美少女になったら、追放元のPTに甘やかされたんだが
緑茶わいん
プロローグ 俺が金髪美少女になったわけ
──いったい、どうしてこうなったのか。
「ステラ」「ステラ」「ステラ」
女の身体というのは男とはぜんぜん違う。
両腕と胴を拘束され、柔らかい感触といい匂いに包まれながら俺は思った。
「今日はあたしと」「私と」「わたくしと」
こいつら俺が男だった時と態度が違いすぎないか。
本当、どうしてこうなったのか。
こうなったきっかけは──そう、俺がこいつらからパーティ追放を受けたことだった。
◇ ◇ ◇
「あんた、今日限りでクビ」
寝耳に水の解雇通告。
『冒険者の街』バッコで五本の指に入る冒険者パーティ『
今日も今日とて依頼をこなし、根城にしている酒場兼宿屋へと戻ってきたところ。酒と料理を注文し、さあ祝杯を挙げようかというタイミングで。
パーティリーダーを務める小娘は一方的にそう宣言しやがった。
「冗談だろ」
作り笑いを浮かべて答えたものの、にこりともしてくれない。
いかにも気の強そうな紅の瞳を俺に向け、ふん、と鼻を鳴らして。
「明日までに荷物をまとめて出ていきなさい」
「なんでだよ!?」
俺は机を叩き、声を荒げた。料理を運んできた宿の一人娘がひっと悲鳴を上げるが、愛想笑いを浮かべる余裕もない。
六歳も年下、十六歳の女剣士はそこで初めて笑った。
「言わなくてもわかるでしょ? あんた、お荷物なのよ。一番の仕事が荷物持ち。戦いではあたしたちが討ち漏らした雑魚にとどめを刺すだけ」
『三乙女』はその名が示す通り、三人の美女、美少女が集まって結成したパーティだ。プラスワンであるところの俺は看板に含まれていない。
俺が加入したのはパーティが結成されて半年後のことだったらしい。
それは同時に、俺がいなくても冒険はできることを意味しているが、
「その分、お前らは荷物を減らせるし、討ち漏らしを気にしなくて済むのは利点だろ! レンジャーとシーフだってやってるし、料理や夜の見張りだって──」
「でも、全部あんたがいなくてもなんとかなるじゃない」
「………っ」
唇を噛む。それは俺だってわかっている。だからこそ必死に、少しでも役に立てるように努めてきたつもりなのに。
一年。
話の合わない女たち相手に配慮し、笑顔を浮かべ、率先して雑用を引き受けた。休日の訓練だって欠かさなかった。
上手くやれていると思っていたのに。
「仲間だと思ってたのは俺だけだったのか」
救いを求めるように他の二人を見る。
すると、十七歳の魔女は表情を変えずに淡々と、十八歳の女神官は申し訳無さそうにそれぞれ答えて。
「あなたがいなければ宿の部屋も一つで済む」
「申し訳ありませんが、三人で話し合って決めたことですので」
話は、相談とか抗弁とかそういうところにはなかった。
「ぶっちゃけさあ。汗臭い男とかあたしたちには必要ないわけ。……あんたにも悪いことしたわよね。可愛い女の子ばっかりのパーティで期待持たせちゃって」
俺は、殺意を籠めた瞳をなけなしの理性で逸らし、手のひらに爪を食い込ませながら席を立った。
「一年間、世話になったな」
◇ ◇ ◇
翌日、宿を出る時も誰も見送りに来なかった。
俺はその足で冒険者ギルドへ赴き、参加できそうなパーティを探した。
幸い、快く受け入れてくれるパーティは見つかった。
彼らは地に足のついた堅実な奴らだった。
あいつらと違って俺と実力が近く。
あいつらと違って本心から笑いあえた。
あいつらと違って、冒険には向いていなかった。
「解散しようと思うんだ」
半年が経った頃、そう告げられた。
「冒険者では身を立てられそうにない。故郷に戻って畑でも耕そうと思う」
メンバーは全員、冒険に見切りをつけていた。
当然と言えば当然だ。危険な冒険生活なんて実入りが良くなければやっていられない。
成功を収めるのはほんの一握り。そう、あいつらのように才能に溢れ、自信に満ち、一級の実力を持っている人間だけだ。
俺だって、本当は利口になるべきだった。
商人でも、農夫でも、酒場の給仕でもいい。
長く続けられる仕事を見つけて身の丈に合った生活をするほうがずっと正解だ。
気の良い仲間との別れはその事実をむざむざと突きつけられて。
「……田舎に、帰るか」
この半年、同じ街にいながら『三乙女』には一度も出会わなかった。
根城にしている宿のランクが違う。受ける依頼のレベルも違う。それで救われていたが、冒険者から足を洗うのなら、この街からは離れたい。
残った手持ちの金で旅費が足りるか、一人になった部屋で計算して──。
床にぶちまけた硬貨に大粒の涙がこぼれ落ちた。
「くそ、なんだよ。なんなんだよ」
十三の時、冒険者を夢見て村を出た。
なけなしの金で買った剣一本を抱え、駆け出しに足が生えたようなパーティに頭を下げて入れてもらい、ささやかな依頼をこなし、少しずつ装備を整えた。
喧嘩もした、失敗もした。
いくつものパーティを転々としながら便利なスキルを身につけ、十年近く、どうにかこうにかやってきた。
あの一年間なんて、十分の一にしか過ぎないのに。
「なんで、あいつらのことばっかり思い出すんだよ……っ!」
楽しかった。華やかだった。俺の人生の中で一番充実していた。
雑用ばかりでも、あいつらとの日々が一番、俺の憧れた『冒険者』だった。
俺とは住む世界が違ったのか。
しょせん、凡人には届かない奴らだったのか。
「……俺だって、あいつらみたいに」
叶わない望みが唇からこぼれる。
俺とあいつらではなにもかもが違う。歳も。才能も。性別も。自分を信じる心の強さも。
「あいつらみたいになれたら」
羨ましかった。
妬ましかった。
あいつらみたいになりたかった。
ずっと心にわだかまっていた思いを今になって吐き出し、自分の弱さを自覚して。
──次の瞬間。
眩い光と共に、俺の眼前に光の文字が綴られた。
◇ ◇ ◇
『
人が神から与えられる特別な力。最低でも一人一つは持っているが、いつ開花するかわからない。効果も人によって千差万別。
複数の『秘蹟』を持ち、すべてが強力な者もいれば、たった一つの力を開花させられないまま生涯を終える者もいる。
俺も、自分の秘めた力を知らない一人だった。
だけど、それが、今になって。
「あるのか? 俺にも、チャンスが?」
期待をこめて文字を目で追う。すると俺の期待はある意味で裏切られ、そしてある意味で叶えられた。
『無想転生 ランク:SSS
一度しか発動できない。
代償としてあなたは記憶以外のすべてを失う。
強く望んだ「なりたい自分」にあなたを変化させる』
記憶以外のすべてを失う。
肉体が失われる。俺が俺ではなくなり、俺の望んだ新しい姿に生まれ変わる。
俺が俺のまま強くなり、あいつらを見返すことはできない。それどころか俺という存在が人々の記憶以外から完全に消える。
代わりに、俺は人生をやり直せる。
「やり直せる。……やり直せるのか?」
喉が乾く。指が震える。気づけば手持ちの金の計算なんてどうでもよくなっていた。
どうしてこんな力が今になって開花したのか。
きっと、俺が全てを失ったからだろう。仲間を、夢を、希望を失ったからこそ、やり直すチャンスが生まれた。
逆に言うと、今でなければ「全てを捨てる」覚悟なんてできはしない。
自分が自分でなくなるのは怖い。
一度きりの力がうまく作用する保証もない。
なりたい自分とはどこまでの変化が許されるのかもわからない。
「それでも」
拳を握る。
チャンスがあるのなら。自分を変えられるのなら。
あいつらを見返してやれるのなら。
「変えたい。俺は、自分を変えたい」
強く願う。
なりたい自分とは、いったいどんな自分だろう。
思い描くのはやはり、あいつらの姿だった。
『あんたにも悪いことしたわよね。可愛い女の子ばっかりのパーティで期待持たせちゃって』
『あなたがいなければ宿の部屋も一つで済む』
『申し訳ありませんが、三人で話し合って決めたことですので』
若く、美しく、華やかで、才能に溢れている。
彼女たちをあっと言わせられるような。彼女たちの跡をついていけるような。彼女たちでさえも見惚れさせるような。
乙女。
想いは徐々に一つの形に収束して、脳裏に確かな像を描き出す。全身から光が溢れ、意識がふっと遠のいていって。
気づくと、俺は生まれ変わっていた。
◇ ◇ ◇
まばたき。
視点が低い。他人の身体を借りているような違和感。
両手を持ち上げると白くすべすべで、一本一本の指が細い。
腕も、足も、まるで少女のようなそれ。
体感的にはリーダーのあいつと同じか少し若いくらいか。
「……本当に、変わったのか?」
呟いた声は高く涼やか。
美少女を思わせる響きに思わず胸が高鳴る。
鏡。荷物の中に小さな手鏡がある。大した顔はしていなかったが髭くらい剃らなければと所持していたものだ。
映りは微妙だがとりあえずあれで確認を──。
「ない」
確認をしようと思ったら、荷物がなかった。
手鏡だけじゃない。荷物袋そのものがなくなっている。
はっとして床を見れば、ぶちまけた金も全て消失していた。
何故か。
考えられる理由は一つ。
「全てって、身体だけじゃなくて『荷物』も『金』もか──!?」
さらに言えば『服』もない。
俺は一糸纏わぬ姿だった。小さいが確かに起伏のある胸も、突起物のない慎ましい股間も、隠すものなく露わになっている。
これでは姿が確認できない……どころか、外にも出られない。
「詰んだんじゃないか、これ」
生まれ変わって早々、露出狂にはなりたくないのだが。
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