第9話 運命の邂逅


 ダブル――正式名『ダブル・メソッド』。


 刀身による斬撃と『マジックボール』による魔法攻撃の二つの攻撃手段を一本に内包した古代武器である。つばの中心に埋め込まれた『ジュエル』に声を届けることで、形態を切り替えることができる。『リリース』と叫べば刀身形態、その状態から『アブソーブ』で刀身が柄の内部に引っ込み、魔法形態へと変化する。


 この世界における最もポピュラーな武器のひとつで、軍人から傭兵、ゴロツキにいたるまで、武力を行使するほとんど全ての人間がこれを活用している。またダブルはその能力によりS〜Dまでの五段階にランク分けされていて――原則、ランクの高いダブルほど価値があるとされる(高ランクのモノほど本数が少なく、希少性が高いからである)。


 閑話休題。


 ルナの愛刀、黒刀『ゲルマニウム』はBランクのダブルである。Aランク以上のダブルに比べ、Bランクのダブルはそれほど希少性が高いわけではない。が、ゲルマはBランクの中では別格のダブルだった。否、別格というよりは『異質』と呼んだほうが適当か。


 切れ味特化の、大刀式ダブル。


 魔法はショボいのが三つ入っているだけ。斬撃よりも魔法攻撃のほうがメインになりがちなダブルにおいて、完全に斬撃に寄った非常に稀有なダブルである。


「う、嘘だろ……? な、なんなんだおまえ……? なんなんだよ、おまえッ!」


 正面にいた、リーダー格のモヒカン男が両目を見開き言う。ほかの二人の仲間同様、彼の身体は完全に戦闘不能の状態で地面に崩れていた。


 おそらくはもう、立ち上がる体力も気力も残っていないだろう。それでもまだ口が動く分だけ、ほかの二人よりはタフだったと言える。残りの二人は意識を保っていることさえできていないのだから(もっとも一人は残しておかないと自供を取れないので、あえて手加減したという可能性もあるが)。


 アリスは、視線をルナに向けた。


 彼女はモヒカン男を冷ややかなまなこで見下ろし、


「わたしは、ブレナ自警団のルーナリア・ゼインです」


「同じく、ブレナ自警団のアリス・ルージュ」


 ルナに続くように、アリスも若干と胸を反らして名乗りをあげる。


 モヒカン男の反応は、完全に予期したとおりのそれだった。


「ブレナ!? おまえら、まさかブレナ・ブレイクの手下――」


「手下ではないです。同士です。ブレナ自警団に上下はありません。わたしは下っ端じゃないです。下っ端じゃないですからね」


「下っ端でもいいじゃん……」


 こだわるルナに、ぼそりと一言。彼女の耳にはまったく届いていないようだったが。


「ともかく、そういうことです。だから偽証は通用しないことを理解してください。この三つの『ボール』は、ラザール質店から強奪したモノで間違いないですね?」


「…………」


 渋い表情で男が舌打ちする。もう半分認めているようなものだ。ルナが男から回収した三つの『マジックボール』は間違いなく盗品。アリスはそう確信した。


 マジックボール。


 通称、ボール。人のエネルを吸い込み、ダブルを介して『魔法』を発動する古代道具である。その数は二百数種類にも及び、そのうちの半分近くが元よりダブルに埋め込まれた『先天型』である(四つある穴のうち、通常三つまでが最初からこの先天型で埋められている)。独立したボール――『後天型』はどのダブルにもハメ込めるが、一度ハメ込んだボールは二度と取り外すことはできない。


「その態度は『肯定』と捉えますが、いいですか?」


 ルナが、確認するように訊く。


 男は再び、苦虫を噛み潰したような顔で舌を鳴らすと、


「……かまわねえよ。にしても、ブレナの野郎もすっかり憲兵隊の犬に成り下がっちまったみたい――がはッ!?」


「もうけっこうです。それ以上は、耳が腐るので黙っていてください」


 高速の当て身。


 ダブルの柄の先で、男の首すじを一瞬間で叩いて落とす。アリスでも、目で追うのがやっとのスピードだった。


 ルナは自身の当て身で、目の前の男が完全に意識を失ったのを確認すると、


「三人とも半日以上は目覚めないと思いますけど、一応縛っておきます?」


「必要ないんじゃない? 憲兵隊に連絡すれば、すぐに駆けつけてくると思うよ。ここまでお膳立てしてあげれば、いくらなんでもちゃんと仕事するでしょ。腐った組織だけど」


「そうかもですね。じゃあ、憲兵隊への連絡はお願いします。わたしはもう少し、この辺りにいて別の獲物を釣り上げます」


「りょーかーい。ついでにブレナさんにも連絡入れとくね」


「お願いします」


「ん」


 軽く右手を振って、ルナと別れる。


 アリスはまっすぐに憲兵隊の屯所を目指した。


 だが、このとき彼女はまだ知らない。


 数十分後の短い未来にあんなことが起こっていようとは、このときのアリスには到底知る由もなかったのである。



      ◇ ◆ ◇



 ルナは、貧しい村で貧しく育った。


 毎日のように路傍で人が亡くなり、その死骸に野犬が群がる。そんなことが当たり前の日常だった。悪党に虐げられ、貧しさに虐げられ、飢えに虐げられて野辺に散る。生きていられるだけで、神に感謝しなければならないような日々を送ってきたのである。


「五歳まで生きられた子供は、神父様に祝福を受けるんですよ? おめでとう、強く生きられたねって。お父さんもお母さんも喜んでたけど――まあ、わたしもお菓子もらえたんで嬉しかったですけど。でも、わたしたちから平和と貧乏を奪った人間がいなければ、毎日のように家族みんなで笑ってお菓子を食べられたのかもって思うとやるせないです」


「…………」


「わたしは、悪いヒトが嫌いです。悪いことをするヒトがめちゃ嫌いです。五歳のとき、スカートをめくってきたアルくんのズボンをお返しにバッて下ろしました。おかげで見たくもないモノを見ちゃいましたけど。でも歯には歯を、目には目をです。それがわたしのモットーです。因果応報を、神の手にはゆだねません。自分の手で報いを受けさせます」


「…………」


「あなたたちのような悪党が我が物顔でこの世の春を謳歌する――こんな世界はおかしいです。間違っています。是正されるべきだと思います。神様にその気がないなら、わたしたちが世界を作り替えます。ブレナ自警団が、この腐った世界をゼロから創造し直します」


「…………」


「――というわけで、お年寄りを騙して多額の金品を巻き上げた極悪非道のあなたには相応の報いを受けてもらいました。全治三か月の刑及び油性マジックで顔面落書きの刑です。牢屋の中でちゃんと反省してくださいね。聞こえてないと思いますけど」


 泡吹き、白目のこの状態を見れば意識がないのは明らかだ。


 が、まあ聞こえていようがいまいがそれはどちらでもかまわない。渾身の一作を文字どおり消えないとして刻むことができた。ルナはそれだけで満足だった。


(……もうちょっと、このクマさん可愛く描けたかなぁ。正面を向いた顔を描くのは難しいです。左右対称に描けません……)


 紙と違って顔の上は凹凸があるのでさらに描きづらい。要修行である。


 とまれ。


「これで五人目。今日は大量です。このペースなら、午前だけであと三人はイケるかも。昼食の時に、ブレナさんに良い報告ができそうです」


 このまま順調にいけば、この界隈の悪党は今月中に掃討できる。悪くないペースだ。先は長いが、千里の道も一歩からである。上を見ずに前だけ見て歩けばいい。


「地道に一歩一歩です。革命は一日にして――」


「ああごめん、ちょっといい? 訊きたいことがあんだけど」


「…………」


 後方で響いた不意の呼びかけに――ルナは、警戒の眼差しで振り返った。


 そのまま、相手の姿を仔細に見る。


 と、わずか数秒で彼女の瞳は驚愕の色に染まった。


(黒髪黒目!?)


 


 視線の先の人物は、黒髪黒目の青年だった。年齢はおそらく二十歳前後。中肉中背で、黒髪黒目以外に目立った特徴はない。が、黒髪黒目という鮮烈な印象が、その他の凡庸を根こそぎ豪快に覆い隠していた。ルナは警戒の度合いを最大レベルに引き上げた。


 言う。


「それ以上は、近づかないでください。その距離より一歩でもこちら側に近づいたら、あなたのことを敵だと認定します。忠告は、この一度しかしませんよ?」


「……えっ、いやちょっと待ってくれ。なんでそんな警戒してるんだ? 俺、そんな人相悪く見える? 確かに、この辺りはゴロツキが多いみたいだけど……そんな警戒しなくても、俺がそいつらと違うってのは一目見れば分かるだろ?」


「分かりません。分かるわけないです。黒髪黒目で、よくそんなことが言えますね?」


「黒髪黒目? 黒髪黒目がなんだってんだ? 別に珍しくもないだろ? もっともスタンダードな組み合わせじゃないのか? ああいや、でもそうか。もしかしたらここでは……なあ、変なこと訊くようだけど、この組み合わせってそんなに珍しいのか?」


「……黒髪黒目は、神の眷属の証です。ナギとナミの眷属。例外があるという話は聞いたことがありません。悪戯で染めてるんだとしたら、いい度胸してますね」


 ナギとナミが直接、自らの力を注ぎ込んで作った原初の生命体。世界にたった十二人しかいない神の眷属。


 目の前に、その一人かもしれない男が立っている。ルナは自身の心がざわめき立つのを知覚した。


 彼女は腰もとのダブルを抜いた。


 男が、慌てたように両手を振る。


「いやいやちょっと待ってくれ。なんで戦うみたいな空気になってんだ? 神の眷属? なんのことだか、俺にはサッパリだ」


「じゃあ、それは染めた髪ということですか? さっきも言いましたが、いい度胸――」


「いや違う、これは地毛だ。地毛だが、俺は神の眷属なんかじゃない。おまえがその神の眷属ってのになんの恨みがあるのかは知らないが、俺はただはぐれちまった相棒のことを――」


「相棒?」


「ああ、古くからの連れ合いでね。名前はチ――いや、グレネって言うんだけど……」


「??」


 ルナは片眉を上げた。


 今、一瞬『チ』と言いかけ、慌てて言い直したような……。


 ひょっとして、と言おうとしたのでは?


 チレネは、十二眷属の一人だ。


 顔も、名前も、鮮明に脳裏に刻まれている。忘れろ、と言われても忘れることのできない不倶戴天の仇敵だ。その彼女を相棒と呼ぶのなら、やはりこの男も十二眷属の一人であるという推測が無理なく成り立つ。


 そもそも、それ以前に男の発する言葉は支離滅裂だ。


 黒髪が地毛だといい、でも神の眷属ではないと言い張る。


 嘘をついているようには見えないが、でも確実に男は嘘をついている。


 地毛が嘘なら『頭のおかしい変人』で流せるのだが、後者が嘘なら流すわけにはいかない。ゆえに、ルナはゲルマを抜いたのだ。


「ダブルを抜いてください。そちらにその気がなくても、わたしは容赦しませんよ?」


「いやだから――」


「容赦はしないと、警告しましたよね?」


「――――っ!?」


 男の目が、驚愕に染まる。


 何が起きたのか、理解が追いついていないといった表情だ。


 一瞬で背後を取られ、あからさまに混乱している。その時点でたいした使い手じゃないのはよく分かったが、ルナは言葉どおりに容赦をしなかった。


 ダブルの柄頭で、首すじを強く叩いて眠らせる。少し荒っぽいやり方だが、この一撃で昏倒すれば偽の眷属だと判明する。


 ルナは罪悪感を押し殺すように、無心で男の首すじ目掛けて不意の一撃を叩き落とした。


 が。


 数秒後、彼女は生まれて初めての体験をする。


 それは鮮烈かつ強烈な、最悪極まる初体験だった。

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