13・まねかれざる客
犯人が捕まり女子高生が解放されて、偽の妙子の体も警察によって発見された。
後になって偽の妙子に事の顛末を聞いたところによると
なんの変哲もない毎日が過ぎて行く中で、誰かが訪ねてきたのだろう。来訪者が来たことを伝えるチャイム音がなり響く。
どの部屋にいても聞こえるチャイム音。素早く反応を示した白髪の老人がいそいそと玄関へ向け足を進めだす。
「人が訪ねて来るなんて久しぶりだわ。誰かしら」
久しぶりの来訪者と言うこともあり心踊らせる老人がドアノブに手をかけて勢いよく扉を開くと
「うぉ、あぶねぇ」
金髪の幼い少女を連れた男が驚いたように声をあげる。
女の子の鼻すれすれを通過した扉は、勢いよく家の壁に打ち付けられると反動で閉じようとする。
しかし、男が肘で扉の進行を防ぐと
「邪魔するぜ」
白髪の老人を押し退けて建物の中に侵入した。
「あらあら、どうしましょう」
警察に通報をするために一度建物から抜け出すか、それとも少女が心配だから一緒に建物の中に残るか、おろおろとする老人が
「警察に連絡してから戻ってきてもいいわよね」
考えを口にしながら建物の中から足を踏み出すために閉じられていた扉を開こうとする。
「おい。何してんだよ」
しかし、扉を開く前に眉間にしわを寄せた男に見つかってしまった。
老人に男が声をかける。
「あらあら、どうしましょう。見つかっちゃったわ」
口元に手を添えて一歩後ずさった老人が扉に後退を阻まれる。
「今逃げ出したとしても、きっと逃げ切ることはできないわね」
背後に視線を向けると、小さなため息を吐き出した。
「ねぇ……その子ぐったりしてるんじゃない? 大丈夫なの?」
男性が口を開かなくとも次から次へと考えを口にする女性が少女の元へ歩みより手を差しのべようとした。
しかし、男が女性の手を払うことにより反動で女性の手はテーブルに打ち付けられる。
ゴツッと鈍い音がして、手の甲から血を流した老人が小さなため息を吐き出した。
この日から始まった誘拐犯と少女と老人の共同生活。
まずは少女を拘束するためにつくられた鉄格子は、男の思惑通り少女の自由を奪う。
食事は朝食と夕食の二回のみ。鉄格子を取り付ける器具を購入するために有り金を全て使いきってしまった男は老人の年金に手を出し始めた。
男が食料の調達を行うために外出する時は必ず老人を鉄格子の中に閉じ込める。
鉄格子の中に少女と共に閉じ込められた老人は、そこで親に売られた事。少女を購入した男の家がもともとは金持ちであり男が親の金を持ち逃げ。その金で少女を買った事を耳にする事になる。
日本語が上手なのねと言った老人の問いかけに対して、少女は母が日本人だった事を伝え、その母も数年前に病気で亡くなってしまった事を告げた。
少女と男が家にやってきて六年の月日が過ぎようとしていた頃だろうか
老人の年金だけでは生活する事が出来なくなった男は日が暮れると金を手に入れるためにコンビニでアルバイトをするようになっていた。
その日も男が外出するため、鉄格子に閉じ込められた老人は
「ねぇ、今日は数学を教えてよ」
本当なら高校に通い始めていたであろう、少女に頼まれて勉強を教えていた。
「ってか聞いてよ……私が頼んだ以上の教材を買ってきたんだよ。大学入試用問題まであるし」
今では老人は少女の良い話し相手である。
「それだけ
しかし、おっとりとした性格の老人は少女の予想していたものとは全く違った返事をしたようで
「え……何かさぁ、気持ち悪いと思わない?」
大きく目を見開き瞬きを繰り返した少女があんぐりと口を開く。
考えを口にした少女に老人は
「そう?」
首を傾げて見せた。
男が帰宅すれば、老人は少女の元から引きはがされる。
少女はそれまで見せていた笑顔を取り外して、口を閉ざした。
老人が手すりに手をかけてゆっくりと階段を下りている途中の出来事だった。
段差に躓き足を踏み外した老人が階段から転げ落ちる。
声を上げる間も無く視界が大きく反転。
階段に肘を打ち付けてもなお勢いはとどまらず背中や肩を繰り返し階段に打ち付けた老人が仰向けに床に打ち付けられた。
体を強く打ち付けてもなお勢いはとどまる事なく、ゴロゴロと老人の体は階段を転がっていく。
「ヒナノおばあちゃん!」
鈍い音が室内に響き渡り、真っ先に老人が階段から転げ落ちたのだと気付き、反応を示したのは和那だった。
鉄格子に手をかけると勢いよく体重をかけた少女の行動により、格子状の構造物が激しく揺れ動く。
突然暴れだした少女に驚かされた男は気分を悪くしたのか、鉄格子を激しく蹴り付けた。
「うるせぇ」
淡々とした口調で呟かれた言葉に少女は一歩、二歩と脚を引き後退する。
両手で顔を覆い隠すとその場にしゃがみ込んでしまった少女がぐずり出した。
その後男は六年もの間、洋館で生活するうちに見つけた地下に老人を閉じ込めた。
腰の骨を折った老人は体を動かす事も出来ずに、地下室で人生を終える。
「で、何故あんたは妙子の姿に化けていたんだ?」
元の姿に戻った女性に問いかけると
「あれはね、とにかく監禁されている子がいる事を伝えたくて学校に侵入した時の事、私の姿を見える女の子と出会ったのよ。でもね、その子は私の姿を見るなり物凄い形相を浮かべて、なりふり構わず逃げ出したのよ。この姿のままだと恐れられると言う事が分かりその子の姿や記憶を借りる事にしたのよ」
頬に両手を添えて笑う老人は兄と出会う前に妙子と出合っていたらしい。
形振り構わず、がに股で逃げ出す妙子の姿を容易に想像する事が出来た。
「その後、妙子の姿に化けてあんたの姿を見る力のある兄に声をかけたんだな」
「そう。あなたのお兄さんに。うん、お兄さん?」
あんぐりと口を開き瞬きを繰り返した老人が首をかしげる。
「ん? あんたが追いかけ回してた奴いたじゃん? あれ俺の兄」
指先をしっかりと俺の顔面に向けたまま固まってしまった老人の問いかけに対して答えると同時に、隣でスマートフォンを操作していた理人が口を開く。
「へぇ、君のお兄さんも霊を見る事が出来るんだね」
画面に視線を向けたままポツリと声を漏らした理人が送信ボタンを押すとともに顔を上げた。
「一条が迎えに行くと言い出したから、僕は先に学校に戻る事にするよ」
取り外していた笑みを表情に張り付けるとのんびりとした足取りで学園に向け歩き出した理人が洋館を抜け出した。
「あぁ。付き合わせて悪かったな」
淡々とした口調で返事をするけれども理人の反応は無い。
老人と向き合うようにして体の向きを変えると、すぐに視線が交わった。
「俺も学校を抜け出してきたから戻る事にするけど、あんたはどうする? 成仏する事が出来そうか?」
しゃがみ込んで右下から、ふわりと浮かんで左上へ体を移動した老人がヒョイッと俺の顔を覗き込む。
グルンと俺の周囲を一周して再度俺の顔を覗き込んだ老人が
「似ていないわね。でも、例えば頭のてっぺんで結んでいる髪をほどき、手櫛で整えたらお兄さんそっくりになるんじゃないの?」
俺の顔面を指さしたまま苦笑する。
「どうしてそう思うんだ?」
老人の問いかけに対して、首をひねって返すと
「輪郭は同じ。目は吊り上がってはいるけれど、髪を下ろすと吊り上がった目は元通りに戻るでしょう?」
老人が笑顔で俺の頭のてっぺんに向かって手を伸ばす。
「えいっ」
勢いよく髪どめを取り外そうとしたけれども、実態を持たない老人の手はヘアゴムに触れることなく空を切ると、そう思っていた。
グイッと髪を引っ張られる感覚。束ねていた髪がほどけると共に、老人が目を見開き唖然とする。
「あらあら? 触れられたわね」
髪どめをギュッと握りしめて瞬きを繰り返した老人がポツリと考えを漏らす。
「あなたが普段から身に付けているものには触れられるのかもしれないわね。気を付けなさいよ。私が触れることが出来るって事は、いたずら好きの幽霊や悪霊であってもあなたに触れることが出来るってことだから」
ポンポンと頭を撫でられた。
「この髪型にピアスは似合わないわね……口と鼻ははずした方がいいんじゃない?」
なんて、老人は簡単に言うけれども鼻につけているピアスは先端が曲がっているため取り外しが難しいものであって
「あんたがヘアゴムを返してくれたらいいだろ?」
老人に向けて手を伸ばすと
「せっかく触れることが出来たんですもの。欲しいのだけれども駄目かしら?」
老人はヘアゴムを手にしたまま離そうとはしない。
「最後の最後に貴方と出会えた思い出として、これは貰っていくわね」
俺の返事を待つ気は無いらしい。言葉を続けて宙に浮かび上がった老人を引きとめる事は出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます