黒い召魔士⑥ (ディニー)


「殿下。あの男のことなど放っておいて、先に進みましょう」

「そういうわけにはいかない」


 オヅマと名乗る怪しい召魔士は、「敵を仕留めてくる」と言って闇の中を走っていった。ディニーはこれを好機ととらえ、今のうちにオヅマを置いて先に進むことを提案したのだが、殿下は頑なであった。


「なぜです? 私たちを追ってきていた者たちはいなくなりました。次の追っ手がくるとしても明日以降になるでしょう。今はあのような怪しい戦力よりも、少しでも先へ進んでおくべきです」

「だが、我々だけではあの敵は倒せなかった」

「そんなことは……」


 ない、と言い切ることはできなかった。

 それほどに皇国の召魔士は強敵であった。


 頑強な騎士の死体を操り、本体は姿を現さない。

 このようなタイプの召魔士と戦ったのは、ディニーにとって初めての経験だった。


 恥ずかしい話だが、ディニーは死体と戦わされていることにも気づかなかったのだ。


 それをオヅマとダヴァンティは瞬く間に撃退し、今は本体を追っているのだから、ディニーの王族親衛隊としてのプライドはずたぼろだ。


「ここからの道中、また皇国の手の者に出くわさないとも限らない。護衛をしてくれるというのなら、頼みたいと考えている」


 全てはディニー自身の不甲斐なさが招いた結果だ。

 もしディニーが、先の追っ手を独力で撃退できていたなら「護衛は私だけで十分です」と言えただろう。


 ディニーは悔しさと共に言葉を飲み込む。


「それに……」


 殿下が苦笑いをしながら言葉を続けた。


「この闇の中、事もなげに敵の本体を追うような奴だぞ。ちょっとやそっと私たちが先へ進んだところで、すぐに見つかってしまうのではないか?」


 そうかもしれないと思った時点で、ディニーの心は敗北していた。



 それから数分もしないうちに、オヅマはディニー達の元に戻ってきた。


「ごめん、ごめん。お待たせ」

「ずいぶんと早かったな。まさか、取り逃がしたんじゃないだろうな?」


 友達との待ち合わせに遅れたときのようなオヅマのテンションが、ディニーの神経を逆撫でする。いっそ失敗していて欲しいという淡い期待を込めながら、ディニーは追撃の成否を問うた。


「ああ、はいはい。ちゃんと持ってきたから安心して。――ダヴァンティ」


 オヅマの後方に控えていたダヴァンティが、手に持っていたスイカほどの大きさの丸い物体を放り投げた。


 ゴロンを転がったそれとディニーは目が合った。

 それは赤毛の青年の生首だった。サファイアのような青い瞳を大きく開けて、驚愕した表情のままこと切れている。


 続いて、切り取られた左腕が投げられた。

 召魔士の証である契約紋が刻まれている。

 この青年が、先の召魔士であることを裏付けるために持ってきたのだろう。


 愕然とした表情をしている殿下に気づき、ディニーは思わず声を荒げた。


「貴様、殿下になんてものを見せるのだ!」

「なにって首だよ、首。俺は自分の手柄を証明しなきゃなんないし、アンタたちも追っ手がちゃんと死んでるか確認しないと不安でしょ?」

「そういうことを言っているのではない!」

「あ、もしかして大将首の確認って初めてだった? まあでも、一国の王子様ならいつかは通る道なんだし慣れていくしかないよね」

「それは……」


 正論だ。

 大将首を確認し、戦争の戦果を承認するのは将の務め。

 そして王や王子は、将として軍の采配を振るう機会も多い。


 しかし、初めて見る大将首がコレでは刺激が強すぎる。

 死に化粧などは当然施されておらず、まぶたすら閉じられていない生々しい首をディニーはじっとねめつける。


「オヅマ殿の言うとおりだ。私が悪かった。追っ手の討伐、ご苦労であった」

「いーえー。特に苦労はしてないし」


 我を取り戻した殿下が、青い顔のままオヅマをねぎらう。


 強がりなどではなく、本当にそう思っているのだろうオヅマの返答が、ディニーの心を深くえぐった。ディニーが苦労しても倒しきれなかった敵を、オヅマは苦労をせずに始末してしまうのだ。


「じゃあ、俺も王子様の護衛に加わるってことでいいんだよね?」

「もちろんだ。これから、よろしく頼む」

「………………」


 笑顔で了承する殿下を見ながら、ディニーは奥歯を噛みしめた。


 もはや反対する余地など残っていない。

 かといって、仲良くする気などディニーには欠片もなかった。


「殿下。先へ進みましょう。……キオード!」

「あ、ああ」


 殿下の手を引き、影から呼び出したキオードの背にまたがる。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ」

「トロトロするな。我々には一刻の猶予もないのだ。ついてこられなければ置いていくぞ」


 ディニーは本気で言っていた。

 殿下は『すぐに見つかってしまうのでは』と言っていたが、キオードのスピードならば、あの男を撒いてしまえる可能性もゼロではない。


「出発する前に、目的地だけでも教えてくれよ」

「…………ダメだ」

「ダメなの!? 俺、護衛なのに」

「緊急時ゆえに護衛として認めたが、貴様が皇国と通じていない保証はない」


 本心を言えば、その可能性は限りなく低いとディニーも思っている。

 しかし目的地を教えてしまっては、もしキオードがこの男を撒くことができたとしても先回りされてしまうではないか。


「それは、まあそうかもだけど。えー、マジでか」


 不服そうにブツブツと呟いているオヅマを見て、少しだけ溜飲を下げたディニーはキオードの後頭部をやさしく撫でて「頼むぞ」と声を掛ける。


 主人の意を察したキオードが、静かに地面を蹴った。

 サイレントスタートダッシュ。


「行き先がわからないままついていくとか不安すぎるんだけど――って、えええええぇぇぇぇっ!? 置いていく気マンマンじゃねえか! おい! こらっ! 待ちやがれ!!」


 オヅマが気づいたときには、キオードは五十メートルほど先行距離を稼いでいた。


「ディニー。これはちょっとやりすぎではないか?」

「いいえ、殿下。足りないくらいです」


 そう言って、ちらりと後ろを振り返る。

 地面に人影はなく、代わりになぜか木の上を走っている男の姿が視界に入り、ディニーは深くため息をついた。ほんの少しだけ、あの男を撒けると期待していたのだが。


 次の目的地はスパックォ城塞。

 殿下に味方してくれるであろう人物が守る堅牢な城だ。


「急ぎましょう。ベネフィ様ならきっと殿下をお助け下さいます」

「ああ、そうだな。ベネフィは壮健であろうか」

「あの方のことです。死神が来たって追い返しますよ」


 壮健でなくては困る。

 殿下が頼れる伝手はそれほど多くはないのだから。




§  §  §  §  §  §  §


 あけましておめでとうございます。

 2025年がはじまりましたね。


 今年もよろしくお願いします🎍

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