第11話 トーマとチロの冒険 ①


 ――。


 神歴1010年、7月3日――ミレーニア大陸中央、クアニール大森林。


「……トーマ、この森どこまで続いてるの……?」


 隣を歩く――否、飛び回るチロが、耳タコのセリフを吐き落とす。


 俺はひたいの汗を雑にぬぐうと、


「……二分前にも聞いたぞ、そのセリフ。俺に分かるわけないだろ?」


「設計者なのに?」


「設計するのと、実際にその場所を歩くのとじゃ勝手が違いすぎんだよ。マップのデータは頭の中に入ってるから迷うことはないけど、徒歩何日で抜けられるか、とかそんな細かなところまでは分からない。二、三時間で抜けられるような短いダンジョンとか、単純な構造のフィールドならともかく、ここまでバカでかくて複雑な森となるとさすがに見当もつかねえよ。だいたい、こんな場所からスタートするなんて想定外の外だ。好きな場所に降りられるもんだとばかり思ってたわ」


「ああうん、オイラもそう思ってた……。初期設定のままだと、どうやらこの森に出ちゃうみたいだね。でも、ナギとナミの二人もきっとここからスタートしたんだと思うよ。そう思うと、なんかいろいろ感慨深くない?」


「……まあ、確かに。ナミは泣き虫だから、ギャーギャー泣きながらこの森抜けたんだろうな……」


 あるいは、ナギと口喧嘩をしながら騒々しく駆け抜けたのか――。


 想像すると、ちょっとだけ感傷的な気分になった。


「まあでも、役目はしっかりと果たしてくれたみたいで、安心したよ」


「凶悪なモンスターに襲われるたびに、そのことを実感するなんて複雑だけどね」


 この森に降りてから、今日で一週間。


 退治したモンスターの数は数百を数える。経験値やレベルアップという分かりやすい概念を作らなかったことを、俺は心の底から後悔した。


 まあ、作ったところで俺のレベルはおそらくマックス付近。どのみち、成長の余地はあまり大きくはないだろうが。


「まっ、でもそのおかげで戦闘にはだいぶ慣れたな。ステータスじゃ表せない『バトル経験』ってのが著しく上がった気がするぜ」


「うん、オイラから見ても、最初の頃よりだいぶ戦い方が上手くなった気がするよ。最強のダブルを持っていながら、あえて『斬撃縛り』で戦ってきた甲斐が出てるね。この辺のモンスターの強さがどのくらいのレベルなのかは分からないけど、かなりの雑魚敵に感じる」


「そんなに雑魚じゃないと思うぜ? 一匹倒すごとに、けっこうなデカさの宝石に変わってくからな」


「モンスターを倒すとその強さに応じて相応の大きさの宝石に変化する、って設定は作って正解だったね。その設定どおりに産み落としてくれた、ナギとナミにも感謝しないとだけど。トーマだったら、すぐに大金持ちになれちゃうよ」


「いや俺はこの世界の神だぞ? 今さら大金持ちになったところで、そんなにうれしくないわ。欲求の順序が逆だろ。それに宝石なんて、エネルと引き換えにいくらでも量産できるし」


「トーマは分かってないなぁ。労働の対価として、手にできる大金に価値があるんじゃないか。エネルと引き換えに得た宝石よりも、自分の力でモンスターを退治して得た宝石のほうが何倍も価値あるよ」


「そうかもしんないけど、どのみち金に興味はない。俺はこの世界を旅してまわりたいんだ。自分が造った、このヴェサーニアの地をさ。それができるだけの金があれば、それ以上は必要ない。世界を隅々まで旅してまわって、最後にナギとナミに会えれば、それで俺はじゅうぶん満足だ」


「……ま、それもそうだね。ナギとナミに会うのに、お金なんて必要ないもんね」


「そーゆうこと。そんなことより、このクアニールの森を抜ければ、次はダイダラン平原だ。だだっ広い場所だし、たぶんそこには大きな町が出来てるはずだ。いよいよ、最初の人間と出会うその瞬間が訪れるぜ」


 待ちに待った、ファーストコンタクト。


 記念すべきその瞬間が、もう目の前まで迫っている。


 俺は興奮の唾を飲み込んだ。


 と、同じように興奮に両目を輝かせたチロが、待ちきれないとばかりに言ってくる。


「うんうん、楽しみだね。オイラ、ワクワクだよ。最初に会うのは、どんなヒトかな? あっ、トーマ。そう言えば、名前はもう決めた?」


「……いや、実はまだ。候補はいろいろ考えたが、まだ決めかねてる。ま、もう二、三日は森の中だろうし、そのあいだに決めておくよ」


「なるべく早く決めたほうがいいよ。森の出口付近でバッタリ、ってこともあるかもしれないし。あっ、ついでに思い出したけど、キャラ変して飄々としたキャラでいこうかなって話してたあの件はどうなったの? キャラもヴェサーニア用に変えるつもり?」


「……ああ、あれね」


 言われて、思い出す。


 思いきって、キャラ変してみるか――。


 一週間前、確かに俺はチロにそう言った。


 飄々として、謎めいたキャラってのがいいね。俺が理想とするキャラだ――。


 とも。


 が、あれは地上に降りたばかりで、テンション爆上がり状態だったときに言った言葉である。


 冷静になって考えてみると、やっぱりなんかハズかった。


 俺は正直に言った。


「……いや、やっぱハズいからやめとくわ。ネトゲでも、架空人格演じたこととかないし……」


「そんな恥ずかしいかな? オイラはいいと思うけどね。以前のトーマを知らないこの世界の人間からしたら、当たり前だけど作られたそのキャラがトーマそのものなんだから。飄々として、どこか謎めいたトーマがトーマだよ。飄々として――」


「いや飄々として何度も言うな! 絶対、馬鹿にしてるだろ!? いい歳こいてその発想はどうなの? って思ってるだろ!」


「……いや思ってないよ。ほんのちょっとしか。てゆーか、オイラは本当にアリだと思うよ。ここは地球じゃない。新たな世界、ヴェサーニアなんだ。今までの自分と違う自分になって冒険するのは全然アリだよ。アリだよって、オイラは思う」

 

「…………」


 今までと違う、自分になって――。


 その様を想像すると、不意に苦い笑いが込み上がってきた。


 


 やっぱりない。


 どう考えても、めっちゃ恥ずかしい。


 おそらくキャラ変はしないだろう。


 飄々として、つかみどころのない――そんなキャラには十中八九ならないだろう。


 ならないだろうが――。


(……ま、でもまだ時間はあるしな。一応、頭の片隅程度には置いとくか)


 そのときまでは――。

 

 この森を抜け、最初の人間と会うそのときまでは――。


 俺は再び、視線を正面に向けた。


 再開の一歩を、そうして力強い足取りで踏み出す。


 三日後、俺たちは森を抜けた。


 待っていたのはでも、予想だにしていなかったまさかの光景だった。

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