『デッド・エンド』は崖っぷち!

玉虫色の蛇

ジャガーノート

 そこは、暗澹とした空気の満ちる、ビルの一室であった。


 そこは執務室か、社長室の様な場所なのであろう。落ち着いた雰囲気ながらも瀟洒な装飾が施された室内には、明らかに高そうな机や椅子、応対用のソファなどが設置されていた。


 肺に異質な瘴気の満ちる空気を送り込むたび、肢体が不可思議に痺れる惨澹とした雰囲気に包まれた高層ビルの一室には、鈍い鼠色の雲が流れる暗夜の暗い空に控えめに懸かった三日月が月光を差して、不確かな光源を提供していた。


 その苛烈な緊迫感の線が張った室内にて、地面に尻餅をついて後退あとずさりしている恰幅の良い中年の男性が存在していた。


 男性は全身から脂汗を吹き出して、凄まじい恐怖に顔を歪めながら、眼前に迫る凄絶な気迫を放つ男から逃げていた。


 体に鉛でも入れられたかの様に重苦しい重圧感を放ちながら、家具を乱雑に蹴って恰幅の良い男性に近付いて行く男は、凶悪な人相を持つ顔を不快そうに歪めながら、


「おい、お前よぉ、なぁ、なぁ、つまんねぇんだよ。俺はこんな楽しくもねぇ、ちゃっちい依頼で駆り出されて、ただでさえイライラしてんのによぉ、そんな態度取られたら殺したくなっちまうだろ? 何か言えよ。失礼な奴だな」


 その男は刺々しく語気の荒い声音で中年男性にジリジリと詰め寄っている。


 その男の放つ雰囲気はヤマアラシの様に刺々しく、荒々しい人間性を感じさせる。


 その二十代に見える男は深淵を映した様にドス黒い少し跳ねた短い黒髪に、恐ろしく整った顔貌には鋭く目付きの悪い紫紺の瞳が嵌め込まれていた。


 その男の特徴として、その前髪の一房が紫紺の色に染まっており、整った顔貌の右頬には何かで斬られた様に白く、大きな傷跡が刻まれていた。


 男の体格の良い長身を包むのは、漆黒の暗夜を体現した様な黒色の外套であり、一目見ても致命的に危険な存在である事が伺える。


 そんな凶悪な笑顔に破顔した男に詰め寄られて、中年の男性は焦燥と恐慌を吐き出しながら、声を張り上げる。


「――その右頬の傷……お前は神室かむろ 簒嘉さんかだな! この日本で最強の『怪人』! 何で、お前がここに居るんだ!」


 その暗夜に無為に溶けて行く轟く様な大声を鬱陶しそうに聞いた男は、その誘われる様な爛々とした輝きを放つ紫紺の瞳を細める。


「いかにも、良く知ってんだな。俺は神室、神室簒嘉」


「異能の世界でお前を知らない奴は居ない!」


「ご紹介ありがとよ。でもよぉ、俺もお前の事を詳しく知ってんだぜ? 中川巡なかがわめぐる、中川商社の社長。結構成功してんじゃねぇか? ま、その実態は裏社会、特に異能の世界、『怪人』に武器を流す”死の商人”って訳だ……屑だな。ま、俺もだけど。そんで恨みを買われて、この俺に狙われたと……運が悪かったな」


 そう捲し立てる様に言葉を浴びせ掛ける男、神室は右手に担った黒鉄の拳銃を中川に向ける。


「クソ! 何でお前みたいな『怪人』が! 俺とお前は仲間みたいな物だろう!? もしかしたら、お前が使ってる武器だって、俺が流した物かもしれないだろ! 何で! 何で! クソ! ふざけんなよ!」


 濁流の様に吐き出される中川の悪態の言葉に、神室はその瞳に不快感の光が差して行く。


「――お前、誰に口利いてんだ?」


 底冷えする様な低い声が神室の喉から発されたと同時、鼓膜を劈く様な炸裂音が部屋に轟いた。


 そのカッと照る火薬の燐光と硝煙の煙が部屋に満ちた後に、中川の右肩が致命の銃弾に貫かれて、一拍遅れた血が噴出する。


「アァァァアアァ!」


 肉を破砕する気色の悪い快音が部屋に響き、中川の右肩からは心臓の鼓動に従って大量の血液が溢れ出して来る。


「俺がお前の客だとかは関係ねぇんだよ。ただ俺は依頼されたからお前を消すだけだ。みっともなく喚いてんじゃねぇぞ」


 神室の恐ろしく、底冷えする声が中川に響くと、中川は自身のスーツを醜い色に染める鮮血を止める為に右肩を左手で抑えながら、


「お前は結局金なんだろ! だったら俺がお前を雇ってやる! その依頼の報酬金の二倍以上出してやる! だから……」


 中川は喉を張り裂く程に声を上げて、醜悪に命乞いを始めるが、神室はその態度が気に入らないらしい。


「――だから、誰に指図してんだよ?」


 ――次の刹那、部屋を轟かせる三発の炸裂音が響き渡る。


 パァン! と言う壮絶な火薬の破裂音が齎すのは、中川への死の一打。


 その三回の炸裂音で、中川の右手、左手、腹部が同時に破裂する様に血を撒いて、血肉が完全に引き裂けてその意味を失う。


「ッ……ウゥゥァァァアアア!」


 脳を暴力的に焼き、全身を支配する痛みに絶叫する中川が床を転がり回って、その床に血のカーペットを敷いて行く。


「何で勘違いしてんだ? 俺とお前は対等じゃねぇ。お前は俺にお願いする立場なんだよ。ま、異能の世界に入らなければ、俺に狙われる事もなかったろうに」


 阿鼻叫喚の室内にて、神室の侮蔑と嘲笑の言葉が響いたのと同時、神室は倒れて転げ回る中川の胸を右足で蹴る様に抑え付けて、その銃口を中川の額に向ける。


「――じゃあな。地獄で会おうぜ」


「待っ――」


 その別れの言葉が神室から紡がれた後に、何かを言おうとした中川の命脈は断たれて、二度と心臓は鼓動を打つ事は無くなる。


 凄絶な炸裂音と鈍色の硝煙を吹く銃口から射出される致命の銃弾は、恐慌に呻く中川の顔面、その額に狂い無く命中し、脳漿と血液を噴き出させて、その役割を終えたのだった。


 壮絶な炸裂音を皮切りに静寂に包まれる室内に唯一立っている神室は、その壁面のガラス張りから見える三日月を少し仰ぐ。


「……はぁ、ちゃっちい仕事だったな……チッ、つまんねぇ」


 そう誰に聞かせるでも無い悪態を吐いた後に、神室はその部屋を後にする。


 ――物言わぬ肉塊を残して。


 

 作者コメント


 神室、本編に登場させる予定はあるけど、絶対に本編の方で過去回想とかはやらないんだろうなと思っています。


 あと少しくらいしたら、神室とかの過去回想とかもやろうと思います。


 気長に頼みます。


 本当に日常系を書きたい……心が二つある。

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