自由を求めて⑦ (クランツ)


 クランツの目の前で、召魔の剣がリベルタを正面から斬った。

 彼女が構えていたダガーをり、頭蓋を割る勢いで振り下ろされる。どう見ても致命傷だった。


「リベルタアアァァァァァァッ!!」

「皇子! ここを離れては危険です」

「うるさい! 離せ! リベルタ! リベルタァァァ!!」


 ビャノス辺境伯の制止を振り切り、盾を持った召魔の後ろを飛び出して、クランツは斬られたリベルタの元へ駆け寄ろうとする。だが、次の瞬間、前にいた二体の召魔が真っ二つに割れた。


「へ?」


 さすがのクランツも足が止まる。

 何が起きたのか、目の前に広がる光景は彼の理解を越えていた。

 息絶えた二体の召魔がその姿を消した先、あるべきはずのものがない。


「リベルタは……どこだ?」


 リベルタも、その召魔である青いゴブリンも、霞のように姿を消していた。

 彼女がいたハズの場所は、ただ地面が濡れているだけだ。


「クランツ皇子! 左です!!」


 ビャノス辺境伯の声に弾かれるように、クランツ皇子が左方を見る。

 そこには、黒髪黒瞳くろかみこくとうの異邦人と、身の丈に似合わない戦斧を持った赤いゴブリンが立っていた。リベルタとその召魔は、さらに後ろにいる。


「貴様……、どっかで見た顔だな」

「できれば二度と会いたくなかったけどね」

「まあいい。後ろにいる女をこっちに寄越せ」

「それは無理な相談だ。俺は彼女の護衛なもんで」


 リベルタの護衛と聞いて、クランツはようやく男のことを思い出した。

 異邦人に興味はないが、リベルタに関係するものは別だ。


 この黒髪黒瞳は、エゼコチオネ処刑場で会った異邦人だ。名前は知らない。


「どうやらここは、リベルタにとっての『安全な場所』ではなかったみたいだ。だから俺は、この子を安全な場所まで届けなくちゃならない」


 所詮は愚かな異邦人だ。

 彼は大きな勘違いをしている。

 面倒ではあるが、愚民を導くことも皇族の役目とクランツは息を吐く。


「ふっ、勢いよく乱入してきたところ悪いが、それは貴様が心配するようなことではない。リベルタのことは僕が守る。僕の隣こそが彼女にとって唯一の『安全な場所』なのだから」

「そうか? ご本人はこんなところにいられるかって顔してるけど」

「すぐに彼女も理解するさ。そもそも、この屋敷の外にリベルタにとって『安全な場所』なんてないだよ。王室という箱庭しか知らない女が、外の世界で生きていけるわけがないんだからさあ。……なあ、リベルタ。君だって本当は不安なんだろう?」


 クランツは、異邦人の奥に立っているリベルタに向かって話しかける。

 女は男の庇護のもとで生きていくことが、最も安全で幸せな人生だ。これはクランツの考えでもあるが、オルゴー王国やクイスタ皇国に住む多くの人々が同じような考えを抱いていた。この世界においての当たり前はクランツの考え方だ。


「そう……だね。不安なんかない、って言ったらウソになる」

「そうだろう、そうだろう。だったらもう、ワガママ言ってないで、僕のところにおいで。次のクイスタ皇帝となる僕の側室として、たぁーくさん愛してあげるから」

「それでもっ! 私は自由が欲しい、箱庭から出て自由に生きていくことを私は選んだ。私が自分自身で悩んで、迷って、考えて出した答えだっ!!」


 それはクランツの知らないリベルタだった。

 親善の大使として皇国に訪問にきたときのリベルタは、もっと物静かで理知的な少女だったのに、どうしてこんなことに……。


「ぅぅぅぅ、うあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!」


 思いもよらぬリベルタの言動にクランツは頭を抱えた。


 僕の愛するリベルタはこんなことを言う女ではない。

 僕の愛するリベルタはもっと、もっと、もっと!!


 混乱していたクランツだったが、不意に天啓を得る。


「…………そうか。そういうことか」

「クランツ皇子?」


 不安そうにクランツの顔を覗き込んできたビャノス辺境伯の肩をバンバン叩き、大きな笑い声を上げた。


「ふっふっふ、あーっはっはっはっはっは!! ビャノス辺境伯、あそこに立っているリベルタだが……あれは本物か?」

「はあ?」


 何を言っているのか分からない、と表情で語っているビャノス辺境伯の瞳をじっと見つめる。クランツの召魔ダンタリオンが読み取った感情の色は困惑と不安に染まっていた。もしリベルタが偽物であることを知っていたなら、焦燥の色が真っ先に浮かぶハズだ。


 恐らくはクランツの言動に困惑するのと同時に、今後が不安になっているのだろう。でかい図体をしているくせに肝の小さい男だ。


「ウソはついていない。ということは、貴様も騙されている……か、もしくは洗脳されているのかもしれんな」

「何を言っておられるのか……」


 目を丸くして狼狽しているビャノス辺境伯に、クランツは至極当然のことを淡々と説明する。


「ナニもクソもない。そこにいるリベルタは偽物だと言っているのだ。恐れ多くもオルゴー王国の第一王女を騙った罪、死を持って償ってもらうほかあるまい」

「バカな!? それでは約束が違うではないか!!」

「約束? 何を寝ぼけたことを言っているんだ。僕が結婚を約束したのはリベルタ王女であって、こんな基本的な教育も行き届いていない下賤な女じゃない! …………総員、あの二人を——殺せ!!」


 憎き偽物の王女を殺すため、クランツの連れてきた兵士たちが召魔を呼び出した。

 タンク盾役が4、遠距離アタッカーが4、近距離アタッカーが4、バッファー戦闘補助役が2、ヒーラー回復役が4。たった二人の召魔士――それも片方の召魔は重症だ――を相手取るには過分な戦力だが、もう手加減をする必要はない。




§  §  §  §  §  §  §


 クランツ皇子は最後までヤバい感じに仕上がりましたね。とても扱いやすい良いキャラでした。


 それでは、また明日。


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