廃ゲーマー転生 ~迷宮出身の生物を支配するダンジョンマスター、蘇生魔法で産地偽装の魔王軍を組織する~
一ノ瀬るちあ🎨
第1話
運命は勇者に微笑む。
とは、限らない。
人を守るために戦い死んだ勇者がいる。
愛する人のために命を散らした勇者がいる。
勇者に限って死はあっけなく訪れる。
破滅の未来を回避するたった一つの策は、あらゆる理不尽をねじ伏せる圧倒的な力を手にすること。
「ガーゴイルにハーピィ、果てはドラゴン。まさか、この迷宮の支配者は……魔王?」
地下迷宮に、ダンジョン攻略を試みる冒険者がやってきていた。
彼女の予想通り、あらゆる魔物を統べる迷宮の主はまさしく魔物の王――などではなく、
(どわぁぁぁっ⁉ こいつ、本気で俺を殺しに来てるじゃん! 頑張れ魔物たち!)
回復魔法しか取り柄の無い、雑魚キャラだった。
◇ ◇ ◇
34歳俺氏、一念発起し会社を退職。
ゲーム配信一本で食っていくことを決意する。
今日の配信タイトルは異世界ファンタジーRPG『アビスアルケミー』。
迷宮を探索し、集めた素材で工房経営するタイプの、俺が人生で一番やりこんだ、戦術シミュレーションRPGである。
場面はダンジョンで魔物と戦闘中。
出現率の低い代わりに経験値が多い魔物――合金スライムをやっとの思いで倒したところだった。
『ワルファリンは蘇生魔法を唱えた』
『合金スライムが復活した』
『合金スライムは逃げ出した』
「ど゛う゛し゛て゛だ゛よ゛ぉ゛ぉ゛!゛!゛」
このゲームには、倒した魔物が復活すると、倒した判定がなくなる仕様がある。
その上、こんな風に逃げられてしまうと、戦闘終了後に経験値が入らない。
今回の戦闘は、俺の人生そのものだ。
俺にはチャンスをつかむ才能が絶望的に無い。
配信サイトのプラットフォームに表示される数字が、1から0に切り替わった。
数字が意味するものは同時接続数。
つまりこの瞬間、俺の配信を見ている人間はこの世に誰一人いなくなったことになる。
俺はいつもそうだ。
関心を向けてくれた視聴者一人繋ぎ止められない。
あなたの人生の主人公はあなた、なんて言葉を最近聞いた。
ふざけるな。
そんなのは、チャレンジ精神に成功が伴った思い上がり野郎の言い草だ。
「……もう、潮時かもな」
挑戦しなければ何も変わらず臆病者と罵られ、挑戦すれば失敗して無謀者と笑われる俺みたいな人間が、どうして主人公になれるだろう。
もし俺の人生が映画やドラマなら、いつまでも始まらない本編にぼろくそ言い放ち、視聴をやめて二度と見ない。
誰もみない物語なら、そろそろ終止符を打つべきかもしれない。
誰もいない世界に向かってしゃべり続けるというのは、結構精神にくる。
思考はどんどん悪い方へと転がっていく。だが、
『人生はクソゲー、と思っているキミだけに、特別な提案なのサ!』
思考は突然停止した。
吸血鬼の見た目をしたゲーム内の敵キャラ、ワルファリンがメッセージウィンドウ越しに話しかけてきたからだ。
「なんだ、これ」
俺が異世界ファンタジーRPG『アビスアルケミー』を初めて遊んだのは十年以上前のことだ。
当時からやりこみゲーの名をほしいままにしていたこの作品は隠し要素が多く、数多のプレイヤーが廃人となりながら攻略サイトの完成に心血を注いだ。
かくいう俺も、その廃人どもの一人だ。
ただ一点異なったのは、ほかの有志が時間の経過とともに別ゲーの攻略に離れていく中、俺だけがいつまでもこの作品に執着したことだ。
もはやこの物語に知らないことはないと自負していた。
だが、ゲーム中のキャラが戦闘中に話しかけてくるなんて話、聞いたことが無い。
「すっげえ、新発見か? これが話題になれば、もしかしてチャンネル登録者数も跳ね上がるんじゃ……」
希望の光を確かに見た。
またとないチャンスが目の前にぶら下がっていると確信した。
その予感を裏切って――プラットフォームは俺をあざ笑う。
「配信画面がフリーズしてる⁉ おま、ふざけんなよ!」
いつもそうだ。
チャンスが到来すると同時に、それを不意にするアクシデントに見舞われる。
『ふざけてないよ。ボクは大まじめサ』
「は?」
配信プラットフォームが再稼働するまで送らずに放置を決め込んだメッセージウィンドウが、強制的に先へ進む。
『キミもそうだろう? 本気で人生を変えたいと思っている。だけど世界はクソゲーで、挑戦したって成功が期待できない。だから全部をリセットしたいと思っている』
吸血鬼のワルファリンは、その赤い瞳を爛々と輝かせて俺に問いかける。
「なんなんだよ、お前」
この作品に音声入力機能は搭載されていない。
まして登場人物との対話となればなおさらだ。
しかし、そんな常識を破り捨て、深紅の瞳の吸血鬼は俺の言葉に反応を返す。
『ボクはワルファリン。回復魔法に特化した吸血鬼サ。ところで、キミは?』
言葉に困った。
だって俺は何者でもない。
何者にも成れていない。
「嫌なこと、聞くなぁ」
『いまのキミにとってはね。だけど、考えてみてほしいのサ。キミがこの世界の知識を持ったまま、この世界で新しく人生を歩みなおせるとしたら?』
突飛な話だが、もしもを想像し、期待を膨らませる。
「ああ、それなら……勇者にだって魔王にだってなってみせるよ」
そんなことが可能ならば、という絶対に成立しない条件が前提だけどなという皮肉をたっぷりと込めて言い放った。
だけど、そんな皮肉をあざ笑い、前提条件はあっさりとひっくり返った。
『その通りなのサ! キミは何者にだって成れる!』
画面の向こうでワルファリンが呪文を唱えると、淡く青く光るルーンのような紋章が無数に飛び出した。
グリッチノイズがほとばしる。
刹那、画面という此方と彼方を隔てる境界面が崩れ去り、夥しい紋章が現実世界を侵食する。
『だから、蘇らせてあげるよ! ボクのとっておきで、キミの無限の可能性をボクたちの世界に!』
部屋中に砂嵐のようなノイズが走る中、数えきれないほどの紋章の一つが手の甲に触れた。
触れた場所から肉体がデジタルフレームのようなパーティクルとなって崩れ落ちていく。
「なんだよ、これ!」
飛び交う紋章の間隙を縫って、部屋の扉まで駆けた。
しかしドアは、まるではめ殺しの鉄格子と錯覚するほど固く閉ざされ、びくりとも動かない。
だからとっさに、コンセントからゲームハード機に給電しているプラグを引っこ抜いた。
ずいぶん昔の旧世代機だ。充電機能なんてない。
それなのに、給電をやめてなお、画面の向こうからは変わらず無数の紋章があふれ出している。
ぐらりと体勢を崩して、俺の体から足が消えていることに気付いた。
いつのまにか紋章に蝕まれて、デジタルデータに変換されていしまっている。
紋章が耳をかすった。
ただのメッセージウィンドウだったワルファリンのセリフが、聴覚器官を通じて脳内に信号を送る。
『おいでよ、ボクたちの世界に!』
◇ ◇ ◇
酷い夢を見た。
触れれば肉体が崩壊する魔術的な文字に襲われて、視界が真っ青になる夢だ。
いやしかし、夢でよかった。
あれが現実だったら、いったいどうしたものか。
「……ん?」
目に映る世界があまりにも非現実的だったので、俺は疲れ目を疑った。
俺の記憶が正しければ、目が覚めたら自室にいるはずなのに、この両目が映すのは見知らぬ迷宮のような場所。
(なんだ、いまの声)
自分の配信を見返したことがあるからわかる。
俺の声質はもっと喉が締まっていて、聞き取りづらい。
翻って、響いたのは透き通るような美声。
というか、どこかで聞き覚えがある声のような。
視界の端に、自分の腕が映った。
その血色の悪い腕を見た瞬間、すべてがつながった。
あれは、夢ではなかったのかもしれない。
「これって、もしかして……」
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