自由を求めて① (リベルタ)
外は晴天、日和は良し。秋晴れというやつだ。
窓の外にはまだ緑色の木々が青々と茂っている。
リベルタはひらひらした部屋着を脱ぐと、上は白い長袖シャツ、下は長ズボンにブーツを履く。今の季節であればコートは要らない。
王都から逃げるときはヴェリタ王子に扮するため、わざとらしいほどに貴族っぽい格好をしていた――夏の終わりに大きな襟のついたコートは正直暑かった――が、今回は動きやすさを重視して一般的な男性服を選んだ。
今回はむしろ、貴族だと思われないくらいの格好の方が好ましい。
さらに上から大きめのワンピースを被ってカモフラージュすると、ゆっくり部屋の扉を開けて廊下に人がいないか確認する。
オヅマが屋敷を出ていってから1ヵ月。
リベルタは屋敷の間取り、使用人の行動、ビャノス辺境伯のスケジュールと、脱出のために必要な情報を集めてきた。
そして今日、ついに脱出の機会が訪れた。
ビャノス辺境伯がクランツ皇子に要求していた爵位が認められ、正式な調印を行うために辺境伯領を出ているのだ。
当然、ビャノス辺境伯を護衛するために騎士も多く出払っている。
ビャノス辺境伯領は兵力の多数を国境線に配置しているため、屋敷のある城下に詰めている騎士はそれほど多くない。そこから騎士を何人も連れていくとなれば、詰所はほとんど空っぽの状態だ。
普段はリベルタの側を離れないディニーでさえも、今日はビャノス辺境伯の護衛として駆り出されている。
この機を逃せば、次のチャンスはいつになるかわからない。
ビャノス辺境伯が屋敷を出ていったのは早朝。
今はすっかり太陽が高く上がり、昼を迎えていた。
この時間、多くの使用人が昼食を摂る。
屋敷を出るところを使用人に見咎められないようにするには、この時間が最適だ。
「よし。出発だ」
あらかじめ調べておいた屋敷の間取りから、脱出ルートは何度もシミュレーションしてある。この1ヵ月、下調べのために何度も通ったルートをなぞっていくだけだ。
曲がり角に差し掛かる度、壁に張り付いて進行方向の様子を確認する。
昼食時とはいえ、全ての使用人が時間を揃えて食堂に集まるわけではない。
食事を終えて仕事に戻る者、これから食事に向かう者とバッタリ遭遇してしまう可能性がある。
「あら、リベルタ王女殿下?」
突然、背後から声を掛けられ背筋が伸びる。
後ろを振り向くと、部屋の清掃をしていたらしい使用人が、山盛りのシーツを抱えて出てきたところだった。
何でもない風に笑顔を作って「ええ。お仕事、ご苦労さま」と当たり障りのない挨拶をする。
「恐れ入ります。……ところで、リベルタ様」
使用人はシーツの山の後ろから、じっとリベルタを見つめている。
まさか屋敷を出ようとしていることを悟られたのだろうか。背筋が冷たくなる。
「少し成長されました?」
「え?」
「なんだか、以前よりお体が大きくなられたような……」
「あ、ああ! そうかも。この屋敷の食事は美味しいから、つい食べ過ぎてしまったみたいで」
「それはよろしゅうございました。厨房にも伝えておきますわ」
服をいつもより多く着込んでいる上、サイズが大きいワンピースを着ているせいで太って見えたのだろう。小さく頭を下げて去っていく使用人の後ろ姿を見送りながら、リベルタは大きく息を吐いた。
「はああぁぁぁぁぁぁ。心臓に悪いよぉ」
早鐘を打つ心臓を押さえながら、再びリベルタは屋敷の外を目指す。
誰もいない真昼のボールルームを一気に駆け抜け、バルコニーから裏庭へ。
あとは柵を越えるだけだ。
上から被っていたワンピースを乱暴に脱ぎ、息を整える。
「ここまで来れば、もうだいじょ――」
「そのような格好で、どちらへ行かれるおつもりですか?」
身体がビクッと反応し、固まった。
聞き覚えがありすぎるその声に、振り向かずとも背後に誰がいるのかわかった。
「…………ディニー」
リベルタはゆっくりと、自分の側近である女性騎士の方を向く。
後頭部に結い上げられた銀髪が、太陽の光を反射して輝いていた。
「屋敷を抜け出すなら、人目に付く玄関ホールは通れませんからね。きっとバルコニーから出てくるだろうと思いました」
バーミリオンカラーの瞳が、射竦めるような視線をぶつけてくる。
彼女が側近になってからこれまで、こんな目で見られたことなど一度もない。
「ディニーが待ち伏せなんて似合わないな。
「屋敷内では平服になる必要がありますからね。着替えている間に逃げられては、目も当てられません」
腰元から大きくスリットが入った白いワンピースと、頑丈なプレートアーマー。ほとんど装飾のない無骨なショートソード。
ビャノス辺境伯の屋敷に入ってからは平服姿ばかり見るようになったが、今日はしっかりと武装をしていた。
「そうだよね。ディニーはおじい様の護衛に行ってたハズなのに、なんでここにいるの? まだおじい様は帰ってきてないみたいだけど」
「調印式が終わってすぐ、キオードに乗って先に駆け戻って参りました。私の本分は殿下のお側にいることですので」
「監視じゃなくて?」
「どちらも同じようなものです」
秋を感じさせる、少し冷たい風が二人の間を通っていった。
「殿下。大人しく部屋に戻っては頂けませんか?」
「それは……できない」
リベルタが首を横に振ると、ディニーの瞳が炎のように紅く揺らいだ。
§ § § § § § §
最終章です。
少女リベルタの成長を最後まで見守って頂けると嬉しいです。
それでは、また明日。
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