東の業魔① (ティミド)


 低い山にも滝はある。

 わずか十三メートルという高さから流れるこの滝が、たきとどろく村と呼ばれるカスカタのシンボルだ。


 カスカタは王都オルゴニアから二百キロメートル以上離れており、最も近くにある街でも四十キロメートルは離れている紛うことなきド田舎。


 そんなド田舎の村でも人々は生活を営んでいるし、それなりにドラマだってある。



「あっ。……またやっちゃった」


 村の青年ティミドは朝から緊張しっぱなしだ。


 朝ごはんの間だけで、お皿を三回落とした。

 顔を洗いに井戸へ向かったハズなのに、手だけ洗って帰ってきたのが五回。

 もう指がシワシワになってしまった。


 自分はどうしてこうなんだ、と落ち込みながら歯ブラシを口に当てる。

 そして気づいた。歯磨きはもう四回目だ。


「ティミドー! 迎えにきたわよー」


 外から幼馴染の声が聞こえて、ティミドは慌てて口をゆすぐ。


「ちょ、ちょっと待って。すぐに行くから」


 急いでリビングへと戻り、椅子の背に掛けていた上着を掴んでドアを開ける。

 そこには、幼馴染のフォセッタがあきれ顔で立っていた。


「もう。ティミドってば、時間にルーズなんだから」

「ごめんよ。いつもはこんなことないんだけど」

「あら。じゃあ、あたしのときだけ遅刻してるってことじゃない。もしかして、あたしって、ナメられてる?」

「ち、ち、違うよ! そんなんじゃないんだ。……本当に」


 カスカタの人口は約三百人。

 村に住んでいる人は、みんな家族のような付き合いをしている。

 その中で、数えるほどしかいない同年代の幼馴染は兄弟姉妹のようだ。


 …………ちょっと前まで、ティミドもそう思っていた。

 だが、最近は違う。フォセッタのことを女性として意識してしまっている自分に気付いてしまった。


「それならいいんだけど。じゃあ、早く森に行きましょう?」

「うん、わかってる。行こう」


 これから二人が行くのは村を囲んでいる森の中。

 デートなんて艶っぽい話ではなく、ただの仕事だ。


 と言っても、こんな小さな村では若者にできる仕事なんてほとんどない。


 裁縫の仕事は年寄り達で足りているし、畑をやるには土地が足りない。

 この村で若者がやれる仕事といえば、動物を狩りに行くか、森に木の実や果物を採りに行くかの二択だ。


 男なら狩りに行くものだと思われそうだが、狩れる獲物の数に限りがあるため少数精鋭で村の食糧として必要な分だけを狩ることになっている。


 一方、食料採集のために森へと入る女たちには護衛が必要だ。

 森の獣も恐ろしいが、ときには人攫いだって出るのだから。


 それに男は荷物持ちにもなる。

 気弱なところのあるティミドは、これまで一度も狩りのメンバーに呼ばれたことはないし、これからも呼ばれることはないだろう。


 採集の仕事が終わったのは太陽が沈みはじめた頃だった。

 数時間前まで近くで採集していた村人たちも、すっかり姿が見えなくなった。

 空は紅く染まり、ティミドたちが村へと帰る足を速める。


「急ぐわよ、ティミド。夜になっちゃう前に帰らないと」

「う、うん!」


 フォセッタに急かされながらも、ティミドは全く別のことを考えていた。


(ここまでは予定どおりなんだ。あとは僕が勇気を出すだけ)


 息せき切って森の中を走り、村まであと少しというところでティミドはフォセッタの手を引っ張った。


「きゃっ! どうしたの!? ティミド」

「ふぉ、ふぉ、フォセッタ!」


 いつもより大きな声が出た。

 ちらりと彼女の顔を見ると、少し驚いた表情をしていた。


 ティミドは脈打つ心臓を左手でグッと押さえ、大きく息を吸って言葉を吐き出す。


「ぼ、僕は君のことが――」

「待って!」

「待たない!! ぼぐぶっ」

「いいから黙って!!!」


 一世一代の告白だというのに、フォセッタの右手によってティミドの口は強引に塞がれてしまった。そんなにも告白されるのがイヤだったのかとティミドの目には勝手に涙が溜まりだす。


「ねえ、聞こえない?」

「ぶぇ?」


 フォセッタが真剣な顔をしている。

 振ったとか、振られたとか。色恋沙汰で浮かべるような表情ではない。


「ほら。なんか……声が聞こえる」

「そう?」


 彼女の真剣さにつられて、ティミドも耳を澄ませる。


 まず聞こえてきたのは滝の音。そして、


 ――おおおおおぉぉぉぉっ!

 ――きゃああああぁぁぁっ!


 聞こえた。

 男の人の雄たけびのような声と、女の人の悲鳴のような声。

 それも複数だ。


 ティミドとフォセッタは顔を見合わせる。

 このあたりで人が一番集まっている場所なんて一つしかない。

 二人が毎日を過ごしている村、カスカタだ。


 何が起きたのかはわからない。

 わからないからこそ、二人は村へと走った。


 村へ近づくほどに、雄たけびも、悲鳴も、どんどん大きくなっていく。

 二人は無言で走った。


 村が見えるところまで辿り着き、二人はただ立ち尽くす。

 目に映ったのは地獄としか言いようのない光景。


 背中を斬られて地面に倒れているのは、二軒隣の家のじいさん。

 見たことのない男が組み伏しているのは、村長の孫娘。

 村の食糧庫から持ち出したらしい肉と果物を、粗暴な顔をした男が美味そうに頬張っている。


「盗賊……」


 呆然と呟いたフォセッタの声で、ティミドは我を取り戻した。

 ここにいてはダメだ。これならまだ、森の中の方が安全だ。


「に、逃げよう!」


 ティミドがフォセッタの腕を掴み、元来た森へ戻ろうと振り返ると、


「おっほっほっほ。まだ若いおんにゃの子いるんじゃーん」

「お頭の、ところ。連れてく」


 動物の毛皮をまとった厳つい男が、二人立っていた。

 手には刃の欠けたショートソード。わかりやすく盗賊の格好をしている。


「ばっか! お前はばっか! なのか!?」

「なん、で?」


 細身の盗賊が、大柄な盗賊を頭をスパンと叩いた。

 叩かれた方は気にしている様子もなく、ただ首を捻っている。


「お頭のところに連れて行ったら、俺たちのところに回ってこないだろ~? こういうときは先に俺たちが十分に楽しんでから連れていくんだよ」

「おお。あたま、良い」

「みんなやってんだよ、んなことは。お頭だって、それくらいは織り込み済みだ」

「おり? こみ? ずみ?」

「お頭もわかってるってことだよ! このスカタン!!」


 何を見せられているのかと思いながら、ティミドは右側に逃げようと足の重心を移動させる。その瞬間、身体が後ろに吹っ飛んだ。


「ティミド!? ティミドォォ!!」


 細身の盗賊から蹴られたのだと気づいたのは、相手の足の裏が自分に向けられているのを見たときだった。


「逃げられると思うなよ、ガキ。だんそくさつでも構わねえんだぞ。こっちは」

「なんで。ころさ、ない?」

「そりゃお前。こういうのは観客がいる方が燃えるだろうがよ。それが女のツレとか。もう、マジ最高」


 大柄な盗賊の背中をバシバシと叩き、細身の盗賊が恍惚の表情を浮かべている。

 それを見たフォセッタも「ひっ」と小さな悲鳴を上げて後ずさった。


「そんなに怖がるなって。だいじょうぶ、だいじょうぶ。俺ってば女の子には優しいって評判なんだぜ」

「おれも。おれも。やらしい。やらしい」


 少しずつフォセッタに近づく盗賊たち。

 フォセッタを守らなくては。

 そう思ってはいるものの、足がガクガクと震えて立つこともままならない。


 どうすれば。どうすれば、彼女を助けられる?


 考えている時間は残されていない。

 もう細身の盗賊の手は、フォセッタの身体に向かって伸びている。


 ティミドは慌てて背中に手を回し、カゴに入っていた果物を投げた。もちろん木の実も投げた。投げて。投げて。また投げた。


「あああああああっ!!! フォセッタに近づくなああぁぁぁっ!!!」


 手が掴んだものを次から次に、手当たり次第に投げつけた。

 ティミドも気づいていなかったが、どうやらコントロールは悪くないようで、どれもしっかり盗賊たちの顔を目掛けて飛んで行った。


「ちょっ! てめぇ、やめろっ!! うわ、くっせぇ」


 いくつか腐りかけのものが混じっていたのか、盗賊は顔面で潰れた果物をしかめ面で地面に落としている。


 だが、そこまでだった。

 ドスドスと大きな足音がして、地面も微かに揺れている。


 細身の盗賊の指示で、顔の前に腕を交差させた大柄な盗賊が、ティミドに向かって走ってきているのだ。


 木の実をぶつけても、果物をぶつけても、一瞬たりとも止まらない。

 その手には夕日を鈍く反射しているショートソード。


 この巨大なイノシシのような盗賊がここまで辿り着いたとき、それは自分が死ぬ瞬間なのだとティミドは理解した。


 それでもティミドの両足は、彼の思うようには動いてくれなかった。

 足元を一陣の風が吹き抜けた。




§  §  §  §  §  §  §


 村人A目線のお話です。

 重要人物とかではないです。


 明日はディニー目線です。

 それでは、また明日。

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