3
三日目、私はやっぱり路頭に迷っていた。昨夜の意気込みは何だったのか。そう思うくらい、露骨にテンションが下がっていた。
だって、もう手の打ちようがありません。
街のドワーフは全て一人残らず確認済み。もちろん、ドワーフ族以外が営む武具店や鍛冶屋も網羅した。それでも、やっぱりロムガさんは見つからない。
あてもなく街をふらつき、いつの間にか人気のない場所まで来てしまった。街の南、貧民街の奥だ。
喧騒的な中心部と打って変わって、静寂が辺りを漂う。
「こんな場所にいるはずもありませんね。ナー、引き返しま――」
気配のない広間の木陰から、何者かが私をじっと見つめていた。
「ナァー?」
私が声を発するよりも先に、ナーが不思議そうに鳴く。
小柄な少女だった。私の胸元程の伸長で、暗灰色の肌。フード越しの頭の先を二つのコブがツンと伺える。アーモンドのような大きなくりっとした瞳も相まって、やたらと猫っぽい。
私、猫に好かれるタイプだったっけ?
「あなた、そんなところでどうしたの? 獣人族の方かしら」
貧民街の孤児だろうか……。それにしては身綺麗だし、着ている服もそれなりに値が付きそうなものだ。
やっぱり、じっと私を見つめてくる。
そして、ゆっくりと私に歩み寄る。しっかりとした足取りに、情けなくも少しだけ嫉妬してしまう。
「……パンダ」
「えっ……」
突然、少女が喋った。彼女の発した言葉を私は聞き間違えてしまったに違いない。
「すみません。聞き逃してしまいました。もう一度、よろしいですか?」
少女はゆっくりと口を開く。
「パンダ」
「ぱん……だ?」
聞き間違いじゃなかった。しっかり、〝パンダ〟と言っていた。
パンダって、あのパンダのことだろうか。リンリンだとか、シャンシャンだとか。そう、あれのことだ。
「それがあなたのお名前?」
少女がこくっと頷く。偶然なんだろうか……。
パンダ……。パンダねぇ……。まっ、たったの三文字ですし、そういうこともあるでしょう。
「それでパンダさんは私に何かご用ですか?」
「用……は無い」
「そ、そうですか……」
不思議な人もいるものだ。いや、獣人族なら人ではないのだろう。
不意に、ぱさっと彼女がフードを取る。その中に隠れていたものを見て、私は吃驚した。
「ツ……ツノ!?」
耳だと思っていた二つのコブは、小さな白い角だった。思わず身体を大きく逸らす。こういう時、自由に脚が動かないというのは不便だ。
実物を見たことが無くてもわかる。紛れもない、魔族だ。
「ナー! 下がってください!」
じっと動かない少女から、すぐに距離を取ってもらう。心臓が痛いくらい跳ねていた。
魔族とは、人類や亜人種の共通の敵。魔王の下で人々を蹂躙する畏怖すべき対象。
そんな魔族が、どうしてこんなところに!? とにかく、早く衛兵さんに伝えなくては……。
「ナー、引き返してください!」
しかし、ナーは動かない。どうしたというのだろうか。
私は自分の脚で走れない以上、ナーに頑張ってもらうことしか出来ないというのに。
突然、魔族の少女が袖から何かを取り出す。丸い、林檎のような果実だった。ただし、その色は鮮やかな紫色で、どう見ても食べてよさそうに思えない。絶対、毒があるタイプの果実だ。
その果実を少女は一口喰らう。皮が裂け、果肉が姿を見せるも、やっぱり不気味な黒紫色。
怪しげな果物を無言で食べ続ける少女。その瞳はずっと私から離れることはない。一体、どういう状況なのだろうか。ナーは依然として動こうとしないし。
私は腹を括ることにした。大きく深呼吸をし、少女と目を合わせる。
「それ、美味しいですか?」
もう対話するしか術がない。
私の言葉に、少女が力強く首を振る。
「すっごく、まずい……!」
そんな堂々と言うことだろうか。
「そ、そうですか……。見たことのない果物だったので、気になってしまいまして」
「ウルの実。信じられないくらい、まずい」
やたら美味しくないことを力説するな、このパンダさんは。さぞ、酷い味わいなのだろう。それほどに血走った目が物語っている。
「それほどとは逆に気になりますね」
少女は猫のような瞳をぱちりと瞬く。
「……今はあげることは出来ない。においだけだったら、いいよ」
存外、魔族とも会話って出来るものですね。もっと、出会った瞬間食い殺されるものだと思っていました。本にもそう書いてありましたし。
「では、失礼して……って、くっさ……」
おっと、思わず汚い言葉が。いけません、いけません。この可憐な容姿に相応しい言葉遣いでないと。
少女は嬉しそうに頷いていた。なぜだろう……。
「私、もう行く」
少女はくるっと踵を返す。
「えっ、どこに……」
返事をすることもなく、少女はさらに人気のない街の奥へと姿を消してしまった。
「不思議な人でしたね……。人じゃないですけど」
「ナァー?」
衛兵さんに報告したほうが良いのでしょうか。
しかし、あのパンダと名乗った魔族の少女からは、悪意の欠片も感じられなかった。だから、すごく戸惑う。
結局、すごく悩んで、私はこの一連を無かったことにした。だって、もし悪くない魔族がいたなら、それでいいではないですか。
あと、どうせ衛兵に伝えれば事情聴取やら何やらで、少ない時間をさらに削ることになる。それだけは避けたかった。
「ナァー! ンナァー!」
私よりも嗅覚の良いナーには、ムムの実の臭いは余計にきつかったのだろう。空いた片手で鼻をごしごしと擦っている。
「ふふっ、本当に酷い臭いでしたね。……におい?」
瞬間、私は閃いた。ぽこっと底から湧いた気泡が、徐々に数を増していく。仮説の域を出ないものの、ちりばめられた違和感が一つにまとまっていった。
もしかして……。
私の予測が正しければ、そりゃ、どれだけ探しても見つからないはずだ。
「ナー、行きましょう。当てが付きました」
タリスさんは知っていたのだろうか。だとすれば、やっぱりあの人は少し性格が悪いのかもしれない。
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