず憎らしいほど綺麗で。
「いえ。まさか、嫌なんかじゃ」
「そ。じゃあ問題ないわね!」
俺はいともあっさりと、かつての定宿に連れて行かれた。
◇ ◇ ◇
「……いい宿ですね」
外観まで掃除が行き届いているし、装飾もシンプルながら品がいい。
価格設定が高めなのでその分、ある程度弁えた客しか訪れず、落ち着いた雰囲気で過ごすことができる。宿の一人娘も可愛く、酒も料理も美味い。
この半年過ごしていた宿も悪くはないが、やっぱりここは別格だ。
外から見ただけでしみじみ呟いてしまえば、フレアが「でしょ?」と笑った。
「さ。たぶん二人とも宿にいると思うのよねー」
からんからん、と音を立てながらドアが開いて、
「ほら、遠慮しない」
「わっ」
半ば引っ張られるようにして店内へ。
看板娘のセリーナ(16)が「あ、おかえりなさい!」と振り返って、それから首を傾げた。
「そちらの方はどちら様ですか?」
「ああ、あたしの新しい仲間──に、なるかもしれない子よ」
「そうなんですね。……じゃあ、あの人の代わりに」
ぴくっと反応してしまう俺。フレアには気づかれなかっただろうか。
見上げると、少女は苦虫でも噛み潰したような顔をしていて、
「あんな奴の話はいいじゃない。それより、リーシャとエマは?」
「リーシャさんは部屋で報告書を書くと言っていました。エマさんはお昼寝みたいで『絶対に起こすな』って」
「あー。そういうのね。まあいわ。叩き起こしましょう」
「ええ……?」
ドン引きする俺。セリーナも笑顔のまま固まっていたが、フレアは構わず「ちょっと待ってなさい」と一人、二階へ上がっていく。
あの野郎(女)、前にも増してやりたい放題だな。
呆然と天井を見ていると「あの」と声をかけられ、
「悪い人じゃないんですよ? ちょっとその、勢いがすごいですけど。冒険者としてもとっても優秀で」
「はい。有名ですよね、『三乙女』。最近は少し調子が悪いってギルドから聞きましたけど」
「ああ。前にメンバーが一人いなくなって、それから小さな失敗が続いているんです。それでみなさん新しい仲間を探していて──」
そこで、階段の方から言い争うような声が聞こえてきた。
フレアに引っ張られるようにして黒髪の女魔術師が下りてくる。後ろには苦笑顔の女神官。
魔術師──エマは殺意すら籠もっていそうなどんより顔で、地の底を這うような声を出し、
「……絶対に起こすなって言ったはず」
おい、なんでこんなテンションの奴を連れて来やがった。
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