第一話 アンノウン・ケース


「なぁ、まだか…?」

『回復の泉にご案内します!ついて来てください!』

「……はぁ」


 もう、このやりとりは何度目だろう。

 迷宮のダンジョンに長時間潜り、パーティーメンバーを振り返る。

 暗い洞窟の中、松明の頼りない灯りでも伝わる疲労感。

こんな筈じゃなかった。武器の素材を取りに来ただけだったのに。


 

 うっかり地図を無くしてしまい、迷宮に迷ってモンスターにジリジリと体力を削られてしまっている。

 パーティーメンバーは魔力を使い果たした魔法使い、霊力が無くなってしまった回復役の僧侶、そして体力がほとんどなくなった剣士の俺。三人ともリアルでは知り合いではなく、ゲーム内での知り合いだった。

  

 迷宮の仕組みは厄介で、一度内部から出て仕舞えばスタート地点からやり直し。地図を無くしたのに奥まで来たのが悪かったんだよな、多分。

 

 『運の尽き、出直すか』と相談していたところ、突然NPCが現れた。

 NPCの名は『案内人』。フード付きパーカー、スキニーパンツ、頭にはキャップをかぶっている。アップデート前は小人みたいな服装だったのに…ファンタジー要素が薄れてやけにリアルな見た目になっていた。ちなみに全身真っ黒だ。

 

 こいつは神出鬼没だが『全回復の泉』に案内してくれるお助けキャラ。


 せっかくだし回復して、ギリギリまでやってみようと意気込んだが…いつまで経っても回復の泉に辿り着かない。NPC故にお決まりのセリフしか吐かない案内人へのイライラが募る。



 

「ねぇ、これってバグじゃない?案内人がここまで泉から離れているのは、おかしいわ」

「たしかにぃ。ボクは戦略的撤退を提案するよ…リアルの時間ヤバいし」



 二人の提案は最もだ。俺だってゲームの中では戦士だが、リアルの世界では普通の会社員。それがなければこうしてVRゲームで遊ぶ事も出来なくなる。


 


「回復の泉に到着です!お疲れ様でした!」


 お決まりのセリフを吐いたNPCがにこやかに笑い、石室の中を指さす。

 あぁ、やっとついたのか。


「折角だから回復していこう。回復したらログアウトして、明日また来よう」


 


 二人に声をかけて石室に足を踏み入れる。ひたり、と冷たい石の部屋に足音が響いた。

 部屋の中央にほんのり水色の光。噴水のように湧き上がる回復の泉がキラキラ輝いている。

 どうせすぐにログアウトするし、鎧を外しておこう。街中にログインポイントを置いてるから、重装備は目立つ。



  

「まずは回復薬のアンナから…」


 背後にいるはずの二人に先に使ってもらおうと、再び振り向く。その刹那、紅い線がピッ、と顔に飛んできた。


「……え?」


 松明が床に落ち、俺の仲間が斃れている。白い石の床に広がる紅の色。鼻につく、つんとした鉄の匂い。飛んできた赤い線が俺の顔に付いた。

 それに触れると、ぬらりと暖かい…これは、血?


 

「アレ、お兄さんもしかして毒無効?」

「え?」

「時間稼ぎしても無駄だったかぁ」



 先ほどのNPCがニタリと嗤う。

 その手に血塗れの刃を持って。



 

「ま、まさかお前が」

「そーだよ。毒が回るのを待ってたんだけどさ。一応首を切っておけば安心!お仲間さんは先に逝って貰ったよ!」



 

 こいつNPCだよな?何言ってんだ?

 いや、これはおかしい。システム上あり得ないことだ。

 NPCじゃなくてモンスターだったりするのか?いや、迷宮ではそんなモンスターは目撃されてない。


 二人は起き上がらないところを見ると死んでしまったようだ。これだとデスペナルティが課されて三日間はログインできない。強制ログアウトがかけられて、怒ってるだろうな。ゲームの中とは言え、胸が痛む。

 …俺もログアウトしてメールでも送ろう。こんなバグに付き合うのはゴメンだ。


 


「メニュー表示!ログアウト!」


 音声コマンドを採用したこのゲームは、ログアウトを声に出さねばならない。すこし恥ずかしいが、手間はないと言える。

こう言ったよくわからないバグはさっさとログアウトで避けるに限るしな。

 

 俺のコマンドは虚しく石に吸い込まれ、広がった。


 ……あれ?

「ログアウト…ログアウト!!」



 何度音声コマンドを入力してもログアウトできない。深刻なバグなのだろうか?

 こうなったらメニューウィンドウを手元で開き、コンソールからログアウトを押せばいい。コマンド入力のバグがあるなんて初めての事だな。


 ログアウトボタンがある場所で、俺の指が彷徨う。


 


 …おかしいな、あぁ、おかしい。


「ない。ログアウトボタンが…ない!」


 

「そうだねぇ、残念ながら…ログアウト出来なくしてあるからねぇ」


  

ひたひた、足音を響かせて近寄ってくるNPC。訳のわからない恐怖が足元から立ち上がり、体が震えだす。

 ふと目線を上げると、目前に立ったNPCがナイフを手持ち無沙汰にしつつ目線を合わせてくる。

こいつは、こんな顔だったろうか。


 

  

「…お前…よく考えたらやっぱりおかしいよ。NPCだろ?なんでそんな…普通のやつみたいに喋るんだ?NPCは決まったセリフしか吐かないよな?プレイヤーキルだってする訳がない。それに…」


 血の海に斃れた仲間はぴくりとも動かず、その姿が消えない。

 本当に何もかもがおかしい。ゲーム内で死んだら、すぐに姿は消えるはずだ。

 そもそもNPCが武器を持っている筈がない。会話ができる筈がない。決められたセリフしか言えないはずなのに。



「ね、おかしいねぇ?でも、普通って何だろう?人間の普通って、NPCの普通って…何だろう?」

 

「NPCはノンプレイヤーキャラで…ゴフッ…」


 NPCであるはずの案内人は顔の表情を変えないまま俺の胸に刃を突き立てる。

 

 口から血が吹き出して、腑から熱と激痛が上がってくる。

何なんだ、このリアルな感触は。モンスターにやられる時だってこんな風に痛い事なんか、なかったのに。



 

「普通ってつまんないね。転生完了♪人間お疲れ様!」



 ずしゃり、と耳に聞こえる音。全身から力が抜けて俺は床に倒れてしまった。

体力ゲージが紅く染まる。同じ色の液体が目の前を埋め尽くす。

 

「…まさか、本当に死ん……」


 囁いた言葉は誰にも届かず、俺は暗闇の中に飲み込まれた。

 

 

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