11・まねかれざる客

 男性に向けていた視線をはずすと……一体何処を見ているのだろう。

 よそ見をしたまま、理人がのんびりとした足取りで歩み寄ってきた。


 ゆっくりと周囲を見渡すけれども探しているものはどうやら見つからなかったようで、首を傾げている。

  

「ねぇ……授業中にもかかわらず学校を抜け出して洋館に来たんだよね? 何故?」

 本来なら教室で授業を受けている時間帯である。

 キョトンとした表情を浮かべている理人に問いかけられて、返事に困っている俺の背中を偽の妙子が指先で突っついた。


「綺麗な子ね。男の子かな? それとも女の子?」

 理人は、学校指定の制服を着ているため見た目からその性別を判断する事はたやすい事である。

 しかし、理人の身に着けている制服を見てもなお、その性別を判断することが出来ずにいる偽の妙子は学校に通った事が無いのか。それとも男子生徒と女子生徒が同じ制服を身に着けていると思っているのか。


「制服を見れば分かるだろう?」

 偽の妙子の質問に答えてから気が付いた。

 理人には偽の妙子の姿は見えていないため、きっと俺が独り言を呟いたように思っただろう。


「制服……?」

 何を言っているんだと考えを表情に表した理人が自分の身に着けている制服と俺の身に着けている制服を交互に見比べる。

 てっきり俺が無意識に発した言葉を独り言と思っているかと思えば、自分の問いかけに対しての返事だと思ったようで、理人の行動に唖然とする。


 制服の袖を持ちあげたり、裾を指先でつまみめくってみたりと視線を動かした理人が

「制服と洋館に何の関係性が?」

 俺の言葉の意味を理解する事が出来ずに眉間にしわを寄せた。

 

 言葉の意味を理解する事が出来ないのは当然である。 

 理人に対してした返事では無かったため

「あ、いや……悪かった。今のは間違いで、ある人に連れられて洋館にやって来たんだよ」

 咄嗟に言葉を訂正すると、理人が唇を半開きにしたまま目を見開き唖然とする。


「ある人に連れられて洋館にやって来たのと、制服を見れば分かるだろでは全く言葉の意味が違うのだけど……一体どう間違えば全く違う返事をする事が出来るの? 君って何だか不思議。つかめない性格をしているよね」

 瞬きを繰り返した後に、口元に手を添えると突然笑いだした理人につかめない性格をしているねと言われてしまった。

 その言葉を、そのまま理人に返してやりたい。


「そのある人は何処にいるの?」

 吹き出して笑った理人が乱れた呼吸を整えると、俺の言葉に対して疑問を抱いたようで、周囲を見渡す素振りを見せる。

 そのある人は、俺のすぐ隣にいるけれども理人には見えていないため、いくら探しても見つける事は不可能だろう。


「俺のすぐ隣にいるんだけど……見えないか」

 偽の妙子に視線を向けると見事に視線が交わった。


「誘拐犯に襲われた時に頭を打った? 大丈夫?」

 しかし、理人には偽の妙子は見えていないため、本気で俺を心配しているのだろう。

 表情に張り付けていた笑みを取り外した真顔の理人に問いかけられた。


「学校に戻るか……それとも病院に行くか。どちらにせよ僕もついて行った方がいいよね?」

 腕を掴まれ、軽々と俺の体を引き上げた理人は見かけによらず怪力だ。


「いるのは本当で……おい、こいつに姿を見せる事は出来ないのか?」

 誘拐犯を警察に任せて、洋館から抜け出すために足を進め始めた理人を指さし、偽の妙子に無茶だと分かっているけれども、姿を見せる事が出来ないのかと声をかける。


「出来ないわよ。私、そこまで霊力が強いわけじゃないもの。でも彼に私の存在を伝える事は出来るわよ」

 即答だった。


 予想通りの出来ないと言う答えが返ってきたため、ため息を吐き出せば、そう落ち込まないでよと言葉を続けた偽の妙子が俺の横腹に手を添えた。


「悪いけど、持ちあげさせてもらうわよ」

 笑顔を浮かべる偽の妙子が声をかけてくれるけれども、既に俺の足は床から離れていて体は浮いている状況。


 目を見開いたまま、浮いた俺の体を見つめている理人は考えが纏まっていないのか

「いや……は? ありえないでしょう。実は夢でしたって落ち……? ねぇ……痛いんだけど!」

 考えを全て口にしてしまっている理人が頬に指先を添え肉を挟み込むと指先に力をこめる。

 すぐに頬に走った激痛に目に涙をためると、思い切り睨みつけられた。

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