鉄壁の檻③ (べネフィ)


 夜も更けて。

 シンと静まり返った部屋の中でベネフィ・オメルタは目を覚ました。


 いつの間にか眠ってしまっていた。

 晩餐会の途中からまるで記憶がない。

 お酒を飲んで記憶が飛んだことなど、これまでの人生で一度もなかった。


 同年代の者が「歳を取ると酒に弱くなる」と言うのを「そんなものは気のせいだ」と笑い飛ばしていたが、こうなっては認めざるを得ない。


 ぼんやりとモヤの掛かった頭で、ベネフィは今日のことを思い出す。


(ヴェリタ王子殿下、か)


 その姿を見た瞬間、すぐにベネフィは気づいた。

 の方が『ヴェリタ・レオネ・オルゴイオ』王子殿下本人ではないことに。

 

 ベネフィは五年前まで王城にいた。

 国王の覚えめでたく、剣術指南役という大役を任されていたからだ。


 当然、ヴェリタ王子殿下にも剣を教えたことがある。

 それを姉のリベルタ王女殿下が、実に頼もしげに眺めていたのを記憶している。


 見紛みまがうはずがない。


 ディニーと初めて会ったのも、同じ頃だ。

 ビャノス辺境伯の推薦で王都の騎士団に入団した才女は、騎士団でも目立つ存在だったからよく覚えている。 


 王族親衛隊となった彼女が、彼の方を『ヴェリタ王子殿下』だと言うのなら、ベネフィは彼女の言葉を是とするだけだ。


 そこでふと気づいた。

 息子のレプルは、恐らくこのことに気付いていない。

 晩餐会の後に伝えようとしていたことを思い出し、自身の体たらくに歯噛みする。


(いかん。早くこのことを伝えなくては)


 レプルはまだ若い。

 日頃から、周囲に野心を隠そうとしないくらいには青い。


 上昇志向が強いことは決して悪いことではないのだが、今はどうにもタイミングが悪い。こんな状況で『王子殿下』という魅力的な駒を手に入れれば、レプルでなくても利用価値を考えるだろう。


 息子がバカなことをする前に、金の駒がメッキであることを知らせなくてはならない。そう思ってベッドから立ち上がろうとして、ベネフィは足元から崩れ落ちた。


なんだなんひゃ? ……これはほれはまさかまひゃは


 呂律が回っていないのは、酔いのせいではない。

 身体が痺れていて、思うように力が入らない。


(毒……か)


 誰が盛ったか、など考えるまでもない。

 ……考えたくもない。


 何が悲しくて、我が子に毒を盛られなくてはならないのか。

 そして同時に、ベネフィはレプルが出した結論を理解した。


 レプルはクイスタ皇国に、彼の方を売る気だ。

 それには自分と言う存在が邪魔になった。

 故に、晩餐会の食事に毒を盛った。


(殿下。早くお逃げください)


 もはや声を出すこともできず、床に抱き着くように倒れ込む。


 それからどれくらいの時間が経っただろう。

 数分かもしれないし、一時間くらい経ったかもしれない。


 朦朧とする意識に一筋の光が差した。 

 誰かが部屋のドアを開けたのだ。


「ウソでしょ……。本当に目が覚めてるじゃないですか。あの薬でいつも、ゾウを一日眠らせてるんですよ」

「だから言っただろう? 父の身体は常人とは違うのだ」


 知らない女の声。そしてよく知った息子レプルの声。

 毒ではなかったようだが、どうやら睡眠薬の類を飲まされたらしい。


「どうしましょう? 薬、追加します?」

「それは、追加して大丈夫なモノなのか?」

「さあ? ゾウにもこれ以上使ったことないんでわかりません」

「…………はあ。父を殺してしまっては、さすがに寝覚めが悪い。拘束して営倉に閉じ込めておけ。……ゾウでも動けないくらいしっかりと、頼むぞ」




§  §  §  §  §  §  §


 このエピソードはちょっと短いですね。

 でも、区切りが良いところまでってなると、これくらいになっちゃう。

 明日のエピソードは2000字あるから許してくだちい。


 それでは、また明日。

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