15・井原の道トンネル(プロローグ)
「何を調べているんだい?」
部屋の中央に設置されたテーブルの上は過去1年ぶんの新聞で埋め尽くされていた。
床に直に腰を下ろし、窓から差し込む光を電気代わりにして新聞を読み漁る弟を、不思議そうに見つめていた青年が問いかける。
「一条が井原の道トンネルで肝試しをして、首のない霊を持ち帰ってしまったんだ。だから、過去に井原の道トンネルでおこった事件や事故を調べてる」
新聞から視線を外すことなく、淡々とした口調で告げられた言葉を耳にして、瞬く間に青年の表情から笑みが消える。
つい興味本意で弟の行動理由や、その心理を知りたいと思ってしまった青年は、好奇心に負けて問いかけてしまったことを後悔する。
「聞かなければ良かった」
自ら問いかけておきながら、弟に対して失礼だとは思う。
しかし、一条が首のない幽霊を背負っている姿を容易に想像することが出来てしまって、ポツリと本心が口をついて出た。
「どうやら、2週間前に井原の道トンネル内で単独事故をおこして止まっていたトラックに乗用車が追突する事故があったらしい。その時に男性1人が亡くなっているんだけどさ、一条が背負っていたのはこの男性かもしれないな」
怯える兄のことなどお構いなしに言葉を続ける弟は、悪気があって言葉を続けたわけでは無いようで、視線は新聞紙に釘付けとなっている。
顔面蒼白となっている兄に気づいていない。
両耳と目蓋を塞いでしまって外部からの情報を遮断してしまおうかと考えていた兄が、ふとあることに気がついた。
「そう言えば、ここへ来る前に一条君とすれ違いましたが、彼一人でしたよ」
大きく身震いをした兄は、普段の穏やかな足取りではなく、素早く弟の背後に回り込み身を隠すようにして縮こまる。
「兄貴は幽霊を呼び寄せやすい体質なんだ。一条の背負っていた霊を連れてきてしまった可能性があるな」
ふと浮かんだ疑問を確認するために周囲を見渡した。
もしも、兄が一条の背負っていた霊を連れてきてしまったのなら、霊は室内にいる可能性が高い。
「恐ろしい考えは止めてくださいよ!」
普段はおっとりとした口調が印象的な兄が、珍しく声を荒らげる。
「兄貴がパニック状態に陥るなんて珍しいな」
小刻みに肩を揺らして笑う弟は、今の状況を楽しんでいる様子。
「笑っている場合ではないでしょう! 首のない霊がもしも怨霊だったらどうするのですか!」
しかし、気持ちに余裕のない兄は弟が笑っていることが気に食わないようで、顔を真っ赤にして声を荒らげる。
「顔を青白くしたかと思えば、今は真っ赤にして……何だか忙しそうだな」
まるで他人事のように言葉を続けた弟に、兄は素早く口を開いたものの、興奮しすぎたため言いたいことが言葉となって出てこなかったようで、口をパクパクと動かしている。
「まぁ……首がない状態で一条に大人しく背負われていたってことは、まだ亡くなったことに気づいていない可能性があるんじゃないか? それか、失った首を探している可能性もあるし、もしかしたら兄貴の言う通り怨霊である可能性もある。周囲を見渡してみたものの、霊の姿は見当たらない。どうやら、室内にはいないようだ」
兄の優希(ゆき)は最近霊を見ることが出来るようになったばかりと言う事もあり、もしかしたらまだ見る力が不安定なのかもしれない。
しかし、もし本当に一条の元から霊が去ったのであれば、昨夜一条が背負っていた霊は一体何処へ行ったのだろう。
時を同じくして、井原の道トンネル内。
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