風を読まなきゃレースには勝てない

 ぼくのクルーワークは自分じぶんうのもなんだけど、かなり上達じょうたつしたとおもう。小浪こなみさん、馬頭ばとうさんがフォローしてくれるおかげもあるけど、スピンのろしが原因げんいん致命的ちめいてきおくれることはないだろう。


 船底せんてい掃除そうじして、セイルをあたらしくして、バウマンもなんとかかたちになった。フネの軽量化けいりょうかのため酒瓶さかびんろすことには小浪こなみさんが最後さいごまで抵抗ていこうしてたんだけど、夏季合宿中かきがっしゅくちゅうにほとんど小浪こなみさんがんでしまったので、結果的けっかてき目的もくてきたせた。


 打倒だとう黒魔術くろまじゅつけた課題かだいすべてクリアしたとおもったんだけど、湘南しょうなんのレースで認識にんしきした課題かだいおもくのしかかってきた。


「デンさん、あっちの海面かいめんのほうがいてたね」

 スピンのろしを三回さんかいかえして一休ひとやすみしようとしたとき、馬頭ばとうさんが小浪こなみさんにはなしかけた。

「ああ、失敗しっぱいだったな。黒魔術くろまじゅつならあっちにっただろうな」

小浪こなみさんたちでもからないんですか?」


 おなうみうえでも場所ばしょによって、かぜかた結構けっこうちがう。ヨットのレースで参加艇さんかてい海面かいめんらばってはしるのは、それぞれつよかぜくと予想よそうした場所ばしょ目指めざすからなんだ。このかぜみがレースの結果けっかおおきく左右さゆうする。

 とくにこの海域かいいきは、波子湾なみこわんなかみさきさき佐之島さのしまがあって、おまけにひくやま海岸かいがんせまっているから、地形ちけい影響えいきょうけて複雑ふくざつかぜく。


「ここへうつってきてからはあまりフネしてないからな」

「そうだね。半年はんとし一回いっかい、レースにるのがメインで、そのほかにはねん何回なんかいかってとこか」

「やっぱりとしったよな」

「あんまりここでってないから、どんなかぜくかめないんですね」

「そういうことだ」

「でも『黒魔術くろまじゅつ』には気象情報きしょうじょうほう気象予報士きしょうよほうしいてるんだよね? ぼくらよりずっと正確せいかくかぜんでくるとおもったほうがいい」

湘南しょうなんでも、ほかのフネが予測よそくできなかったかぜつかまえてました」

「このところ毎日まいにちのようにってるから、すこしはかぜえるようになってきたとはってもな」

黒魔術くろまじゅつにはとてもかなわないだろうね。あきかぜなつとまたちがうだろうし」

ぼくらも気象情報きしょうじょうほうって、予報士よほうしせたら……」

「そんなカネはい!」

 小浪こなみさんが力強ちからづよった。いや、そんなドヤがおしてことじゃないから。


        * * *


あつなか毎日まいにち練習れんしゅうなんて大変たいへんだね。熱中症ねっちゅうしょうをつけてね」


 たまたま小浪こなみさんも馬頭ばとうさんも用事ようじいえかえり、韋駄天いだてんぼく一人ひとりのこったよるのこと。ぼく阿久津あくつさんに電話でんわした。


うみちゃえば、そんなでもないんだけど。マリーナにもどってりくがるとたまんないね」

「でもそれだけ頑張がんばってるなら、ずいぶん上手うまくなったんじゃない?」

自分じぶんうのもなんだけど、結構けっこういいせんいってるとおもうよ」

「『黒魔術くろまじゅつ』につのもゆめじゃないね」

 電話でんわこうで阿久津あくつさんのこえうわずってる。

「それが……」

問題もんだいがあるの?」

「そもそも『黒魔術くろまじゅつ』とじゃがありぎるんだけど、はしるだけなら修正しゅうせいタイムでなんとかなるかもってくらいにはなったとおもうんだ」

「だったら……」

「でも、かぜちからがね……小浪こなみさんも馬頭ばとうさんも、ここであんまりってないから、風読かぜよみに自信ししんいんだって。このあいだも、島側しまがわったほうが正解せいかいのときに、おきかぜげられたりしたんだよね。『黒魔術くろまじゅつ』は気象会社きしょうがいしゃから特別とくべつ情報じょうほうってて、おまけに気象予報士きしょうよほうしまでせてるから」

午前中ごぜんちゅう北風きたみかぜいてて、おひるから南東なんとうわったときでしょ?」

「えっ? そうだけど……」

「そういうときはみさきおかろしたかぜしま側面そくめんまわんでくんだよ」

阿久津あくつさん、なんでそんなにくわしいの?」

「お祖父じいちゃんはずっと佐之島さのしまちかくにんでるの。おとうさんが海外赴任かいがいふにんでいないあいだ、あたしとおかあさんはお祖父じいちゃんと一緒いっしょんでたんだ。小四しょうよんまで」

五年生ごねんせいから転校てんこうしてきたの? らなかった」

「うん。それで毎日まいにち祖父じいちゃんとうみてたから、佐之島さのしまかぜならだいたいかるよ」

阿久津あくつさん!」

「きゃっ! きゅうおおきなこえして、どうしたの?」

明日あしたひま?」

「テニス合宿がっしゅくわったし、予定よていいけど」

「だったら明日あしたて!」

「えっ? 佐之島さのしまに?」

「そう! 駄目だめかな?」

駄目だめじゃないけど……」

ってるから。おねがい!」

「うん、かった。何時頃なんじころ?」

一〇時じゅうじは?」

「いいよ。一〇時じゅうじね」


        * * *


 翌朝よくあさはやくにもどってきた小浪こなみさんと馬頭ばとうさんに、阿久津あくつさんをんだことをつたえた。

陽毬ひまりか……ずっとここのうみそだっただからな……」


 たかくなってきて、そろそろりくにいるのはつらいなとおもはじめたころ阿久津あくつさんが到着とうちゃくした。


「デンさん、アラさん、おはようございます」

「おお、よく来たな。陸斗りくとからいた。すぐにフネをす。さきっててくれ」

 小浪こなみさんにわれて阿久津あくつさんがれた様子ようす韋駄天いだてんんだ。

「ひょっとして阿久津あくつさんてヨットによくってるの?」

全然ぜんぜんちいさいころからお祖父じいちゃんとマリーナにてたから、ヨットで御馳走ごちそうになったりすることが結構けっこうあって。りだけは上手じょうずになったよ」

ぼく毎晩まいばんべきれないほど……」

「あの二人ふたりいえじゃよろこんでもらえないから、ここで御馳走ごちそうしまくるんだよね」

むかしからなんだ」

「うん」

「こら陸斗りくとおんなとイチャついてるひまあったら出航準備しゅっこうじゅんびしろ」

「アイアイサー!」


        * * *


 いつものように『韋駄天いだてん』はマリーナの堤防ていぼうそとる。でも今日きょうなんだかちがう。わかってるよ。阿久津あくつさんがってるからさ。それだけでウキウキする。キャビンの入口いりぐちって天井てんじょうのハッチからあたまだけしてる阿久津あくつさんのながかみかぜになびいてとても綺麗きれいだ。


 メインセイル、ジブセイルをげ、エンジンをめる。なみかぜおとしかしなくなる。


「さて陽毬ひまり今日きょうかぜおしえてくれ」

 コックピットで小浪こなみさんが阿久津あくつさんの背中せなかかってく。

「しばらくは海風うみかぜのこります。でもお昼頃ひるごろからひがしわります。みさきさきたったかぜまわるので、あのへん海面かいめんくはずです」

太平洋たいへいようにいる高気圧こうきあつ影響えいきょうか?」

理由りゆうかりません」

経験則けいけんそくってやつだな」

 小浪こなみさんは納得なっとくしたようにうなずいた。


 それから小一時間こいちじかんは、海風うみかぜけるようにしまおき練習れんしゅうした。昼少ひるすこまえに、阿久津あくつさんの指定していする海面かいめん移動いどうした。すぐにつよかぜいてきた。阿久津あくつさんの予想よそうどおりだ。


「たいしたもんだな」

 小浪こなみさんが感心かんしんしてる。馬頭ばとうさんも小浪こなみさんの言葉ことばうなずいてる。もちろんぼくだって。


 そのあと阿久津あくつさんの指示しじしたがって海面かいめん移動いどうした。かなりの確率かくりつかぜつかまえることができた。


        * * *


 練習れんしゅうえて桟橋さんばしもどると、小浪こなみさんがウェストバッグから携帯電話けいたいでんわした。なにやら操作そうさしたあと携帯電話けいたいでんわ自分じぶんみみてた。

美樹みきか? 小浪こなみだ」

 それをいて阿久津あくつさんがすこおどろいたかおをした。ぼく怪訝けげんそうに阿久津あくつさんのかおると、「おかあさん」と阿久津あくつさんが小声こごえこたえた。

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