第5話 世界創造 ④


「やだやだーっ! 父さまとチロとずっとここにいるーっ!!」


「わがまま言うなよ、ナミ。父上を困らせるな。オレたちの役目は――」


「役目なんて知らないーっ! 下界になんて降りたくないーっ!!」


 困った。


 この反応は想定外だった。


 あれから五年が経ち、ナギとナミは十歳になった。


 俺は満を持して、二人に下界へ降りるよう命じた。


 が、ここでまさかの事態が起きる。ナミが、このままここにいたいと駄々をコネ出したのだ。


 下界に降りて、新たな生命体を作り出すのが彼女たちの役目。そういうふうに作ったはずだった。だから、こんな反応をされるなんて思いも寄らなかった。


 俺は、困り顔でチロを見やった。


「役目の拒否はありえないはずなんだけど……。うーん、情が移っちゃったのかなぁー」


「情が移ったって……。いや確かに、俺もちょっと情移っちゃってるけど……」


 別れがつらくならないように、一定の距離感を持って接していたつもりだが――まあでも、さすがに同じ屋根の下で十年も暮らせば情は移る。


 割り切っていた俺でさえ、淋しいという感情がわいてしまっているのだ。強烈無比な使命を植えつけられた状態で生まれてきたとはいえ、ある日突然、育った家を出て行けと言われたら、こういう反応になって当たり前なのかもしれない。が、だからといって、ここに残すわけにはいかないのだが。


 と。


「あと二、三年、育ててみる? なんか、オイラも二人に情がわいちゃったし」


 チロが、無責任にそんなことを言ってくる。


 俺は断固として彼の提案を突っぱねた。


「いやダメだ。そんなことしたら、余計に情がわいちまうだろ。もう別れられなくなるぞ? このタイミングを逃したら、たぶんもう二人とは離れられない」


 自信を持ってそれは言える。延ばせば延ばすほど別れはつらくなる。


 俺は心を鬼にして、泣きじゃくるナミに言った。


「おまえの役目は下界に降りて、新たな生命体を造り出すことだ。そのために、おまえは俺によって生み出された。おまえにもそれは分かってるはずだ」


「うぅ……分かってるけど、父さまたちと離れたくないよーっ」


「ダメだ。俺の命令は絶対だ。おまえは今からナギと一緒に下界に降りる。そして自らに課せられた使命を果たすんだ。分かったら、涙を拭いて前に進め」


 そう言って、俺はナミの背中をポンと押した。


 彼女はそのまま、二、三歩前に進むと、やがて淋しそうな顔をしてこちらを振り向き、


「……父さま、チロ、いつかアタシたちに会いにきてくれる……?」


「……ああ、行くよ。必ず行く。いつか必ず、俺はおまえたちに会いに下界に降りる」


「オイラも、トーマと一緒に二人に会いに行くよ」


「……ホントに?」


「ああ、約束だ。だからナミ、おまえもおまえの役目を立派に果たせ」


「うん、分かった! アタシ、役目を立派に果たす! だから父さま、ぜったいぜったい会いに来てね!」


 俺は無言で頷いた。


 納得したらしいナミが、そうして大仰に両手を振りながら視界の外へと離れていく。


 俺は、残ったナギに視線を向けた。


「ナギ、おまえにも会いに行くよ。だから――」


「分かってます。オレはナミとは違う。次に会ったときに、父上に良い報告ができるよう、父上の期待以上の成果をあげてみせます。だから――」


 と、そこでわざとらしく一拍ためると、ナギはニッコリ笑って続きの言葉を放った。


「だから、必ず会いに来てくださいね。オレ、ずっとずっと楽しみに待ってますから」


「……ああ」


 短く応えて、ナギの後ろ姿を見送る。彼はナミと違って、一度も振り返らずに勢いよく走り去っていった。


 俺は、深く長い息を静かになった室内にゆっくりと落とした。


「淋しくなっちゃったね」


「…………」


「トーマ、子離れする親の気持ちが少し分かったんじゃない?」


「……どうかな」


 分からない。


 分かったのかどうか、が分からない。


 便宜上、子供のように育てはしたが、心の中では距離を置いていた。いずれ別れなければならない存在だと理解していたから、深く踏み込むことはしなかった。

 

 しなかった、はずなのだが……。


「トーマ、目に汗が入ってるよ」


「……またおまえと二人っきりになっちまったからな。そりゃ、目から汗もわき出るよ」


 騒々しかった十年があっという間に過ぎ去り、静かな年月が再び流れ始める。

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