天空のデート

「あたしが岸寄きしよりにけなんてわなければ……」

 夏休なつやすけの通学電車つうがくでんしゃ陽毬ひまりはあれからずっと自分じぶんめている。


めていこうってったのはデンさんなんだし、だれ陽毬ひまりのせいだなんて思ってないよ」

「でも『韋駄天いだてん』があんなことになって……」

「デンさんもってたじゃん。水深すいしん考慮こうりょしてくかどうかめるのは、スキッパー(艇長ていちょう)たる自分じぶん責任せきにんだって」

「うん……ありがとう。『韋駄天いだてん』、なおるかなあ?」


        * * *


 マリーナまでられていった『韋駄天いだてん』はすぐにクレーンでげられて、ダメージの確認かくにんがされた。船底せんていなかからながいってんメートル以上いじょうありそうなキールが地面じめんかってびている。イルカを仰向あおむけにひっくりかえして、びれをながばしたかんじだ。


 予想通よそうどおりキールの前側まえがわに、わかるほどのヒビがはいっている。くわえて、キール自体じたい前縁ぜんえんすこ変形へんけいしている。


「こいつは本格的ほんかくてき修理しゅうり必要ひつようですね」

 マリーナの支配人しはいにん船台せんだいうえの『韋駄天いだてん』を見上みあげてった。

「いま修理しゅうりたのんだら、どれくらいかる?」

 デンさんがく。

「カネ? 時間じかん?」

「カネもになるが、まずは時間じかんだ」

順番待じゅんばんまちなんで……半年はんとし以上いじょうですね」

「そうか……レースにはわないか」

「そんな……あたしのせいで……」

 きながら陽毬ひまりう。

陽毬ひまりちゃんのせいじゃないよ。にしないで」

 ランさんはどんなときでもやさしい。

陽毬ひまり大丈夫だいじょうぶだ。心当こころあたりがいでもない」

 デンさんは陽毬ひまりあたまでながらうなずいた。


        * * *


いまはデンさんにまかせるしかないよ」

「ごめんね、陸斗りくと

なにが?」

「これでレースにられなくなったら……」

陽毬ひまりあやまることじゃないよ」


 しばしの沈黙ちんもく


かった。もうわない。デンさんをしんじる」

 そうって陽毬ひまり笑顔えがおつくった。でも、ぎこちない。あきらかに無理むりしてる。ぼくなんとかしてあげようなんて自惚うぬぼれかもしれないけど、陽毬ひまりのためになにかしたいとおもった。


今度こんど土曜日どようびヒマ?」

「えっ?」

「もしかったら……その……どこかかない?」

 陽毬ひまり笑顔えがおやわらかくなった。

「デートにさそってくれるの?」

「えっ! そ、そんなんじゃなくて……」

「うん、予定よていはないよ。どこにく?」

「ええと……」

 こういうときビシッとめられないと幻滅げんめつされちゃうかもしれない。

映画えいが……とか?」

 わあ、全然ぜんぜんビシッとしてない。

映画えいがもいいけど、きたいところがあるの」

「どこ?」

「こども気象博物館きしょうはくぶつかん気象きしょうのことをやさしくまなべるようにって、気象会社きしょうがいしゃつくった博物館はくぶつかんなんだって」

気象きしょう興味きょうみあるの?」

興味きょうみあるってほどじゃないけど、すこしは仕組しくみをっておきたいなって。デンさんに予測よそく根拠こんきょかれてこたえられなかったから」

「いいね、そこにしよう。でも、ちいさな子供こどもむけけだったりはしないの?」

「うん。小中学生しょうちゅうがくせいむききだって」


 陽毬ひまりりるえきいた。陽毬ひまり小指こゆびてたこぶししてきた。ぼくすこ戸惑とまどったったけど、自分じぶん小指こゆび陽毬ひまり小指こゆびからめた。


指切ゆびきりげんまん、うそついたら針千本はりせんぼんおます。指切ゆびきった!」

 小指こゆびりほどいた陽毬ひまりは、ちょうどひらいたドアから車外しゃがいしていった。


        * * *


 土曜日どようび。いつもとおなじようにえきわせ。一五分じゅうごふんはやえきいてしまった。改札かいさつけてプラットフォームにた。いつもの乗車位置じょうしゃいちには陽毬ひまりがもうっていた。


陸斗りくと、おはよう!」

「ごめん、った?」

「あたしがはやぎただけだから」

「どれくらいった?」

「ううん、ちょっとずかしいな」

「なんで?」

「あんまりうれしくって、三〇分さんじゅっぷんまえちゃった」

「そんなに博物館はくぶつかんきたかったんだ?」

「えっ? 博物館はくぶつかん? そうそう、博物館はくぶつかんくのがたのしみで」

 陽毬ひまり、ごめん。ぼくとのデートがたのしみだったのかってきたかったけど、ヘタれちゃったんだ。もしちがうってわれたらまずぎる。でも、心配しんぱいすることなかったかな? それってやっぱり自惚うぬぼれ? まあ、いいや。いまはこうして一緒いっしょかけられるだけで満足まんぞく


        * * *


 ターミナルえき地下鉄ちかてつえ、博物館はくぶつかんいた。入口いりぐちには太陽電池たいようでんちパネルをひろげた人工衛星じんこうえいせい手足てあしえたマスコットキャラクターがっている。

「コスモスちゃんだって。微妙びみょうだね」

 ふだ説明せつめいんだ陽毬ひまりこまったようなかおいた。結構けっこう本物ほんものっぽくつくった人工衛星じんこうえいせいに、ゆるキャラっぽい手足てあしいてるもんだから、陽毬ひまりとお微妙びみょうとしかいようがない。


 コスモスちゃんのわき入口いりぐちはいり、チケットをう。一人ひとり二〇〇円にひゃくえん


 なか気象観測きしょうかんそく歴史れきし辿たどるコーナーと、気象現象きしょうげんしょう仕組しくみをまなべるコーナーにかれていた。

 気象観測きしょうかんそく歴史れきしコーナーにはいろいろな観測機器かんそくききならんでいる。

陸斗りくと! て! 雨量うりょうってこんなシーソーみたいのではかるんだって!」

 機械きかいから機械きかいおおはしゃぎでまわ陽毬ひまり無理むりしてあかるくってるんじゃないかと心配しんぱいもしたけど、そんなことはなさそうだ。デートというより、むすめれてきたおとうさんの気分きぶんだ。


 気象現象きしょうげんしょう説明せつめいコーナーには、高気圧こうきあつ低気圧ていきあつとはなにかというような基礎知識きそちしきや、なぜ前線ぜんせんあめるのかみたいな疑問ぎもんへのこたえが、パネル展示てんじ映像えいぞう展示てんじ模型もけい展示てんじわかりやすく説明せつめいされている。

 陽毬ひまりっただけで、気象きしょう興味きょうみがあったわけじゃないのに、夢中むちゅうになってしまった。ることって、勉強べんきょうすることって、こんなに面白おもしろいことだったんだ。公式こうしき解法かいほう丸暗記まるあんきするだけの授業じゅぎょうばかりでわすれてた。そうなんだ。小学校しょうがっこうまでは、かんがえれば問題もんだいけた。基本きほんだけおぼえればなんとかなった。でも中学校ちゅうがっこうでは通用つうようしなかった。なんでだろうって疑問ぎもんおもひまがあったら、一問いもんでもおお問題もんだいけってわれる。うんざりする。


陸斗りくと! 海風うみかぜ陸風りくかぜ説明せつめいもあるよ!」

 あさりくからうみかぜいて、午後ごごにはうみからりくかぜく。ヨットりなら実感じっかんともな常識じょうしきだけど、理由りゆうなんてかんがえたことなかった。ぼく陽毬ひまりひたいわせてパネルの説明せつめいんだ。

「わあ、そういうことだったんだね。これから陸風りくかぜわるかも」


 博物館はくぶつかん全部ぜんぶまわるのに午前中ごぜんちゅういっぱいかかってしまった。そんなにおおきな博物館はくぶつかんじゃなかったけど、二人ふたり隅々すみすみまでじっくりあるいたから、おもったよりずっと時間じかんかってしまった。でもそれだけのことはあったとおもう。ならんで博物館はくぶつかんたとき、陽毬ひまり満足まんぞくそうなかおしてた。


 ひるは、博物館はくぶつかんちかくのパスタはいった。もちろん事前じぜんにリサーチした結果けっかのチョイスだ。すこたかかったけど、とても美味おいししかった。陽毬ひまりよろこんでくれた。カッコけて全部ぜんぶはらおうとしたら、脇腹わきばらおもりつねられた。


 二人ふたりならんで商店街しょうてんがいをブラブラし、クレープなんてれないものをべさせられたりしてるうちに、三時さんじぎた。とくなにをしてるわけでもないのに、時間じかんつのがはやい。

 ぼくらはたときとぎゃくにターミナルえき地下鉄ちかてつからいつもの電車でんしゃえて、最寄もよえきもどった。小学校しょうがっこうまえまで一緒いっしょあるいてきた。ここでおわかれだ。


陸斗りくと今日きょうはありがとう。あたしのこと、元気げんきづけようとしてくれたんでしょ?」

「うん、まあ……」

「おかげで元気げんきたよ」

かった」

「うん。さよなら」

「さよなら」

 けてあるした陽毬ひまりだったけど、すぐにまっていた。


「デートなんてはじめてだったけど、たのしいね。またさそってね」

 それだけうと陽毬ひまりきゅうしてかどがってってしまった。

 今日きょう一日いちにち、ずっとフワフワしてくもうえあるいてる気分きぶんだったけど、いまぼくはげしい上昇気流じょうしょうきりゅうって、どこまでものぼっていってしまいそうだよ。

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